
【元厚労省薬系技官が教える 薬価のしくみ入門】なぜ3億円の薬が生まれるのか - 薬の値段の決まり方を徹底解説 - vol.2
2026.02.25
はじめに
2026年2月、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療薬「エレビジス」が3億497万2042円の薬価で保険収載され、過去最高の薬価算定がされた品目として話題となりました。
希少疾病であるため、対象となる患者は年間数十人程度であり、医療財政への影響は限定的です。 しかし、「一体どうやってこの値段になったのか」と疑問に思った方も多いかもしれません。
第1回の連載では、薬価は国が決めていること、薬価が決まるタイミングには「収載時」と「改定時」の二つがあることを整理しました。
今回は、その「収載時」に焦点を当て、新薬の薬価がどのように算定されているのかを具体的に見ていきます。
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- はじめに
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- この記事のまとめ
- この記事を読むと分かること
- この記事は誰に向けて書いているか
- 元厚労省薬系技官が語る 薬価の仕組み
- 執筆者の紹介
- 薬価算定の基本的考え方
- 似た薬があるかどうか
- 類似薬効比較方式
- 「一日薬価合わせ」が基本
- 高額な薬も一日あたりに換算すると...
- 薬価そのもので医療費を語ることに意味はない
- 類似薬の選び方
- 加算:革新性をどう評価するか
- 外国平均価格調整
- 剤形間比・規格間比整
- 原価計算方式
- 類似薬がない新薬の値付け
- 積み上げに認められるもの
- 全てが認められるわけではない
- 移転価格と開示度
- まとめ
- 【オンラインスクール mJOHNSNOW入会受付中:7日間無料お試し】
- 【YouTubeラジオコンテンツ 耳から学ぶシリーズ】
この記事のまとめ
この記事を読むと分かること
新薬の薬価は「類似薬効比較方式」と「原価計算方式」の二つの方式で決まること
一億円を超える遺伝子治療薬の薬価が、どのようなロジックで算出されたのか
薬価だけでは医療費への影響を語れないこと
この記事は誰に向けて書いているか
薬価に馴染みのない医療従事者、医療機関事務員の方
製薬などのヘルスケア関連企業に在籍していて、薬価に馴染みのない方
薬価改定のニュースをより深く理解したい方
元厚労省薬系技官が語る 薬価の仕組み
vol.1 薬の値段は「誰が」決めているのか
vol.2 なぜ3億円の薬が生まれるのか - 薬の値段の決まり方を徹底解説(本記事)
執筆者の紹介
氏名:間宮弘晃(https://x.com/MamiyaHiroaki)
所属:立命館大学薬学部 准教授
自己紹介:薬科学博士(東京大学)、公衆衛生学修士(ハーバード大学)。岐阜薬科大学卒業後、厚生労働省に入省。医政局経済課(当時)で薬価の専門官として200品目以上の新薬の算定、診療報酬改定に携わる。その後、医薬局にて新型コロナウイルス感染症時の審査調整官、京都大学iPS細胞研究所への出向等を経て、2023年3月に厚生労働省退職。2025年4月より現職。1985年生まれ、岐阜県出身。

薬価算定の基本的考え方
似た薬があるかどうか
新薬の薬価を算定する際、最初に問われるのは「既に薬価収載されている薬の中に、似た薬があるかどうか」です。
薬価は国が決めていますが、処方する薬は医師が自由に決められますし、流通や取引は市場原理に任されています。そのため、似た薬については、市場での公平な競争の観点から、同じような薬価にすることになっています。
患者の立場でも、効果や作用が同じような薬の価格が大きく異なると混乱してしまうと思います。
このような似た薬がある場合の算定方式を、類似薬効比較方式と呼びます。
一方で、これまでにない画期的な薬など、似た薬がない場合は、原価計算方式で算定します。
日本の新薬の薬価算定は、この二つの方式を大きな柱としています。
どちらの方式で算定されるかによって、薬価が大きく変わることもあります。まずは、基本となる類似薬効比較方式から見ていきましょう。
類似薬効比較方式
「一日薬価合わせ」が基本
類似薬効比較方式の基本的な考え方は、シンプルです。
新薬の一日あたりの薬価を、既存の類似薬の一日あたりの薬価に合わせる。
これを「一日薬価合わせ」と呼びます。
例えば、1日3回飲む高血圧の薬が1回1錠で20円の場合、1日の薬価は60円になります。新たに作用が少し持続する1日2回の類似の薬が出た場合、この薬は1日の薬価が60円になるよう、1錠は30円と算定されます。
20円×3回=60円(一日薬価)
30円×3回=60円(一日薬価)
そのため、1錠あたりの値段が違っているように見える薬でも、1日あたりに換算すると同じ価格になっていることがわかると思います。
高額な薬も一日あたりに換算すると...
毎日飲む薬は直観的に一日薬価がわかりやすいです。
一方で、1回で長期間持続する医薬品、例えば1週間に1回飲むだけでよい薬は「一日薬価×7日分」の薬価がつきますし、4週間に1回飲む薬は「一日薬価 × 28日分」の薬価がつくので、見かけ上の薬価は高いですが、一日あたりの価格に換算すると同じ価格になっていることがわかります。
この例を突き詰めると、生涯に1回の投与の薬は「一日薬価 × 〇年分」となり、薬価そのものは高額になることが理解できると思います。
今回「エレビジス」に塗替えられましたが、それまで最も高額な薬だった脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」は、生涯で一回だけ投与する薬でした。
そのため、比較薬となった「スピンラザ」の11本分(数年分)という形で算定され、1億円を超える薬価となっています(厚生労働省2020)。
ただし、一日あたりに換算すると類似薬の「スピンラザ」と同水準であることがわかります。
なお、生涯に1回のような薬は「一日薬価 × 〇年分」の〇年分の部分で薬価が大きく変わるため、製薬企業側のもっと長く効くという主張に対し、効果の持続がデータで確認できている期間の数年分しか加味されなかったりするので、実際の算定に乖離が発生しやすい部分と思います。
薬価そのもので医療費を語ることに意味はない
算定の話から少し逸れますが、先の「エレビジス」や「ゾルゲンスマ」が1億円を超える薬として、価格そのものがニュースのヘッドラインになり、医療保険制度の持続可能性に関わる大きな問題として取り上げられます。
しかし、1億円を超える「ゾルゲンスマ」がこれまで医療費として支出の大きい医薬品の上位に入っていたかというと全くそんなことはありません。
薬剤費は、以下の要素が組み合わさったものです。
薬価 × 投与期間(回数) × 患者数
「ゾルゲンスマ」は、薬価は1億円を超えていますが、投与回数は1回であり、患者も希少疾病でほとんどいません。そのため、薬剤費としては大きな影響を与えるものではないことがわかります。
これは今回3億円を超えている「エレビジス」も同様です。
次回以降の連載で解説しますが、薬剤費全体では数千億円が”毎年”削減されているので、今回の収載による増分も影響としては小さいことがわかります。
このように、薬価が高額だからといって騒ぐのではなく、全体を俯瞰した冷静な議論が大切になってきます。
なお、患者の立場では1億円超は支払いが困難ですが、高額療養費制度に加え、難病や小児の場合は各種助成制度のおかげで一定の負担のみになります。
高額なものは保険を外すべきとの議論もありますが、むしろ、このようなリスクに対処するのが医療保険の本来の役割で、効果があるなら保険で面倒を見るべきと思います。
類似薬の選び方
話を類似薬効比較方式に戻します。
算定にあたって重要な「一日薬価」に影響を最も与えるのは、どの薬を「類似薬」として選ぶかです。この類似薬が高額であれば「一日薬価」も高くなります。
類似薬の選定基準は、以下の四つの要素から判断されます。
① 効能又は効果
② 薬理作用
③ 組成及び化学構造式
④ 投与形態、剤形区分、剤形及び用法
実務上は、①の「効能又は効果」が最も重視されます。同じ疾患を対象とする既存薬があれば、まずそれが類似薬の候補となります。
また、②の「薬理作用」も重要な要素です。例えば、効能は異なるものの、作用機序が同じ薬が類似薬として選ばれるケースです。
③は、同様の骨格を持っているものや、モダリティ(低分子、抗体、ペプチドなど)を考慮して類似薬を選ぶことになります。
加算:革新性をどう評価するか
類似薬の一日薬価に合わせただけでは、既存薬と同じ価格帯になるだけで、新薬に優れた点がある場合に価格に反映されません。
そこで、新薬が既存薬に比べて高い有用性を持つ場合には、補正加算が行われます。
主な加算には以下のようなものがあります。
画期性加算(加算率 70〜120%):臨床上極めて画期的な新薬に対して適用。
有用性加算Ⅰ(加算率 35〜60%):臨床上特に有用な新薬。
有用性加算Ⅱ(加算率 5〜30%):臨床上有用な新薬。
文字だけだと違いがわかりにくいですが、具体例として、治験で類似薬と直接比較試験をして優越性を示している場合や、薬理作用が新しくて切れ味のよいもの、ガイドラインで新たな第一選択薬となる場合などは、加算がされると理解していただくとよいです。
先ほどの「ゾルゲンスマ」の例では、有用性加算Ⅰ(50%)が適用されました。 「正常遺伝子を細胞に導入するという新規の作用機序」「一回の投与で長期間の有効性」が評価された結果です。
また、有用性以外には、製薬企業の利益が出ない領域の開発を後押しするため、希少疾病用医薬品には市場性加算(加算率5〜20%)が、小児に対して開発した場合は小児加算(加算率5〜20%)などが設けられています。
それ以外にも、日本で開発を進めてもらうために、世界に先駆けて日本で開発された革新的な医薬品には先駆加算(加算率10〜20%)、海外とほぼ同時に開発して日本に導入された医薬品には迅速導入加算(加算率5〜10%)が付与される形になっています(厚生労働省保険局長2026)。
外国平均価格調整
ここまでの類似薬効比較方式で算定された薬価が、他国と比べて高すぎたり安すぎたりしないよう調整するのが「外国平均価格調整」です。
参照されるのは、米国、英国、ドイツ、フランスの4カ国の価格です。
算定された薬価が外国平均価格を大きく下回る場合は引き上げ調整が、大きく上回る場合は引き下げ調整が行われます。
この仕組みは「日本だけ極端に高い(あるいは安い)薬価をつけない」ための安全弁ですが、問題が生じたケースもあります。
2016年に薬価収載が審議された乾癬治療薬の「トルツ」と「ルミセフ」の事例がそれです。両薬はいずれもIL-17を標的とする生物学的製剤で、同じ「コセンティクス」を比較薬として類似薬効比較方式で算定されました。
ところが、「トルツ」には海外での販売実績があったため外国平均価格調整で引き上げが行われた一方、「ルミセフ」は日本が世界初の承認国で外国での販売実績がなく、調整の対象になりませんでした。その結果、「トルツ」の一日薬価と「ルミセフ」の一日薬価に、同じ効能の薬で約1.7倍の価格差が生じてしまいました。
この事例が中医協で問題とされ、その後の改定で、外国平均価格調整による引き上げは、当該薬理作用に基づく収載時最初の品目に限るというルール変更が行われています。
剤形間比・規格間比整
少し細かい話ですが、新薬に複数の剤形(錠剤、注射剤、貼付剤など)や複数の規格(含量の違い)がある場合があります。
この場合は、全ての薬価を個別に算定するわけではありません。
まず、最も汎用される規格の薬価を算定し、他の規格は「規格間比」を用いて算出します。同様に、異なる剤形間では「剤形間比」を用いて、類似薬の剤形間の価格比率をもとに算定します。
適切な比がない場合は、「1」の比をとることになっており、この比によっても価格が左右されることになります。
原価計算方式
類似薬がない新薬の値付け
類似薬効比較方式は「似た薬がある」ことが前提です。
しかし、「似た薬がない」場合、例えば新しいモダリティや、新規の作用機序などの場合は、原価計算方式が適用されます。
原価計算方式の代表的な事例が、冒頭の3億円越えの遺伝子治療薬「エレビジス」や、ノーベル賞を受賞した本庶先生の関わったがん免疫療法薬「オプジーボ」などがあります。
積み上げに認められるもの
原価計算方式では、薬価を構成する要素を一つずつ積み上げて算出します。
積み上げの項目は、主に以下の通りです。
製造原価(原材料費、労務費、製造経費等)
一般管理販売費(研究開発費、販売費等)
営業利益
流通経費
消費税
営業利益や流通経費については、医薬品産業の平均的な営業利益率などを基に算出されます。
これらの積み上げの価格に対して、類似薬効比較方式と同様に、補正加算などが行われることになります。
全てが認められるわけではない
それでは、何でも積み上げてしまえば、高い薬価になるようにも見えますが、企業が申告した原価がそのまま認められるわけではありません。
かかった費用の明細等を確認して、必要のないものについては、適正な水準に「査定」されます。そのため、企業側の申請と算定される価格には乖離が生じます。
国内で製造が完結している場合などは、話はシンプルですが、特に輸入品の場合、移転価格が論点になることがあります。
移転価格と開示度
皆さんの持っているスマートフォンには、様々な国の様々な企業の部品が詰め込まれており、部品1つ1つの原価の内訳を確認するのは事実上困難です。
医薬品開発も同様に、現在はサプライチェーンが複雑化していることなどから、原価計算方式に必要な項目の費用明細を事細かに提出することは、グローバル企業では特に困難になっています。
そのため、日本への「移転価格」を製造原価として取り扱うことにしています。
「移転価格」は明細を確認することができないので、代わりに諸外国への移転価格の提出を求め、海外の水準と比較して、日本への移転価格が高くなっていないかを確認しています。
しかし、開示しない方が「査定」されずに得をするのではないかという指摘もあり、開示度という独特の仕組みが導入されています。企業は原価の内訳データを提出しますが、その開示の程度(開示度)によって、補正加算の適用が制限されます。
具体的には、原価の開示度が50%未満の場合、加算係数がゼロになります。つまり、市場性加算や有用性加算の要件を満たしていても、原価を十分に開示しなければ加算が一切つかないことになっています。
先ほど例に出した「エレビジス」も、市場性加算Ⅰ(10%)の対象でしたが、原価の開示度が低かったため加算係数がゼロとなり、実際には加算は行われません(厚生労働省2026)。
ただし、移転価格が用いられたかどうかを含め、原価の詳細は企業秘密であるため公開されることはありません。
また、移転価格からは離れますが、「エレビジス」の算定について少し補足すると、本品は条件期限付で承認されています。これは有効性が「推定」の状態の仮免許のような状態になります。この仮免許の状態の薬について、保険適用を行うべきかどうかが中医協で昨年議論されています。その結論として、保険適用を維持するとしつつも、代わりに営業利益率を50%削減することとなり、実際に「エレビジス」の営業利益率は通常の50%減で算定されています。
開示率の問題は、透明性と国際的なビジネス上の事情がぶつかる、薬価算定の難しいポイントの一つです。
まとめ
今回は、新薬の薬価算定の二つの方式「類似薬効比較方式」と「原価計算方式」を解説しました。
類似薬効比較方式は「似た薬と同じくらいの値段」が出発点であり、補正加算や外国平均価格調整で補正されます。原価計算方式は「コストの積み上げ」が出発点ですが、開示度という独自のハードルもあります。
いずれの方式にも、「革新性をどう評価するか」「国際的な価格水準とどう折り合いをつけるか」という共通の課題があります。
日本の薬価水準が低ければ、海外の企業は日本のマーケットを見送ることになり、海外で使える薬が日本で使えない状況を生み出します。
薬価そのものはもちろん大切ですが、疾患の特性や患者数なども考慮に入れ、財政影響も踏まえながら見ていく必要があります。
次回は視点を反転させ、一度収載された薬がその後どのような価格の変遷となるのか、「なぜ駄菓子より安い薬価の薬が存在するのか」を解き明かしていきます。
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