
キャリア
【キャリア解説】総合診療医、YouTubeと『暮らしの保健室』と:83万人に医学を届け、1人の「けんこう」に寄り添う - vol.32
2025.09.03
医療の専門知を持つことだけでは、社会に価値を生み出せない時代が訪れています。求められるのは、それを血の通った言葉に変え、専門知と社会を接続する力。
私は医師として診療と社会疫学として研究者を続けながら、YouTubeや地域活動を通じてその力を磨こうと試みてきました。しかし、その道は成功譚ではなく、数えきれない失敗と葛藤の連続でした。
暗闇の中で試行錯誤を重ね、見つけたのは「翻訳」「実験」「越境」という三つの鍵。
本記事では、患者さんとの対話や、動画発信での挫折、地域に根ざす場づくりといった具体的なエピソードをもとに、専門家が社会と接続するための実践知をお伝えします。
次の一歩を踏み出したい、自身の専門知識をより広く社会に届けたいと思うあなたの、ささやかな羅針盤となれば幸いです。
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- この記事のまとめ
- この記事を読むと分かること
- この記事は誰に向けて書いているか
- キャリアシリーズ
- 執筆者の紹介
- 編集者
- 監修者
- はじめに - 専門家の価値は「社会との接続」へ
- 【翻訳】専門知という「知識の呪い」を解くために
- 届かなかったメッセージ - 胃がん患者さんとの対話
- 「君の説明は自己満足だ」 - 本当の理解は、伝えることから始まる
- 社会と接続するための「翻訳」の技術
- 【実験】無数の失敗から「自分だけの熱源」を見つける
- "楽しそうな顔をしていない"自分との出会い
- 屍の山の上に、今はある
- 小さな学習サイクルと「熱量」の発見
- 【オンラインスクール mJOHNSNOW入会受付中:7日間無料お試し】
- 【越境】守られた世界から飛び出し、本当の価値を知る
- 資本主義の海で「最初の1円」を釣り上げるまで
- 「保険診療」という船の上にいた自分
- もう一つの越境 - 「暮らしの保健室」という土壌を耕す
- 未来へ - 「今を生きる」専門家たちへ
- 【オンラインスクール mJOHNSNOW入会受付中:7日間無料お試し】
- 【YouTubeラジオコンテンツ 耳から学ぶシリーズ】
この記事のまとめ
この記事を読むと分かること
専門知識を、門外漢にも伝わる言葉や物語に「翻訳」するための、具体的な思考法とテクニック
AIやSNSを活用し、低リスク・低コストでアイデアを試す「社会実験」の始め方
自身の専門性に異分野のスキルを掛け合わせ、代替不可能な価値を生み出す「越境」キャリアの築き方
この記事は誰に向けて書いているか
自身の専門知識を、論文や学会発表だけでなく、より広く社会に届けたいと考えている研究者・臨床家の方
新しい事業や地域活動、情報発信などを「ゼロから始めたい」と思いつつ、最初の一歩が踏み出せずにいる方
複数の専門性や役割(例:臨床と研究、アカデミアとビジネス)を掛け合わせ、自分だけのユニークなキャリアを築きたいと考えている方
キャリアシリーズ
vol.21:脳外科医×起業家が見据える次世代医療:全ての医療従事者にビジネスマインドを
vol.27:MPHホルダーの内科医 - 専門性の掛け算で、"一億人に一人"の人材へ
vol.30-1:ある総合内科医の15年 (前編) - 学びを求めて飛び込んだ、建築途中の病院へ
vol.30-2:ある総合内科医の15年 (前編) - 臨床・教育・研究をつなぎ、ロールモデルを築くまで
執筆者の紹介
氏名:舛森 悠
所属:函館稜北病院 総合診療科。千葉大学 大学院 博士課程 先進予防医学共同専攻 。
自己紹介:総合診療医。臨床医として地域医療に従事する傍ら、社会疫学の博士課程に在籍し、人々の健康を規定する社会的要因について研究しています。また、YouTubeチャンネル「YouTube医療大学」を主宰する株式会社と、まちづくりを担う「はこだて暮らしの保健室」を運営する一般社団法人の代表も務めています。「臨床」「研究」「教育・発信」「社会実装」という複数の領域を越境することで見えてきた知見を、社会に還元することを目指しています。関心事は総合診療、家庭医療、社会疫学。
編集者
氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に対する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。
監修者
氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。

はじめに - 専門家の価値は「社会との接続」へ
普段は医師として診療にあたりながら、社会疫学の研究者として大学院に籍を置き、また一般社団法人と株式会社、二つの法人代表を務めています。
複数の領域に軸足を置く中で、近年まるで地殻変動のような大きな変化を肌で感じています。
それは、現代における専門家の価値が、もはや「専門知を所有すること」から「専門知と社会を接続する力」へと不可逆的にシフトしたということです。
この変化を象徴する人物を、今や知らない人はいないでしょう。経済学者の成田悠輔さんです。
彼はイェール大学の助教授という世界最先端の研究者でありながら、その知見を誰もが思考を巡らせる言葉へと変換し、メディアを通じて社会に問いを投げかけることで、唯一無二のポジションを築きました。
彼の鮮烈な活躍は、専門分野のタコツボに安住し、その中だけで通用する言語を操っているだけでは価値が生まれにくいという時代の現実を、私たちに容赦なく突きつけています。
この記事は、成功譚ではありません。むしろ、その逆です。
これは、私がこの5年間専門家として社会と接続しようともがき、無数の失敗を繰り返し、暗い夜の海でたった一人小さなイカダを漕ぎ続けた泥臭い試行錯誤の全記録です。
私が運営するYouTubeチャンネル「YouTube医療大学」と、地域での活動「はこだて暮らしの保健室」。
この二つの実践をケーススタディとしながら、専門家が社会と接続するために不可欠な三つのステップ"①翻訳 ②実験 ③越境"――について、私の血肉となった言葉でお話ししていきます。
あなたの明日から踏み出す、小さくても、しかし確かな一歩のための羅針盤となると嬉しく思います。
【翻訳】専門知という「知識の呪い」を解くために
届かなかったメッセージ - 胃がん患者さんとの対話
今でも忘れられない、胸に棘のように刺さったままの光景があります。進行した胃がんの患者さんのご家族に、病状を説明していた時のことでした。
診察室の少しひんやりとした、消毒液の匂いが混じる空気の中、私は「正確に、論理的に伝えなければ」と、無意識に肩に力を込めていたように思います。モニターに映る画像を指し示しながら、自分なりに言葉を選び、丁寧に、ロジカルに説明したつもりでした。
「ですので、胃からの慢性的な出血で貧血が進んでいます。これが最近のふらつきの直接的な原因ですね。まずは体力を維持することが最優先ですから、鉄剤をしっかりと飲んでいきましょう」
私としては、まず対処すべき喫緊の課題である「貧血」と、その具体的な解決策である「鉄剤の内服」という、論理的で実践的な話を伝えたつもりでした。――目の前の危機に対して、次の一手を明確に示した、と。
しかし後日、診察室に入ってきたご家族は、眠れない夜を過ごしたことを物語るような憔悴しきった表情で、こう切り出したのです。
「先生、あの…胃から血が出てるって、もうそんなに危ないっていうことなんでしょうか…。私たちは、一体どうすれば…。」
愕然としました。頭を鈍器で殴られたような、という表現がありますが、私の感覚は少し違いました。胸の奥深くで、何かが鈍く、きしむ音を立てて崩れ落ちたのです。
ご家族の頭の中は「出血」という、最も恐ろしく、死を連想させる言葉でいっぱいになっており、最も伝えたかった「体力を維持し、次の一手を打つための希望」というメッセージは、その恐怖の壁に阻まれ、全く届いていなかったのです。
この「知識の呪い」とでも言うべき現象は、専門家であれば誰もが一度は経験するのではないでしょうか。
私たちの持つ専門知識は、それ自体が強力な光を放つあまり、時に相手の目をくらませ、本当に伝えたい想いを届けるための道を閉ざしてしまう。
素晴らしいデータ、画期的な考察も、査読論文という厳格で閉じたフォーマットの中だけでは、その価値の10%も社会に届いていないのかもしれないのです。
「君の説明は自己満足だ」 - 本当の理解は、伝えることから始まる
その苦い経験から数年後、私はある指導医に研究内容をプレゼンテーションする機会がありました。自分なりにデータをまとめ、ロジックを組み立て、完璧な発表だという自負さえありました。
しかし、発表を終えた私に、その指導医は静かに、しかし鋭くこう言ったのです。
「君の説明は、君自身が一番よく分かっていることを確認しているだけだ。それは自己満足だ。本当に一流の人間というのは、その知識がいかに複雑であっても、それを平易な言葉で、全く知らない素人にでも面白く説明できる人間のことを言うんだよ。」
打ちのめされました。――しかし、その言葉は同時に、私の中の霧を晴らす一筋の光でもありました。
私たちは、何かをインプットし、理解した「つもり」になっています。しかし、それを他者に、それも"全く背景知識のない相手に"説明しようとした瞬間、自分の理解がいかに曖昧で、断片的で、自分本位であったかに気づかされるのです。
「人に伝える」というアウトプットの行為は、インプットを完成させるための、最後の、そして最も重要なプロセスなのです。
誰かに何かを教えることは、実は自分自身が最も深く学ぶ行為に他なりません。
この気づきこそが、社会と接続するための第一歩――「翻訳」というスキルを本気で磨こうと決意した私の原点です。
社会と接続するための「翻訳」の技術
では、どうすれば「知識の呪い」を解き、専門知を血の通った言葉へと「翻訳」できるのでしょうか。
私が意識しているのは、まず「PREP法」というコミュニケーションの型です。
PREP法:結論(Point)⇒理由(Reason)⇒具体例(Example)⇒結論(Point)最初に話の全体像とゴールを示すことで、聞き手は話の地図を持つことができ、複雑な話の中でも迷子になりません。
そして、AI時代において、もう一つ決定的に重要なことがあります。それは、単なる情報の価値は驚くほど低下したという現実です。
ChatGPTに聞けば、大概の情報は数秒で手に入ります。人々が価値を感じ、心を動かされるのは、無味乾燥な情報そのものではなく、その情報から紡ぎ出されるあなただけの「物語(ナラティブ)」です。
あなたの情熱、苦悩、失敗、そして発見の瞬間にこそ、人は共感し、信頼を寄せるのです。
私がYouTubeを始めた当初、この「物語」の力を信じ、冒頭の三秒でいかに意外な事実や強烈な体験談を提示し、視聴者の心を掴むかという実験を繰り返しました。
面白さや意外性で惹きつけ、その後の誠実で分かりやすい解説で信頼を得る。この「興味」と「信頼」の絶妙なバランスこそが、「翻訳」の肝なのです。
少し立ち止まって、考えてみていただけないでしょうか。あなたの専門分野で、当たり前のように使っている言葉は何ですか?
その言葉の背景にある物語や重要性を、全く知らない親しい友人に語るなら――あなたなら、どこから話を始めますか?
【実験】無数の失敗から「自分だけの熱源」を見つける
"楽しそうな顔をしていない"自分との出会い
「翻訳」の必要性を痛感し、YouTubeという荒野に飛び込みました。しかし、すぐに次の、そしてより本質的な壁にぶつかります。
当初、私は再生回数を伸ばすことだけを考え、世間でウケる「面白いキャラクター」を必死に演じようとしました。他の人気YouTuberの動画を何十本も分析し、彼らのキャッチーな言い回しや派手なテロップ、効果音の使い方を猿真似のように取り入れてみたのです。
しかし、ある時ふと、編集中の自分の動画を見返して、決定的な事実に気づき、凍りつきました。
「自分が、全く楽しそうな顔をしていない」
カメラの前で無理にテンションを上げ、借り物の言葉を叫ぶ自分。その顔はひきつり、目は笑っていませんでした。撮影すること自体が、サイズの合わない服を無理やり着せられているような、息苦しい苦行になっていたのです。
隣の芝生は青く見える。
しかし、その成功の表面だけを模倣することは近道のように見えて、実は最も遠回りな道でした。自分ではない誰かになろうとする努力は、必ず破綻します。
屍の山の上に、今はある
私が今の活動スタイルにたどり着いたのは、何か特別な才能や閃きがあったからでは決してありません。むしろ逆です。自分には何が向いているのか、何が好きなのかさえ分からない。
だからこそ「とりあえずやってみて、違うと思ったらやめる」という、極めて原始的な試行錯誤を繰り返してきたに過ぎません。今の私の活動は、文字通り無数の失敗という屍の山の上に、かろうじて立っているのです。
例えば、こんな「実験」をしては、失敗してきました。
挑戦①:医療者向け専門チャンネルの挫折
もともと私は、他職種の医療従事者向けにレクチャーをしたり、そのためのスライドを作ったりするのが好きで、趣味でもありました。「これなら得意分野だ」と意気込み、専門性の高い医学情報をまとめたチャンネルに挑戦しました。
しかし、続きませんでした。なぜか。それは、対象が「不特定多数の医療者」という顔の見えない聴衆になった途端、私は情熱を維持できなかったのです。
「誰に、何を届けたいのか」という焦点がぼやけ、かつて同僚に向けて語っていた時のような熱が、どうしても生まれませんでした。
挑戦②:ラジオチャンネルの挫折
動画の撮影と編集には膨大な時間がかかります。「音声だけならもっと手軽に発信できるはずだ」と考え、ラジオ形式のチャンネルにも手を出しました。
しかし、これも大きな間違いでした。視覚情報がない分、リスナーを引きつけるには、より高度で緻密な話術と構成力が求められることを痛感しました。
自分の声だけで沈黙を埋め、人の心を動かすことの難しさに直面し、あっけなく挫折しました。
これらはほんの一例です。他にも、鳴かず飛ばずだった企画、誰にも見向きもされなかった動画は数え切れません。
「これしかない」という一本道を見つけて進んできたわけではないのです。
暗闇の中で手当たり次第に壁を叩き、行き止まりだと分かれば引き返し、また別の壁を叩く――その繰り返しの中で、消去法的に「これなら続けられるかもしれない」という、か細い光が差す道が残った、という感覚なのです。
小さな学習サイクルと「熱量」の発見
この無謀とも言える試行錯誤の中で、私を支えたのは「小さな学習サイクル」を回し続けるという意識でした。
例えば、視聴者から「話が長い」という率直なコメントをいただいた時。落ち込むのではなく、「これは改善のチャンスだ」と捉え、次の動画で「冒頭三〇秒でその日の結論と目次を提示する」という小さな実験をしました。
すると、視聴維持率は目に見えて改善したのです。この小さな成功体験が、次の実験へのモチベーションになりました。
そして、この失敗と実験の果てに、"自分だけの価値の源泉"にたどり着きました。
それは、小手先の技術や流行りのテーマではなく、そのテーマに対する"自分でも制御できないほどの「熱量」"でした。
傍から見たら「なぜそんなことに?」とクレイジーに思われるほどの、偏愛にも似た愛情。
徹夜で関連論文を読み漁っても全く苦にならない、あの没頭感。友人にそのテーマについて語り出すと止まらなくなる、あの饒舌さ。
それこそが、誰にも真似できない、あなただけのコンテンツの源泉なのです。
この記事を読んでいるあなたが、自分の発信すべきテーマに迷っているのであれば、自問してみてください。
「もし、明日から1か月間、誰からも評価されなくても、お金にならなくても、それでも情熱を持って続けられる活動があるとしたら、それは何ですか?」
その答えこそが、あなたの「熱量」のありかかもしれません。
(続きはページの後半へ)
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【越境】守られた世界から飛び出し、本当の価値を知る
資本主義の海で「最初の1円」を釣り上げるまで
YouTubeという「動脈」で広く情報を届ける中で、私はもう一つの、そして決定的な「越境」を試みました。
それは、「自分の手で、ゼロから1円を稼ぐ」という挑戦です。
YouTubeを開始してから、約1年間――それは、暗く長いトンネルを歩くような日々でした。
世の中の医療情報にどんな需要があるのか、競合となるチャンネルはどんな構成で話しているのか......市場を分析するために何百本もの動画を見ました。
専門用語を避けつつも、いかに正確性を担保するか、一文一文に頭を悩ませながら動画の原稿を書き上げました。
慣れない編集ソフトのチュートリアル動画を夜な夜な見ては、テロップの入れ方、カットのタイミングを独学で学びました。チャンネルの方向性に迷い、何度もコンセプトを変えました。
これだけの時間と労力を注ぎ込んでも、再生回数は数十回。チャンネル登録者数は二桁から微動だにしない。
時給に換算したら......その計算は、あまりの虚しさに思考が停止するほどでした。
しかし、諦めずに発信を続けて約1年が経ったある日。いつものようにYouTubeの管理画面を開いた私の目に、信じられない数字が飛び込んできました。
収益額「¥1」
その数字を見た瞬間、私はPCの前で声にならない声を上げ、固く拳を握りしめていました。——たった、1円。自動販売機の下に落ちていても拾わないかもしれない、あまりに小さな金額です。
しかし、その1円は、私にとって何物にも代えがたい、ダイヤモンドのような輝きを放っていました。
それは、私が社会保障という巨大で安定した船から、自らの手で小さなイカダを漕ぎ出し、市場というどこまでも広がる大海原で、初めて自力で釣り上げた、記念すべき最初の魚だったのです。
この経験は、どんな成功体験よりも力強く、私の「自己効力感」――自分は困難な課題を遂行できるという自信を育んでくれました。
「保険診療」という船の上にいた自分
この「1円の重み」は、私がそれまでいた世界を全く新しい視点で見せてくれました。
医師として私たちがいただく診療報酬。それは、一枚のレセプト(診療報酬明細書)として請求すれば、当たり前のように支払われるものだと、どこかで思っていました。
しかし、この1円はその考えが根本から間違っていることを教えてくれました。
私たちが受け取る報酬の一つ一つは、この国の医療を築き上げてきた先人たちの、血の滲むような努力と誠実な仕事によって勝ち取られた「社会からの信頼」の結晶です。
そして、「保険診療」という、国民皆で支え合う極めて公益性の高い制度に守られているからこそ、成り立っているのです。
その守られた世界から一歩踏み出し、100%資本主義のルールの中で、純粋な価値提供の対価として1円をいただく。
そのことが、これほどまでに大変で、これほどまでに重い「責任」を伴うものなのであることを、身をもって知りました。
私の動画一本が、もし間違った情報を伝えれば、誰かの健康を害し、人生を狂わせるかもしれない。そのリスクと全責任を、保険制度ではなく、私自身が100%負う。その覚悟が、専門家としての倫理観を、より一層強固なものにしてくれました。
もう一つの越境 - 「暮らしの保健室」という土壌を耕す
YouTubeという「動脈」が広く情報を届けるための強力な武器である一方、そのデジタルの限界も感じていました。
情報だけでは、人の孤独は埋まらない。——医師として働く中でずっと感じていた「病院にいるだけでは、届かない声があるんじゃないか?」という課題意識が、日増しに強くなっていました。
体調が悪くても様々な理由で受診できない方、社会的に孤立してしまっている方。病院という壁の内側では、どうしてもすくい上げきれない心と体の健康課題が、この街には確実に存在していました。
その答えを探す中で、私はもう一つの、より深く地域に根ざすための越境を試みました。
それが、函館の街角で仲間たちと始めたオフラインの場――「はこだて暮らしの保健室」です。
私たちが何よりも大切にしたのは、専門家が「何かをしてあげる」場所ではなく、誰もがふらっと立ち寄り、安心して過ごせる温かい「雰囲気」そのものでした。
そこでは白衣を脱ぎ、「先生」ではなく「〇〇さん」と呼び合います。専門職という肩書を一旦横に置き、一人の人間として対等な目線で話せる関係性を築きたかったのです。
健康は、体操やおしゃべりといった楽しい時間の「おまけ」として、自然と後からついてくるもの。そんな「気がついたら元気になっていた」という体験をデザインしたかったのです。
この活動の根底には、健康生成論(Salutogenesis)という、私の価値観を大きく変えた考え方があります。
これは「病気の原因(なぜ病気になるのか)」を探る伝統的な医学とは真逆で、「健康の要因(どうすれば健康でいられるか)」に目を向けるアプローチです。
人は誰でもストレスを抱えて生きていますが、同時に、それにうまく対処するための「対処資源」(その人自身の強みや、人とのつながりなど)も持っています。暮らしの保健室は、まさにこの一人ひとりの中にある「対処資源」を、みんなで一緒に育んでいく場なのです。
最近、「社会的処方」という言葉をよく耳にします。薬を処方するように、人とのつながりや地域の活動を処方するアプローチです。私たちの活動も、結果としてそれに近い効果を生むことがあるかもしれません。
しかし、私たちはそれを直接的な目標にはしていません。私たちが目指すのは「意図しないことを意図する」という、一見矛盾したアプローチです。
「この人とこの人をつなげよう」と支援者が意図するのではなく、自然な出会いや発見(セレンディピティ)が「結果として」たくさん生まれるような、その手前の「土壌」を、ただただ丁寧に耕していく。
温かい雰囲気、自由な関わり、ちょっとワクワクする仕掛け…。そうした土壌を耕すことで、思いもよらない素敵なつながりが、まるで副産物のように自然に生まれてくるのです。
例えば、参加者の方の「昔〇〇やってたんだけどね…」という、ふとしたつぶやき。それは、その方の奥にある願いのかけらです。
その言葉にならない想いを丁寧に拾い上げ、その方が講師役になる場をつくる。そうして役割を得た方が、さらに輝きを増していく。この「共創」の瞬間こそ、私たちが耕した土壌に美しい花が咲く瞬間なのです。
オンラインという「動脈」で広く知識を届け、オフラインという「毛細血管」で一人ひとりの心に温かい血を通わせる。
この二つの越境は、私にとって車の両輪です。この両輪によって初めて、社会という身体に温かい血を隅々まで巡らせることができるのだと、私は確信しています。

これは、私にとって「越境」の第一歩を象徴する、「はこだて暮らしの保健室」の初回開催日、全てのプログラムを終えた後の忘れられない一枚です。
オンラインでの発信だけでは届かない声に応えたい一心で、会場を予約し、手探りでチラシを作りました。当時は「たとえ一人でも、ふらっと立ち寄ってくれる方がいれば大成功だ」と、自分に言い聞かせながら、勇気を振り絞って踏み出したことを覚えています。しかし、現実は想像をはるかに超えるものでした。私の拙い呼びかけに、「私も、実はそういう場所を創りたかったんです」と、多くの仲間や地域の先輩方が集まってくれたのです。一人で始めたはずの小さな点が、その日、温かい賛同の声に包まれ、確かな「面」へと変わっていく。その手応えと、周囲の方々への感謝の気持ちが、この写真には詰まっています。私の挑戦は、私一人のものではなくなった。その記念すべき日の一枚です。未来へ - 「今を生きる」専門家たちへ
もちろん、この道のりは平坦なものでは決してありませんでした。
5年前YouTubeを始めた当初は、同業者から「医師の品位を落とす」「目立ちたがり屋」といった心ない言葉を浴びせられ、何度も心が折れそうになりました。
収益など全くない中で、診療と研究の合間の貴重な時間を削って動画を作り、「なぜ自分はこんな苦労をしているのだろう」と、暗い部屋で一人、自問した夜も一度や二度ではありません。
そんなボロボロの私を支え、前に進ませてくれたのは、二つのシンプルな考え方でした。
一つは、「成功ではなく、成長にとらわれる」
努力が100%成功に繋がる保証は、残念ながらどこにもありません。しかし、実体験として断言できるのは、あなたの誠実な努力は100%あなたを成長させるということです。
動画編集ソフトのショートカットキーを一つ覚えた。視聴維持率が昨日より1%上がった。どんな些細なことでもいい。他者との比較で得られる「成功」ではなく、昨日の自分との比較で得られる「成長」にこそ、私たちは焦点を当てるべきなのです。
もう一つは、アドラー心理学で言う「課題の分離」です。
私の発信を他者がどう評価するかは「他者の課題」であり、コントロール不可能な領域です。私にコントロールできるのは、"自分自身の努力と成長" ただそれだけ。
「この人はそう感じるんだな。それはその人の課題。私の課題は、次の動画を昨日より少しでも良くすることだ」――そう割り切ることで、他人の視線という名の呪縛から、私は自由になれました。
では、この挑戦の先に、私は何を見ているのか。
それは、私が住むこの地域の方々の「ひらがなのけんこう」、つまり病気ではないというだけの状態(健康)を超えた、もっと広い意味でのウェルビーイングです。
医学的な正しさだけでなく、人とのつながり、生きがい、日々の小さな喜び。それら全てを含んだ、人間らしい豊かさ。
哲学の言葉を借りれば、「Human Flourishing(ヒューマン・フラリッシング)」――人間性が最も豊かに、その人らしく花開いた状態に、ほんの少しでも貢献すること。
それが、私の唯一の北極星です。
正直に告白すると、私は明確な5年後、10年後の目標から逆算して行動計画を立てるのが、とても苦手です。ただ、向かうべきベクトルのような北極星だけを定め、あとはひたすら「今、ここに集中する」。
過去の失敗を悔やまず、未来の不確実性を憂えず、目の前の患者さんとの対話に、仲間との議論に、そして自分自身の心の声に、ただただ耳を澄ます。
この記事を読んでくださったあなたが、明日から踏み出すその一歩も、もしかしたら誰かに冷ややかに見られたり、笑われたりするかもしれません。
しかし、それはあなたの課題ではありません。あなたの課題は、ただ一歩、震えながらでも踏み出すこと。
その小さな一歩とそこで得られるささやかな成長が、いつか必ず点と点となって繋がり、あなただけの代替不可能な価値になると、私は心の底から信じています。
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