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【帝京SPH受験】アフリカに「食と健康の知」を届けたい 管理栄養士の帝京SPH受験記 - vol.46

【帝京SPH受験】アフリカに「食と健康の知」を届けたい 管理栄養士の帝京SPH受験記 - vol.46

2026.03.15

この記事では、「アフリカで栄養に関わる仕事がしたい」という想いを抱いてきた管理栄養士が、帝京大学大学院公衆衛生学研究科(帝京SPH)への進学を決意し、MPHを取得するまでの軌跡をたどります。

これまで病院勤務やJICA海外協力隊、国際NGOでの経験を通じて、「食」と「公衆衛生」が交わる現場に立ち続けてきました。

忙しさや英語力への不安、進学費用といった現実的なハードルに向き合いながら、「本当に大学院に行くべきか」「どの分野で学ぶべきか」を何度も問い直してきました。

十分とは言えない準備、ギリギリまで続いた仕事との両立、1年制コースのハードさ。

決して"完璧な受験生"ではなかった筆者ですが、それでも帝京SPHで公衆衛生を学び、国際協力分野で新たなキャリアの扉を開くことができました

時間やお金、キャリアの不安は工夫して乗り越えていける。
MPH進学や国際保健の道で悩んでいる方に、このメッセージを伝えたいです。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 帝京SPHの特徴と、他のMPHとの違い

  • 受験準備の具体的なステップと、働きながら進学するための工夫

  • 国際保健を志す人のキャリアの築き方

この記事は誰に向けて書いているか

  • 時間やお金の制約があっても、MPHに通いたい方

  • 帝京SPHの制度や実際の学びについて、リアルな情報を知りたい方

  • 国際保健に携わる人でMPHに通うことを検討している方

MPHシリーズ 

  • vol.17:【東京大学SPH受験】栄養疫学に魅せられて:管理栄養士が紡ぐ食と公衆衛生の未来

  • vol.20:【東京大学SPH受験】臨床医が本気で考えた、合格を勝ち取る最強のメソッド -

  • vol.33:【長崎大学MPH受験】海外経験ゼロの看護師が開いた、国際保健への扉

  • vol.36:【帝京SPH受験】東大SPH不合格を乗り越えて:挫折が拓いた行き先で内科医が得た学び

執筆者の紹介

氏名:SH
所属:私大病院所属 現在、アフリカのJICA事業に業務調整員として出向中
自己紹介:
管理栄養士・公衆衛生学修士。都内の私大にて管理栄養士資格を取得後、私大病院の栄養部に入職。大学病院では、病院食の調理をはじめ、入院患者への栄養管理業務も行っていた(担当していた病棟は、血液内科、外科、婦人科など)。その後、JICA海外協力隊栄養士隊員としてマラウイ共和国の県立病院に2年派遣された。当時は、院内整備(5S-KAIZEN活動など)や、地域の小学校で調理実習を伴う授業を現地の先生たちと実施した。帰国後、栄養士養成の短期大学に助手として従事したのち、帝京大学大学院公衆衛生研究科に進学・卒業し、私大病院に管理栄養士として就職。傘下であるアフリカマラウイ共和国で活動する日系国際NGOに出向した。そこでマラウイ共和国の農村部にて5歳未満児の栄養改善事業に従事し、2023年より現職。

編集者

氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に関する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。

監修者

氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。

MPHを受験しようと思ったきっかけ

"食(栄養)"という分野に惹かれた理由

"食"と人との関係は、身体を作るだけでなく多岐に渡っています。

生まれてすぐ母乳やミルクを口にするところから始まり、人生を終える間際まで、私たちは毎日のように食べ物を口にします。

単に栄養と摂るという目的だけでなく、人生の様々な場面において“食”は大切な意味を持っています。例えば、初対面の人たちが集まる会食で、相手の情報をあまり知らなくても、一緒に食べている料理の話をすれば、コミュニケーションを取るための"きっかけ"が生まれます。異国の地に旅行に行った時には、現地の食を知ることで、その国の文化の一部を知ることができます。

私自身、幼少期から家族と海外旅行に行く機会も多く、現地語が喋れないままでも、"食"を通じて現地の人たちと交流をしたり、一緒に料理をしてコミュニケーションを取ったりする経験をしてきました。"食"というツールが人生を豊かにしてくれたことへの思いから、将来は食に関わる仕事に就きたいと思い、管理栄養士という仕事を選びました。

今でも、単に健康になるためだけの食事ではなく、スパイスのように人生を少し豊かにする食環境を作りたいと思い、日々過ごしています。

"食"に関連する職業の中で管理栄養士を選んだ理由

中高時代は漠然と食関連の仕事に就きたいと思っていただけで、特に目指しているものはありませんでした。当時はバドミントン部に所属していたため、勉強よりも部活動に夢中で、ひたすら練習に励む毎日でした。

高校3年生の6月、部活動の引退を迎え、本格的に卒業後の進路について考え始めました。その時期に高校の図書館で管理栄養士に関する書籍を手に取りました。そこには様々な場所で働く栄養士・管理栄養士のエピソードが載っていましたが、私が惹かれたのは東南アジアでJICA海外協力隊員として活躍した栄養士のものでした。

その記事では、現地の人の多くが病気に罹ったら薬で治すものと考え、「普段の食習慣が健康維持・増進に寄与するという考えを持つ人は少なかった」と語られており、そのため、「赴任した栄養士が、食習慣と健康が結びついていることを啓発した」というエピソードが紹介されていました。

その時、中高時代にあまり真剣に授業を受けていなかった私でも、「体の不調の時にはこういうものを食べよう」とか、「偏りなく食べた方が身体に良い」などといった、漠然とした知識を吸収していたこと、そしてその知識に助けられてきたことに気がつきました。

この書籍との出会いで、健康維持・増進をしたいのに、食習慣の改善という方法を知らないがために、薬にばかり頼るといった偏った選択をしてしまう人がいるなら、それはとても不公平なのではないかと考えるようになりました。

だからこそ、「食と健康の関係」について学ぶ機会に恵まれない国や地域があるならば、将来はその現場で働きたいと思ったのです。

この一冊の書籍との出会いが、私が管理栄養士になろうと決意したきっかけでした。

アフリカ大陸に興味を持ったきっかけ

管理栄養士養成の養成大学へ進学後、国際的に栄養に関連する活動をしたいと思い、情報サイトで検索をしていました。そこで見つけたのがJETRO(日本貿易振興機構)が主催していたアフリカンフェアの飲食ブースのボランティアでした。

中高時代は不真面目に授業を受けていたため、申し込みをした当初は、正直に言って、アフリカと南米の場所の違いを自信を持って答えられないほど曖昧な認識でした。

ですが、ボランティアを通じて初めて、アフリカ各国で働く日本人や、日本で働くナイジェリア人、日本に来ていたアフリカ諸国の大使などと交流を持つことで、アフリカをひとくくりに考えていた自分の理解とは異なり、アフリカの国それぞれに様々な文化があることを知りました。

アフリカの文化の中でも、東アフリカにある"カンガ"という布に一番惹かれました。カンガは女性たちの洋服、テーブルクロス、子どもを抱っこするおんぶ紐、荷物を運ぶ風呂敷といったように、様々な用途に使われる布です。

また、カンガには"カンガセイイング"と呼ばれる一言メッセージが記載されています。そこには家族や恋人、友人に愛を伝えるもの、宗教に関するもののほか、選挙時のポスターとして使われるものまであります。

このように様々な使い方をされるカンガの中で私が衝撃を受けたのが、自転車を漕ぐ男性が後ろに妊婦を乗せ、向かう先に病院が描いてあるデザインのものでした。

そのカンガセイイングには「出産時には病院へ」と書かれていました。生活に根付き、身近に使える布が、健康予防の面でも役立つという幅広い用途に驚きました。

この経験から、布ひとつにも様々な文化が息づくアフリカという地域には、まだ自分の知らない面白いことが秘められているのではないかと興味を持ちました。その頃から、「いつかアフリカ大陸のどこかで働きたい」と思うようになりました。

その後も、大学時代はアフリカンフェアをはじめ、アフリカンフェスタやグローバルフェスタでのフードブースでボランティアをし、社会人になってからは、本業の傍らで国際保健のNGOでボランティア活動をしていました。

漠然と大学院進学について考えた時期

前述のように、大学に在籍中からアフリカで栄養に関連する仕事に就きたいと思い、国際協力業界やアフリカで働く人たちから情報収集をしていました。実際に働いていた人たちからは「将来的にアフリカで医療従事者として働くなら、どこかのタイミングで大学院には行った方が良い」というアドバイスをもらいました。

しかし、その当時は、「まずは一度アフリカに行ってから大学院進学しよう」と思うだけで、どんな大学院があるのか、何が学べるのかなど、具体的な理解がないままでした。

病院に就職後は所属先に大学院卒業者もおらず、忙しさを理由に3〜4年ほど情報収集さえもせずに過ごしていました。

JICA協力隊時代、公衆衛生との出会い

病院を退職後、JICA協力隊を受験し、アフリカ南東部にあるマラウイ共和国の県病院に栄養士として派遣されました。

協力隊の仲間には、協力隊の活動を終えた後に大学院進学を目指す人も多く、その影響もあり再び大学院進学を考え始めました。

当時、周囲の大学院進学希望者はイギリスを中心とした海外大学院を目指す人が多かったため、私自身も海外大学院を視野に入れて情報収集をしていました。ただ、協力隊受験時から英語力が大きな課題で、合格基準まで高める必要がありました。そのため協力隊時代は主にIELTSと英会話の勉強をしていました(協力隊受験当時はTOEIC330点でしたが、終了時には700点弱まで向上しました。)

この時期、国際保健分野の知人たちに進学相談をしていました。実際その分野で働く人の多くが公衆衛生学修士(MPH)を取得しており、バックグラウンドも看護・保健師・その他医療従事者、文系出身者など様々でした。

分野としては栄養系の大学院も検討していましたが、様々な分野の人が学べる"公衆衛生"という学問に魅力を感じるようになりました。

また国際保健の現場で働く際、「"栄養"の専門性に限定されず、公衆衛士という幅広い視点が役立つのでは」というアドバイスもあり、漠然と公衆衛生の分野に進もうと考えるようになりました。

ただこの当時は、公衆衛生という学問で何が学べるのかはまだ十分には理解していませんでした。「将来的に国際保健分野で働くのであれば、公衆衛生の専門性が役に立ちそうだから」という程度の認識で進学を考えていました。

仕事と大学院受験準備の両立に悩んだ時期

協力隊を終了後に帰国した時点では、海外大学院の合格レベルの英語力がまだなかったため、英語の勉強をしながら非常勤の管理栄養士として教育機関で働き始めました。

教育機関での仕事は初めてで、慣れない環境の中で働きつつ英語を学ぶことは私にとって厳しい状況でした。

さらに、帰国して1年が経った頃、同僚の相次ぐ退職で人手不足となり、任される仕事が増加しました。早朝出勤や毎日の残業が続く中で、英語学習へのモチベーションはほぼ無くなっていました。

「この状況を打破したい」
と、JICA(国際協力機構)の帰国隊員向け進路相談に行きました。そこで現状や今後の希望を相談した結果、「国外にこだわらず早く大学院に進学した方が現状を変えられる」というアドバイスを受け、本格的に国内大学院を探し始めました。

なぜ帝京SPHを選んだか

1年コースという選択肢

帝京SPHの特徴として、国家資格を持つ医療従事者で、2〜3年以上医療機関などで働いている人であれば、1年コースに入学できるというものがあります(ただし最終学歴などによって条件は異なります)。

当時の私は「とにかく早く大学院に入り、卒業したいという」気持ちに駆られていたので、ここしかないという気持ちでした。

ただ、実際に入ってみると、1年という期間は、研究手法などを学びながら研究計画を立て、実施し、まとめるという色々なタスクを並行で行う必要があったため、ものすごく大変だったなと思います。

また、たくさんのタスクと学びを並行して行なったため、学びの定着が甘かったなと思います。振り返ると2年コースの方が、学びをもっと自分のものにできたのではと思うことがあります。ただ、1年だからこそなんとか走り切れたのではと思う部分もあるので、もしやり直せるとしても1年コースを選ぶと思います。

経済的に就学できる環境

帝京SPHは私立大学のため、国立の大学院に比べると授業料が高いです。

ただ、もう一つの候補であった地方の国立大学院に進学した場合、引っ越しなど授業料以外の支出や、就業制限により充分な収入が見込めないことが懸念されました。

そのため、都内の実家から通学でき、授業がない日は非常勤やアルバイトで働ける帝京大学が、私にとっては最も経済的でした。

実際、在学中は週3日は授業、週4日は2か所でアルバイトをしていました。アルバイトは基本的に朝早くから午後もしくは夕方までで、終了後は日曜日以外、毎日大学院の院生室に行くという生活をしていました。

熱のこもった先生方との出会い

上記の理由から、私の中では「もう帝京大学しか選択肢がないな」と、当初は消極的に考えていました。しかし、そんな思いを抱きながら参加して説明会の場で、熱のこもった先生方のSPH紹介に心を動かされることになります。

「公衆衛生という学問は『公衆(みんな)』の『生(せい・せいかつ)』を『衛る(まもる)』学問」
「人がそこに生きていれば、全てが公衆衛生上の課題になりえます」という言葉が一番印象に残りました。

いつも生活の身近にある"食"を大切にしたいという想い。自分自身が管理栄養士を志した時に抱いたこの想いと、ここで聞いた公衆衛生という言葉が、私にとってすごく繋がっているように感じました。

私はこの説明会を受けて初めて、「"公衆衛生"を学んで、これを今後仕事にしたい」と思いました。

すでに経済的な理由から、帝京大学一択と思っていましたが、この説明会を受けて「帝京しか進学する場所がない」と言う考えから「帝京で学びたい」という考えに変わりました。

受験対策で取り組んだこと

応募書類をとにかく作成

当時、多忙を理由に特別な受験対策はしていませんでした。理由として、帝京大学の入学試験方式では1年を通して複数回受験のチャンスがあり、「まず一度受けてみて、ダメなら次で対策をする」という、かなり甘い考えを持っていたからです。

そのため、とにかく応募書類を提出して面接まで進むことを目標にし、漏れがないように書類作成を進めました。

結果として、初めての受験で合格することができたため、特段の対策はしませんでした。ただ、当時このmMEDICI Library MPH受験期シリーズ のような情報があれば、もう少し準備できたように思います。

帝京SPHの受験では、書類審査と面接(口述試験)に加え、英語能力の成績証明書提出があります。英語に関しては、海外協力隊帰国後にTOEICスクールへ通っていたため、定期的に受験していました。その中で一番良かった得点(約650点)のスコアを提出した記憶があります。

受験期に大変だったこと

仕事をしながらのモチベーション維持

受験対策のところでも書きましたが、多忙な生活の中で、書いたこともない研究計画書を埋めていく作業は非常に時間と根気が必要でした。そのため、まずは期限内に応募書類を郵送するという最低限の目標を掲げ、書類作成を進めていました。

当時は仕事に追われ、JICA協力隊時代の仲間とも疎遠になっていたため、大学院受験経験者から話を聞くといった行動はとっていませんでした。

今振り返ると、MPH進学を目指す受験生や卒業生が数多く在籍するオンラインスクールmJOHNSNOW mMEDICI Library MPH受験期シリーズ のように情報が得られる場、受験経験者と話せる場があれば、書類作成だけでなく受験対策へのモチベーション維持にも繋がったのではと思います。

面接時に苦労したこと

受験時の目標が「とにかく応募書類の記入欄を埋めて郵送すること」だったため、非常に書きにくいですが、最低限の志望動機を1〜2分で話せるよう準備した以外、特別な面接対策はせずに当日を迎えました。

私は、とにかく早く修士を取りたいという気持ちを強く抱いていたため、面接では1年コースの志望動機や研究計画を1年でやり遂げられる見立てを熱心に伝えたことを覚えています。結果として1年コースで合格することができました。

(その後、無事に1年で修士を取得して卒業することができました。今振り返ると、金銭的に余裕があれば、頑なに1年にこだわらなくても良かったのではと思う部分もあります。)

得られた学びやその後のキャリア

国際協力に関わるチャンスを得た

大学院時代は様々な分野の同級生と交流していましたが、卒業後に国際協力分野の仕事に就きたいと思っていたため、国際協力関係の同級生や先生方とも深く関わっていました。その中で、現在のポジションに繋がる出会いがありました。

お世話になっていた教授が大会長を務める学会の手伝いに参加した際、国際協力で活躍していた同級生から「ぜひ紹介したい人がいる」と声をかけられ、現在所属している私立病院の医師を紹介されました。

出会ったその日に「卒業後に一緒に働かないか」と誘っていただき、その後の面談・面接を経て、卒業の翌年4月1日から入職しました。入職後は、私立病院の所属でありながら、その傘下の国際NGOでの勤務やJICAへの出向も経験しています。

これらは大学院での多岐にわたる交流が生んだ縁だと感じています。

現場で働く際に、感覚だけではなくデータで客観的に物事を見る力

前述のように私立病院へ入職後は、国際NGOやJICAのプロジェクトに出向していました。

NGOではプロジェクトの前後比較のためにベースライン調査・エンドライン調査が実施されますが、その際の質問項目の設計など、大学院で学んだことが非常に役に立ちました。また、エンドライン調査のデータを元に栄養関連の学会で発表する機会もありました。

大学院で学んだ"データで物事を客観的に捉える力"は、現場で働く上で感覚だけに頼らない判断をするための大きな支えとなっています。

受験生に伝えたいメッセージ

私が言えることは2点です。

1点目は、結果的に私は帝京SPHに入学して良かったということです。受験記には先生のエピソードを書きましたが、在学中は院生同士の交流も非常に活発でした。

院生主体で開催された街中でNudgeを探す"Nudge遠足"や、卒業生のフィールドであった離島に、有志で島民健診の手伝いに行くなど、1年という短い期間でありながら、授業だけでなく、在学生・卒業生の方々と様々な"公衆衛生"の現場を体感できた時間でもありました。

他大学院と比較はできませんが、私は帝京SPHに進学して本当に良かったと感じています。そのため、公衆衛生大学院の進学を希望している周囲の人には、いつも帝京SPHを勧めています。

2点目は、受験準備はできる範囲でしっかり行った方が良いということです(私が言えたことではないですが)。

この記事を書くにあたり当時を振り返りましたが、運良く合格できたものの、1年コースでの卒業は非常に過酷でした。もし事前にもっと情報収集をしていたら、2年コースを選んでいたかもしれません。

勢いで乗り切った受験だったため、準備不足には後悔が残りますが、「この大学院で勉強したい」という強い思いが勝つこともあるのかもしれません。

皆様がmMEDICI Library の受験記を通して、「ここだ」と思える進学先に出会えることを願っています。

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シリーズ一覧

MPHシリーズ

  • vol.17:【東京大学SPH受験】栄養疫学に魅せられて:管理栄養士が紡ぐ食と公衆衛生の未来 - vol.17

  • vol.20:【東京大学SPH受験】臨床医が本気で考えた、合格を勝ち取る最強のメソッド - vol.20

  • vol.33:【長崎大学MPH受験】海外経験ゼロの看護師が開いた、国際保健への扉 - vol.33

  • vol.36:【帝京SPH受験】東大SPH不合格を乗り越えて:挫折が拓いた行き先で内科医が得た学び - vol.36

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