
【脳梗塞治療エビデンス活用術】「広範な脳梗塞症例。リスクをとっても、血栓回収療法を行いますか?」 - 9つのエビデンスで“攻めの治療”を見極める - vol.3
2026.02.28
「ASPECTS 3点の広範脳梗塞。もう手遅れですか?」
以前は、CTやMRIの重症度スコアであるASPECTSが3点の時点で、機械的血栓回収療法(MT)は“適応外”と扱われてきました。
再開通させても脳機能は戻らず、むしろ「出血させて悪化させるだけだ」と考えられてきたからです。
しかし、2022年にその常識を真正面から揺さぶった日本発のRCTが報告されました。
広範梗塞(ASPECTS 3–5)でも、MTが機能予後を改善し得ることが示され、死亡については有意な増加は示されないという結果でした。
一方で、症候性頭蓋内出血が増える可能性は残ります。だからこそ、エビデンスがあるから全例やるのではなく、誰にどこまで攻めるかを臨床現場で適応する力が問われます。
広範梗塞のMTは“完治”を目指す治療ではありません。狙いはmRS分布の“シフト”であり、特にmRS 5(寝たきり)をmRS 3–4(介助でも生活できる)へ持ち上げられるかどうかに価値があります。
では、”その差”が人生の転機になるのは、どんな場面なのか。
今回は、あえて“その差が劇的な意味を持つ”背景の症例で、意思決定プロセスをシミュレーションします。
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- この記事のまとめ
- この記事を読むと分かること
- この記事は誰に向けて書いているか
- 脳梗塞治療エビデンス活用術
- 執筆者の紹介
- 編集者
- はじめに
- 症例提示とグレーゾーン
- 症例:82歳女性、右利き
- 本症例における臨床判断のグレーゾーン
- 臨床疑問(Clinical Question;CQ)の明文化
- ガイドライン・RCT・メタ解析の整理とその限界
- 本症例に適応できそうなRWEの整理とその限界
- Too narrowの補完
- Too median-agedの補完
- Too simpleの補完
- RCTとRWEを踏まえた、症例に対する具体的治療戦略
- 患者・家族へのSDM(共有意思決定)の例
- 治療戦略決定の補足
- “7つの問い”で最終確認
- Team Communication Note
- Take Home Message
- 参考文献
- 【医学研究を学ぶならオンラインスクールmJOHNSNOW】
- 【YouTubeラジオコンテンツ 耳から学ぶシリーズ】
この記事のまとめ
この記事を読むと分かること
広範梗塞(ASPECTS 3-5)における血栓回収療法の適応拡大とその根拠を主要な臨床試験で整理できる。
mRS 0–2だけが唯一のゴールではなく、mRS分布のシフトをゴールに据える思考を言語化できる。
広範梗塞に対するRCTの限界(5つのToo)をRWEでどう補完して目の前の患者への適応を判断するか理解できる。
この記事は誰に向けて書いているか
ASPECTSが低い(梗塞範囲が広い)患者への血管内治療に、恐怖心や迷いがある医師
RESCUE-Japan LIMITなどの広範梗塞に対する血栓回収療法のエビデンスを、実臨床にどう使うか知りたい方
完治は難しいが、少しでも良くしたいという家族の願いに、医学的に誠実な回答を探している臨床家
脳梗塞治療エビデンス活用術
Vol.1 ガイドラインだけじゃない? 脳梗塞治療リアルワールドエビデンスという新たな武器
Vol.2 「軽症脳梗塞、失語あり。t-PAを投与しますか?」 - 12のエビデンスで“攻めの治療”を見極める
Vol.3 「広範な脳梗塞症例。リスクをとっても、血栓回収療法を行いますか?」 - 9つのエビデンスで“攻めの治療”を見極める(本記事)
執筆者の紹介
氏名:蒲生直希
所属:王子総合病院 脳神経内科 主任科長/札幌医科大学 内科学講座神経内科学分野 臨床講師
自己紹介:大学卒業後より脳神経内科医として研鑽を積み、現在は地域中核病院で急性期医療に従事。専門は脳卒中と頭痛で、日本内科学会総合内科専門医、日本神経学会神経内科専門医、日本脳卒中学会脳卒中専門医を取得。臨床の傍ら、研修医・専攻医教育、講演、Web記事や書籍の執筆を通じて、実践的なEBMの普及に取り組んでいる。現在はmJOHNSNOW fellowとして研究デザイン・統計手法も学びつつ、臨床研究にも取り組んでいる。
編集者
氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に関する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。
はじめに
前回(vol.2)は、一見軽症に見える”NIHSSが低い脳梗塞”に対し、患者の生活背景を踏まえて「Disablingな症状かどうか」を見極めた上でt-PAの適応を決めるという、繊細な臨床判断を扱いました。
今回はその真逆の症例を題材にします。画像を見た瞬間にもう手遅れではないかと躊躇してしまうような広範梗塞がテーマです。
かつては超急性期治療(t-PAや血栓回収療法)の適応外とされてきましたが、2022年に日本発のエビデンスが世界の常識を覆しました。
しかし、エビデンスがあるからといって、高齢の広範梗塞患者全員に無条件でカテーテル治療を行ってよいものでしょうか?
完治は望めなくても、人生の崩壊を食い止める。そんな”Outcome Shift(予後の分布をずらす)”という考え方を軸に、今回も架空症例を題材にシミュレーションを始めましょう。
症例提示とグレーゾーン
症例:82歳女性、右利き
現病歴:自宅のリビングで倒れているところを帰宅した娘が発見した。最終健常確認から3時間半経過時点で搬入された。
既往歴:高血圧症
内服薬:アムロジピン 5mg/日、ビソプロロール 1.25mg/日
生活歴:
夫は4年前に肺がんで他界。長女夫婦(50代)、孫(高校生)との4人暮らし。長女夫婦は共働きで日中は不在。患者は家事全般を担い、部活から帰ってくる孫の夕食を作るのが楽しみであり日課だった。発症前のADLは完全自立(mRS 0)。
身体所見:
血圧 178/94 mmHg、脈拍 102/分・不整、意識レベル JCS II-10。呼吸数 20/分、SpO2(室内気) 96%。神経学的には、左共同偏視、左完全片麻痺、左半側空間無視を認める。
NIHSS 15点(重症)。
画像所見:
頭部CTでは明らかな出血は認めないが、右中大脳動脈領域に皮髄境界の不明瞭化を広範に認める。右MCAにhyperdense MCA signを認める。頭部MRIの拡散強調像(DWI)では、右中大脳動脈領域(M1-M6, Insula)に広範な高信号域を認め、DWI-ASPECTSは3点。FLAIR画像でも同部位に淡い高信号を認め、発症から短時間だが側副血行不良などによる急速な進行が疑われる。右中大脳動脈(MCA)のHyperintense signalsを認める。MRAでは右MCA起始部(M1)の閉塞を認める。
本症例における臨床判断のグレーゾーン
この症例に対する医師の心の中を見てみましょう。
「t-PAは適応外(ASPECTS 3点、広範な早期虚血性変化あり)だな。」
「ここまで広いと、再開通させても『歩いてピンピン元通り』は奇跡に近い。」
「良くて車椅子、悪ければ出血して致命的だ。82歳だし、そっとしておいた方がいいのではないか…。」
しかし、家族(長女)の訴えは具体的かつ切実です。
「先生、母を施設には入れたくないのです。」
「ただ、私たちも働いているので、オムツ交換や体位変換が24時間必要な寝たきりだと、家で見るのは不可能です。泣く泣く病院にいてもらうしかありません。」
「でも、もし車椅子に乗れて、ご飯を用意しておけばスプーンなどで自力でご飯が食べられるなら、昼間はデイサービスやヘルパーさんにお願いして、夜は私たちが家で見れます。」
「孫も『ばあちゃんのご飯じゃなくてもいいから、家にいてほしい』と言っています。」
この患者にとって、mRS 5とmRS 3の差は、単なる障害の程度ではなく、大好きな孫と一緒に暮らせるか、病院の天井を見て最期を迎えるかという、人生の質の決定的な差になります。
元通り(mRS 0)は無理でも、在宅許容ライン(mRS 3-4)になる可能性と、出血リスクとを天秤にかける。これなら、広範梗塞に対するMTに挑むかどうかの決断の時となります。
治療効果(mRS 0-2などの自立レベル)が見込めるかどうかは重要ですが、その患者さんにとって最低限死守したいラインがどこにあるかを聴取し、リスクを負ってでもそのラインを目指す価値があるかを判断するのが、専門医の役割の一つでしょう。
例えば、本症例のように老々介護のキーパーソンであれば、完全自立は無理でも、意思疎通や最低限の移乗能力が残ることは、家族にとって治療成功と認識される可能性があります。
<広範梗塞における社会的予後の具体例>
患者背景(社会的役割) | 家族・患者が恐れている最悪の事態 | 目指すべき現実的なゴール |
|---|---|---|
共働き世帯の同居親 | 日中の介護力がなく、施設入所や療養型病院への転院が決まる | mRS 5→3-4 |
独居の高齢者 | 完全寝たきりになり、自宅へ戻れなくなる | mRS 5→3 |
現役経営者・職人 | 意思疎通ができず、事業継承や技術伝達ができないまま終わる | mRS 5→4 |

臨床疑問(Clinical Question;CQ)の明文化
では、本症例のCQである、「この症例(ASPECTS 3点の広範梗塞)に対し、リスクを取って血栓回収療法(MT)を行うべきか?」ということをPICOでまとめてみると以下のようになります。
P(Patient):
発症24時間以内(または臨床的にMTが検討される時間)で、前方循環主幹動脈閉塞を有し、すでに広範梗塞(ASPECTS 3–5)を呈する患者
I(Intervention):
血管内治療(= 血栓回収療法:MT)+標準治療
C(Comparison):
標準治療単独
O(Outcome):
90日後の機能予後(mRS分布の全体的な改善、mRS 0–3へのシフト)、安全性(症候性頭蓋内出血、死亡)
次の章から、このPICOに当てはまるようなエビデンスを探していきます。
ガイドライン・RCT・メタ解析の整理とその限界
エビデンスを見る前に、なぜこれまでASPECTS低値例への再開通療法が避けられてきたのか、そのメカニズム(病態生理)をおさらいしておきましょう。 ここを理解していると、後の術後管理の重要性が腑に落ちます。

脳梗塞が起きると、虚血に陥った脳組織では、血管壁を守るバリア機能(Blood-Brain Barrier;BBB)が崩壊します。広範梗塞では、このBBBの破綻が広範囲に及びます。
そこに突然、血流が勢いよく再開(再灌流)するとどうなるでしょうか?脆くなった血管壁から血液成分が漏れ出し、出血性梗塞や高度な脳浮腫を引き起こします。これを再灌流障害と呼びます。
かつては、「広範梗塞に血を通すのは、火事に油を注ぐようなものだ」と考えられていました。しかし、デバイスの進化と手技時間の短縮により、出血させる前に素早く治す、出血させないように管理することが可能になり、常識が変わり始めたのです。
では、ガイドライン・RCT・メタ解析とその限界を整理してみましょう。
広範梗塞に対するMTのエビデンスを前進させたのが本邦発のRESCUE-Japan LIMITです(Yoshimura et al. 2022)。ASPECTS 3-5の広範梗塞において、MTは内科的治療単独よりも、mRS 0–3(自立〜介助歩行)の割合を改善させ(31.0% vs 12.7%)、48時間後のNIHSSスコアで8ポイント以上の改善(31.0% vs 8.8%)も認めました。
安全性については、頭蓋内出血はMT群で有意に多く発生(58.0% vs 31.4%)したものの、死亡に関しては有意な増加は示唆されませんでした(18.0% vs 23.5%)。さらに、mRS 0–3の絶対差は18.3%で、概算NNTは約5〜6(1/0.183)となります。また、症候性頭蓋内出血の絶対差は4.1%で、概算NNHは約24(1/0.041)となります。この”6 vs 24”というベネフィットとリスクの比をどう捉えるかが、広範梗塞へMTを施行するかどうかの鍵となります。
海外でも同じ方向性の結果が相次ぎました。欧米を中心に行われたSELECT2試験では、ASPECTS 3–5または虚血コア体積50mL以上の広範梗塞患者において、MT群は内科治療群と比較して機能予後の分布を有意に改善させました(オッズ比 1.51)。特筆すべきは、手技による合併症が生じる可能性はあるものの、自立して生活できる(mRS 0–2)割合が、MT群で約3倍(20.3% vs 7.0%)に増えている点です(Sarraj et al. 2023)。
中国のANGEL-ASPECT試験では、ASPECTS 3–5に加え、虚血コア体積が70〜100mLというさらに広範囲な梗塞も対象に含まれました。こちらも機能予後の改善が示され(オッズ比 1.37)、MT群でmRS 0–2の割合が高い結果でした(30.0% vs 11.6%)。 なお、症候性頭蓋内出血はMT群で有意に多かったものの(6.1% vs 2.7%)、最終的な死亡率には差がありませんでした。(Huo et al. 2023)。
これらの一貫した結果を受け、2026年にAHA/ASAは急性期脳梗塞の早期マネジメントガイドラインを改訂し、広範梗塞に対するMTを“推奨”として明確に位置づけました(Prabhakaran S, et al. 2026)。同ガイドラインでは、前方循環LVOでASPECTS 3–5の症例を含む選択された患者において、画像で著明なmass effectを伴わない等の条件を満たす場合、MTをClass Iの推奨として提示されています。
広範梗塞MTの弱点としてよく挙がるToo brief(追跡期間が短い)は、TENSIONの12か月追跡である程度補完されました(Thomalla G, et al. 2024)。大梗塞を有する前方循環系の大血管閉塞(LVO)の患者において、内科治療単独と比べてMTが12か月時点でも機能予後、QOL、そして全生存率を改善し得ることが示されました。この結果から、90日後時点のmRSシフトは短期間だけではなく、長期に維持し得るということが言えます。
では、広範梗塞におけるMTの価値はどこにあるのか。広範梗塞では、mRS 0–1(完全な社会復帰)をゴールにすると、現実的なゴールと乖離しやすいため、治療価値を見出すのはmRS 5→3–4のようなシフトが起きるところです。

“寝たきりで全介助”から”移乗ができる”へ。
”意思疎通が難しい”から”会話が成立する”へ。
この差は、介護体制・家族構造によっては、「在宅」か「施設入所」かを分けます。したがって、広範梗塞へのMTの効果によって“劇的に変わりうる症例”とは、mRS 5が後遺してしまうとその後の人生が大きく変わってしまう症例です。
今回の症例は、まさにそのような条件が揃っています。
本症例に適応できそうなRWEの整理とその限界
RCTは科学的に強力ですが、厳格な条件設定があるため、実臨床の患者とはズレが生じます。
本連載(vol.1)では、RCTの外的妥当性を点検する便宜的な枠組みとして”5つのToo”を用いました。本症例で特に問題になりやすいのは、Too narrow、Too median-aged、Too simpleです。
そこで、ここからは治療方針決定をサポートする道具としてRWEを使います。
Too narrowの補完
観察研究でも、ASPECTS 3–5の症例においてTICI 2b以上の再開通が得られた場合に良好転帰と関連することが示されています(Broocks G, et al. 2022)。「ASPECTSが低いから一律に諦める」ではなく、再開通の見込みと時間軸を含めて個別化するという判断に現実味を与えます。
なお、TICI(Thrombolysis in Cerebral Infarction)グレードとは、急性期脳梗塞の血管内治療(血栓回収術)における血管再開通の程度を0-3の5段階で評価する指標で、2b(閉塞領域の50%以上)または3(完全再開通)が治療目標とされます。数字が高いほど血流が良好に再開通しており、患者の予後改善と関連するとされます。
また、より重症度が高い患者も含まれるASPECTS 2–5の症例でも、MTを行うことで発症90日時点のmRS 0–2が2割強に到達し得ること、そして再開通が転帰と強く関連することが報告されています(Almallouhi E, et al. 2021)。これは、ASPECTS 3でも再開通が得られれば“ADLが自立する可能性もゼロではない”ということの補強になります。
Too median-agedの補完
欧米のRCT(SELECT2など)は平均年齢が60代後半と比較的若く、本症例のような80代以上の超高齢者が十分に代表されていない可能性があります。German Stroke Registryの解析は、80歳以上の広範梗塞患者においては、予後不良で死亡率も高かったのですが、ベースラインのADLによって予後が大きく異なっていたという結果でした。
しかし、高齢者においても再灌流の成功(TICI 2b以上)が自立歩行率の上昇と関連しており、有意な交互作用も認められなかったと示されています(Winkelmeier L, et al. 2024)。この結果は、高齢だから適応外と短絡的に判断すべきではないという考えの後押しになります。
Too simpleの補完
RESCUE-Japan Registry 2のサブ解析は、以前から日本でも“大梗塞へのMT”がリアルワールドで行われており、機能転帰良好の可能性を高める可能性があることを示しています(Kakita H, et al. 2019)。これにより、本邦では幅広い患者層に既に行われていて、実臨床の積み重ねの上にRCTが生まれたことが確認できます。
しかし、vol.1で提示させていただいたように、RWEは未測定交絡などによるバイアス(特に適応による交絡)などが必ず入り込みます。ですので、RWEはあくまでRCTやRCTのメタ解析などの確実性が高いエビデンスと方向性が一致していることが重要ですし、RWEを読む際にはvol.1で示したようなチェックポイントを吟味する必要があります。
RCTとRWEを踏まえた、症例に対する具体的治療戦略
この症例はASPECTS 3で広範梗塞です。一方で、発症前mRS 0で元気だったのに今後はベッド上生活を余儀なくされるなど、その後の人生がガラッと変わってしまう可能性があります。治療しない場合、mRS 4-6の確率が高いことを前提に話さざるを得ません。
そしてmRS 5で後遺症が固定した瞬間に、家族が離れ離れになる可能性も。つまり“本人の予後”だけでなく、“幸せな家族”が崩壊してしまう可能性があるということです。
ここでMTの狙いは、mRS 0–1ではありません。mRS 5を回避し、mRS 3–4に押し上げることです。RCTの数値を、そのまま“説明の骨格”にします。
「この治療で、5-6人に1人くらいは“自立〜介助歩行(mRS 0–3)”側に入る可能性が上がります。一方で、24人に1人くらいは“症候性の脳出血”が増える可能性があります。」
ここに、この家族特有の“価値”を重ねます。
「5-6人に1人の側に入ったとき、介護をしながらとはなりますが、在宅生活が維持できる可能性があります。逆に寝たきりになると、長期に病院や施設で療養せざるを得ません。」
結論としては、私はこの症例ではMTを推奨します。ただし、同時に出血したら取り返しがつかなくなる可能性も共有します。
超急性期治療はTime is brainなので、患者・家族への説明は、過不足なく説明はしますが、短くコンパクトに言い切る方がスムーズに進みます。
患者・家族へのSDM(共有意思決定)の例
画像では、脳の広い範囲がすでに傷み始めています。この状態では点滴で血栓を溶かす薬(t-PA)は、出血の危険が高いので今回は使わないという判断になります。
以前なら、ここから回復は難しいとして、積極的な治療をしないことも多い状態でした。
ただ、最近の研究でカテーテルで血栓を取って血流を再開させることで元通りになることは難しくても、寝たきり状態を回避できる可能性が上がることが分かってきました。
カテーテル治療をしない場合は広い範囲で脳梗塞が完成してしまうので、寝たきりになる可能性が高く、脳浮腫によって脳幹の機能不全に陥ると死に至ってしまう可能性もあります。
一方で、傷んだ脳に血を通すので、出血のリスクも上がります。出血性梗塞は命に関わることもあり得ます。
それでも、ご家庭の状況を伺うと寝たきりになった場合は同居生活が難しくなってしまう。
その状況にならない可能性を上げるために、私たちはこの治療を提案しますが、どうされますか?
治療戦略決定の補足
画像評価の優先順位をチームで共有:
ASPECTSは迅速だが、撮像条件と読影者でブレる。閉塞部位、出血リスクを上げる因子(凝固異常、血小板減少、広範な早期虚血など)、循環動態を同時に拾う。
時間軸を言語化:
最終健常時間、搬入時間から画像撮影までの時間、穿刺までの時間、再灌流までの見込み時間を、家族にもチームにも同じ言葉で共有する。
成功再開通の見込みを現実的に見積もる:
広範梗塞では、成功再灌流の可否がベネフィットを大きく左右する。術者の経験、解剖学的困難(蛇行、動脈硬化)も含めて冷静に評価する。
周術期の生理学的管理を“手技の一部”として扱う:
低酸素、低血圧、高血糖、発熱はペナンブラ(まだ救える脳領域)をさらに削る。手技中の鎮静で血圧が崩れると、残存灌流も失われ得る。
穿刺前に、合併症が起きた場合の次手を共有:
出血や脳浮腫が起きた場合に、どこまで侵襲的治療を行うか。術後に判断が破綻しないために、家族へ起こり得る最悪も先に説明しておく。
“7つの問い”で最終確認

vol.1でご紹介した、エビデンス適用の7つのステップで、今回の臨床判断について最終確認を行いましょう。
この研究の対象者と、自分の患者はどれくらい似ているか?
RESCUE-Japan LIMITの対象は平均76歳、ASPECTS 3–5です。本症例は82歳とやや高齢ですが、RWEのGerman Stroke Registryで80歳超への有効性も示唆されており、適応範囲内と判断できます。
また、RESCUE-Japan LIMITでは、最終健常時刻から6時間以内は時間基準で組み入れ可能でした。一方、最終健常時刻から6–24時間の場合はFLAIRで早期変化がないこと(DWI–FLAIR mismatch)が条件でした。したがって本症例は、FLAIRに淡い高信号があっても試験の組み入れ条件上は矛盾しません。臨床研究のセッティングは、自分の現場と近いか?
RESCUE-Japan LIMITは日本の施設で行われた試験で、医療体制や人種差の懸念はなく、そのまま適用可能と考えます。アウトカム指標は、自分と患者が大事にしたいものと一致しているか?
RCTの主要評価項目はmRS 0–3(自立〜介助歩行)ですが、本症例のゴールはmRS 3–4(在宅療養維持)で、mRSの分布改善(Shift)を目指す点で方向性は一致しています。介入と比較群は、自分の選択肢とズレていないか?
本症例はt-PA不適応で、実臨床での選択肢”EVT単独 vs 保存的加療”は、RESCUE-Japan LIMITのサブグループ解析(t-PA非併用例)とも合致します。リスクとベネフィットのバランスは、この患者ではどう見えるか?
約9%の症候性頭蓋内出血リスクはあります。しかし、治療しない場合の寝たきりという不利益があまりに大きく、リスクを許容するだけのベネフィットがあります。自分の施設・地域のリソースで本当に実行可能か?
術後の厳格な血圧管理(24時間のモニタリング)や、万が一の合併症時の脳外科バックアップ体制が自施設で整っているかなど、そもそも自施設でMTが可能な体制か?を確認し、難しければ対応可能な病院へ搬送します。患者さん本人の価値観と合致しているか?
娘や孫と一緒に暮らしたいという本人の強い希望とMTによる在宅生活維持の可能性は合致しています。
Team Communication Note
最後に、この“攻めの治療”を成功させるためのチーム連携ツールを紹介します。
医師の頭の中にある「なぜ重症例でリスクを取ったか」を言語化し、コメディカルに共有するメモです。明日からの指示出しの参考にしてください。
広範梗塞のMTは、再灌流後の障害(出血・浮腫)との戦いです。手技が終わってからの術後管理も非常に重要であるため、チーム医療が重要です。
血圧には絶対的正解が確立していません。 ただし急上昇と高値・低値の放置を避けることは、チームで徹底できます。再灌流成功例では、血圧の目標は施設プロトコルに従います。
少なくとも収縮期BP 180 mmHg超の高値放置と、過度な低血圧は避けてください。通常は収縮期BP 140-180mmHgを目安に管理しますが、施設によってはより低めに管理する場合もあります。
対象 | 医師から共有すべき事項 |
|---|---|
To 看護師 | 【共有】 |
To リハビリ | 【ゴール設定】 |
To 薬剤師 | 【服薬指導】 |
Take Home Message
高齢者の広範梗塞(ASPECTS 3–5)でも、元々のADLが良い人において、MTは機能予後を改善し得る。
広範梗塞の治療ゴールは“完治”ではなく“ADLシフト”である。mRS 5→3–4の改善は、家族によっては人生が変わりうる。
RCTの外側はRWEで補完する。再開通成功のメリットとデメリットを天秤にかけることで、説明はより誠実になる。
参考文献
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