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【キャリア解説】介護のお医者さん:ニッチを貫くわたしのキャリア論- vol.24

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【キャリア解説】介護のお医者さん:ニッチを貫くわたしのキャリア論- vol.24

2025.06.22

わたしは循環器内科医として働いたのち、介護施設の医師として20年以上勤務している「介護のお医者さん」です。

日本の止まらない高齢化と、認知症をはじめとする介護問題の深刻さを痛感しています。しかし、介護保険制度や介護の現場に精通している医師は、実際にはそれほど多くはありません。

また、介護に関わる医師自身が高齢であることも多く、医療と介護の間にあるはずの橋渡しとして十分に機能していないと感じています。

そこで介護に悩める人たちのお役に少しでも立ちたいと、ブログで情報発信をするようになり、それが思いかけず本の出版につながりました。

より多くの人に伝えるために勉強をはじめた「今」と、わたしが目指している「これから」についてをお話します。

この記事が、商業出版に興味のある方や、キャリアに悩む医療職の方々に、「人生は慌てなくても、何歳からでもいろんな道を選べるのだな」と感じてもらえれば幸いです。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 介護施設で働くというキャリアもあるということ

  • 大きな市場の中のニッチな分野でがんばることの重要性

  • 情報発信や商業出版について

この記事は誰に向けて書いているか

  • 子育てと仕事の両立に悩んでいる方

  • 商業出版に興味がある方

  • 臨床はしたいけど病院勤務以外の選択肢を知りたい方

キャリアシリーズ

  • vol.21:脳外科医×起業家が見据える次世代医療 - 全ての医療従事者にビジネスマインドを

  • vol.27:MPHホルダーの内科医 - 専門性の掛け算で、“一億人に一人”の人材へ

  • vol.29:食品メーカーの企業研究者 - 栄養疫学で、企業に価値を、人々に健康を

  • vol.30-1:ある総合内科医の15年 (前編) - 学びを求めて飛び込んだ、建築途中の病院へ

  • vol.30-2:ある総合内科医の15年 (前編) - 臨床・教育・研究をつなぎ、ロールモデルを築くまで

執筆者の紹介

氏名:田口真子
所属:医療法人社団 創生会
自己紹介:内科認定医、循環器専門医、産業医、労働衛生コンサルタント。
大学卒業後、市中病院で臨床医として働いたのち介護のお医者さんに転身、約20年間介護施設の医療やケアに携わる。2021年より医療法人社団創生会理事長に就任。ブログ「介護のお医者さん!介護とうまくつきあっていこう」を毎日更新。多くの読者の介護の悩みに寄り添い、高齢者福祉・介護ブログランキング1位を獲得2024年10月講談社より著書『最高の介護 介護のお医者さんが教える満点介護』を出版。

編集者

氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に対する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。

監修者

氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。

今のキャリアについて

わたしはもともと循環器内科医で、介護に興味があったわけではありません。

出産と同時に「病院で働くのはしんどいから」という不純な動機で介護施設の管理医師をすることになり、でも不思議と自分には合っていたようで、以降20年以上同じ施設で勤めています。

気づけば理事長となり、育児と介護医療の両立に全力投球した20年でした。

介護施設では医師は基本的に一人。教えてくれる先輩もおらず、目の前のご利用者と向き合いながら、常に現場で学び続けてきました。

現在は、12の介護施設を運営する医療法人社団の理事長をつとめており、約700人の従業員とともに、介護が必要な高齢者のケアや医療に携わっています。

理事長といっても、人事や経理など経営の細部に深く関わっているわけではありませんが、職員教育や介護の質の担保には力を注いでいます。

また、マーケティングにも関心があり、「自法人の良さをどう顧客に伝えるか」は常に考えているテーマです。ありがたいことに職員の協力もあり、他法人と比べても高い稼働率を維持できています。

最近は産業医・労働衛生コンサルタントとして、外部の介護事業所の職員の安全衛生やメンタルヘルスにも関わるようになりました。今後は、法人を超えて介護業界全体に貢献できるような視点も持ちたいと考えています。


そんな、現場主義でこれっぽっちもアカデミックではなく、パブリックヘルスへの興味も薄いわたしが、50代にしてどうしてmJOHNSNOWに参加して勉強することになったのか。

迷える若い人たちに「人生は慌てなくても、何歳からでもいろんな道を選べるのだな」と感じてもらえれば幸いです。

なぜそのキャリアを選んだのか

医師としての原点とキャリア選択の背景

そもそもわたしは数学が大の苦手でした。高校時代、理系を選択した際、担任に「ほんまに?ほんまに理系??」と何度も確認され、文系と同じ数学のテストで平均点を大きく下回る20点(200点満点のテストでした!)をたたき出していました。

それでも医学部に行きたかったのは、単に手に職をつけたかったからです。幸い、当時は後期日程という作文入試があり、それで大学にもぐりこみました。

大学に入ってしまえば、数学は特に必要ありません。統計学の授業もなかった気がします。いや、単にわたしがさぼっていただけかもしれませんが。とにかく数学的バージョンアップをすることもなく医者になりました。

循環器内科を選んだのも、大きな理由や夢があったわけではありません。「女医さんが少ない医局を選んだほうが大事にしてもらえるし融通もきく」と先輩にそそのかされただけです。

ご存じの方も多いと思いますが、少し前の(今もかも)循環器内科は男性の世界でした。バリバリやる気にあふれた男性医師がたくさんいて、少しずつ増えているとはいえ、まだまだ女医さんはマイノリティです。学会でも女子トイレが混んでいたためしがありません。

でも実際は、他の科の先生たちから「もはや逆差別」と言われるほど大切にしていただきました。

出向先の病院の希望から、人事を外れる/外れない、結婚出産後のキャリアまで希望を聞いていただき感謝しています。要するに医局の戦力としてカウントされていなかったから自由だったという面も否めませんが。

でもこれが「みんなと同じ道より、選ぶ人が少ない道に進んだ方が良いことがいっぱいある!」というわたしの原体験にもなった気がします。

もっと言えば、市場が大きい世界の中でニッチな立ち位置をとることに意味があると感じていました。異論はあるかもしれませんが、循環器は医者の世界ではやはりメジャーな存在です。患者さんも医者の数も多いし、高齢社会で今後も必要とされる分野です。

その大きな市場の中で、マイノリティとしてちょっと横道を生きる道の心地よさというのでしょうか。本当のニッチ、小さい市場の中で専門家になって食べて行くのは天才じゃないと難しいと思います。大きな市場から、こぼれる部分で他の人とは違う仕事をすることも選択肢として悪くないのではないでしょうか。少なくともわたしにはそう思えました。

研究生活でのつまずきと統計学への苦手意識

あの頃は今と研修制度が異なり、卒業と同時に大学の医局に入局、3年の研修の後は大学の医局に戻って研究するというのがスタンダードでした。わたしも大学に戻って研究することになりましたが、さあ大変。

毎週論文抄読会があり、自分で研究して論文を書けと言われるのですが、若かりし日のわたしは、その大切さも、先輩に手取り足取り教えてもらえる幸せもまったくわかっていませんでした。どうすれば抄読会から逃げられるのか、しか考えていなかった!

研究も、言われるがままに、今振り返ればおそらくt検定をしていたのだと思いますが、理解はしていませんでした。

真面目な教授からは「勉強したくない君の気持ちがわからない」と嘆かれ、指導教官からは「君の『かんばります』ほど信用できないものはない」と言われました。

先輩のおかげで、海外の学会でも発表させてもらいましたが、それも操り人形状態。結局統計学は理解できないまま(理解しようとしないまま)、1本の論文も仕上げず市中病院に臨床医として戻りました。

育児との両立を機に介護の現場へ

市中病院で数年循環器内科医として働いたのち、出産を機に退職しました。でも家でじっとしているのも性に合わず、出産の4か月後、先輩が立ち上げた介護施設に管理医師として復職しました。

循環器内科も高齢者が多いのですが、重度認知症はあまり診たことがありません。認知症周辺症状に対してどうしていいかわからず本当に困りました。

循環器内科は多くのガイドラインが存在し、基本的にそのガイドラインに沿って治療をします。しかし人類がはじめて遭遇する超高齢者と認知症、マニュアルもガイドラインも何もないのです。

血圧の薬は誰に処方してもだいたい血圧が下がります。なのに認知症の治療はひとりに効果があった薬を別の誰かに処方しても、まったく効果がなかったりするのです。だからガイドラインやマニュアルがない、あってもあまり役に立たないのだと思います。

「これがいい」「あれがいい」という方法をいろいろな人に聞いては、ひとつずつ手探りで試していくような状態でした。でも難しいぶん、治療がうまくいき、大声を上げていた人が穏やかに生活できるようになったりすると、とてもやりがいを感じました。

また、高齢者が慣れた環境で慣れた人たちに囲まれて静かに旅立つのも悪くないと思いましたので、施設での看取りにも力を入れました。職員やご家族も施設で最期を迎えることの意義を理解してくれ、今までに400人近い方の最期に伴走させていただきました。

しかし、実は20年やっていても何人お見送りしても本当にこれで良かったのか、他にもっと良い方法はないのかなど悩みは尽きません。

職員ともご家族とも普段から(看取りの話になる前から)とにかくまめに顔を合わせ、よく話し、お互いやお互いの価値観を知るように努めていくしかないのかなあと思っています。この選択で良いのか、一緒に悩むことこそ医者の仕事ですしね。

介護施設の仕事は、なんといっても時間の自由がきくのが魅力でした。子供の体調や学校行事に合わせて自由に休みがとりやすく、自分で自分のスケジュールを決められるのはとても良い環境でした。

しかし、自由と引き換えに臨床医としてのキャリアを失ったことも事実です。介護施設の仕事はそれなりにやりがいもあったものの、やはり臨床医としては王道から外れた仕事です。学会に行ってもなんとなく肩身が狭いというか、胸を張って「老健で働いている」と言いにくいと感じていました。

それが嫌になって、子供が中学生になったとき、臨床医に戻ろうと転職活動をしたこともあります。 実際、いくつかの病院から良い条件で内定をいただきました。もとの道に戻るならその時でした。

でも、振り返ってみると、臨床医としてのわたしは、そこそこ「できる」医者ではあったと思いますが(たぶん)、そこで一番になれるような、輝けるような存在ではありませんでした。

臨床にもどったら「普通のいち医者」でしかありません。それで良いのかと迷いが生じました。「みんなと同じ道より、選ぶ人が少ない道に進んだ方が良いことがいっぱいある!」という原体験がよみがえります。

これからの高齢社会で介護業界もまた大きな市場です。その中で介護と真剣に向き合う医者は多くない、断然マイノリティなのです。介護施設に勤める医者の多くは病院を定年退職した医者で、わたしのように若くから介護施設で働き、介護のありように口を挟む医者はごくごく少ないのです。

ここで働く方が自分にふさわしいのではないかと改めて思い、転職するのをやめました。

情報発信と出版がもたらした変化

そこで施設医師の立場から積極的に情報発信をしていこうと決め、介護施設であったあれやこれやを、2015年から「介護のお医者さん 介護とうまくつきあっていこう」というブログに書くようになりました。2019年の夏からは一日も休まず毎日更新しています。

大した記事ではありませんが、ありがたいことに熱心な読者もつき、たくさんコメントをいただきます。すべてのコメントに目を通して必ず返事をしているうちに、ちょっとしたコミュニティのようになりました。

読者が楽しみにしてくださっていることもひしひし伝わるので、止められなくなったというか、続けられているのだと思います。

コメントを読んでいると違った視点やご家族のリアルな気持ちに気づかされることも多く、感謝していますし勉強になります。

そしてみなさん、想像以上に介護に困っているし悩んでいるんだなと実感します。とにかく圧倒的に正しい情報が足りていません。マスコミは不安をあおるような記事ばかり書きますが、多くの介護職員は真摯に働いています。

施設には施設の良さが、在宅介護には在宅介護の良さがあり、同列に語ること自体間違っています。施設に入れることは親不孝でもなんでもありません。

また在宅介護も、ただがんばるのではなく、上手に乗り切る方法が本当はたくさんあることを知っていただきたいのです。


ブログを読んだ講談社の方から、本を書かないかと声をかけていただきました。2023年の秋のことです。毎日更新をはじめてから4年が過ぎていました。

小さいときから読書が好きで、本を出すということに漠然とした憧れがあったので、とても嬉しかったです。

もし一般書の商業出版を希望されている方がいましたら、ブログなどの発信を通じて「見つけてもらう」のは良い方法だと思います。かなり時間はかかりましたけど。

見つけてもらいやすくするために、ブログ村などランキングに登録しておくのも大切です。わたしも、ブログ村の高齢者医療部門で1位だったのを担当編集者が見て連絡してくれたようです。

声をかけていただいてから、担当編集者と打ち合わせ、出版の是非を決める会議を経て、書き始めたのは2023年の年末です。

それまでもブログを書いていたので、そんなに難しくないかと高を括っていましたが、活字にするというのはやはり難しかったです。

ブログは自分が感じたこと、思ったことを適当に書き散らしていれば良いのですが、活字は緊張感が違いました。間違ったことを書けないというか、一文字一文字に責任があるというか。

毎日、とにかく一文字でも書く、1ミリでも進むと決めてとにかく書き進めました。

書きたくないなあと思う日もパソコンだけは開けよう、パソコンを開いたら書きかけの原稿に一文字でも足そう、とハードルをできるだけ下げて、自分で自分を励ましてがんばりました。

ようやく書き終わったのが2024年4月頃です。

校閲してもらうと、「この数字の根拠は何ですか」「これはどこからのデータですか」と詰められることも多くて、ざっくり書いていたので大変困りました。

わたしは本当にアカデミック、科学の基本ができていないのです。でもこの校閲作業が出版物の信頼性を高めているのですね。

その後、表紙やタイトルを決め、部数会議で出版数が決まり、10月末に出版しました。

出版=本屋に並ぶというイメージでしたが、そんなことはありません。今はネット本屋が主流ですし、無名の作者のはじめての介護本です。

出版数も多くないですし、本屋にならぶと言うより1冊ひっそり置いてもらうという感じでした。それでも本屋で見つけたときはこっそり写真を撮ってしまいました。

本を出したら何かが変わる気がしていましたが、実はびっくりするほど何も変わらなかったです。

ブログ読者さんたちが買ってくださったので、なんとか3版まで進み赤字は免れたようですが、ベストセラーには程遠く、わたしを知っている人が買ってくれるといった感じだったのだと思います。

少しだけラジオに出していただいたり、取材をしていただいたりしましたが、(Yahoo!トピックスにも載せていただきました)特に話題になることもありませんでした。

でも本を出したということで、介護施設でなんとなく働いているわけではなく、真面目に介護に取り組んでいるのだということを少しだけ認識していただいたようになりました。

胸をはって「施設の医師をしています」と言えることも増えました。mJOHNSNOWで入会早々このような文章を書く機会をいただいたのも、きっと本を出したおかげでしょう。

(続きはページの後半へ)

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統計学への再挑戦

さて、ようやく医療統計の話に戻ります。

本を出したり取材いただいている中で、わたしが感じていることを他の誰かに説明するとき、そこにもっと科学的根拠が必要だと痛感したのが統計学と向き合うきっかけとなりました。

たとえば、

  • 施設に入所した人は、特に認知症の治療薬を使わなくても認知症が改善することが多い

  • 口腔ケアに力を入れたら発熱者が減った

  • 入所後友達ができた人は認知症が改善するが、部屋でひとりいることを好む人は認知症が悪化する

  • デイに通うことは介護予防に効果がある

などといったことを日々の診療の中で経験しています。

でも、わたしが「良くなったと感じている」だけではだめで、改善したということを統計学的に示さないと多くの人には伝わりません。

「統計学的にMMSE(認知症の検査です)が改善した」と数字で示せた方が、なんとなく改善したよねと言うよりずっと説得力があります。

どのようなリハビリが良いのか、どのような食事が良いのか、どのような声掛けが良いのか、どのような人にどのような薬を投与したら良いのか、わからないことは山のようにあります。

日々目の前の患者さんを治療することも大切ですが、それと同じように、後に続く人たちのために、わたしの経験を医学的に、統計学的に示す必要があると思ったのです。

しかし、大学医局時代と違って教えてくれる人が近くにいません。本当にあのとき、しっかり勉強しておくべきでした。

後悔してもはじまらないので、本を買って独学しようとしましたが、わからないものは本を読んでもわかりません。

とりあえず目についた、別の医療統計のオンラインサロンに入会しました。わかってもわからなくても、毎日少しでも動画を見ると決めて、少しずつセミナーを受講しました。

そこではじめてt検定とカイ二乗検定が違うことを知って驚き(そのレベルです)、さまざまな検定手法があることも知りました。

論文も少しずつ読むようになりましたが、「統計学がわかった」実感はまったくありません。その医療統計のサロンが初学者には難しすぎるのかも(わたしが初学者すぎただけかもしれません)と思っていた頃、mJOHNSNOWと出会いました。

正直、mJOHNSNOWも難しいのですが、医療統計以外のコンテンツも充実しているので楽しく勉強しています。少しだけ論文を読むのも楽しくなってきました。

もちろんわからない部分も多いのですが、今後はインプットだけではなくアウトプットしながら理解を深めて行けたらと思います。といいつつ、今度は、どうアウトプットしたらよいのかもわからないのですが。これからの大きな課題です。

若い世代の人たちが、早くから統計学の必要性やパブリックヘルスの重要性に気づき、このようなサロンに参加されていることには正直驚いています。

わたしが若い頃には、今目の前にいる患者さんのために勉強することはあっても、大きな何かについて勉強しようと思うことはなかったからです。

もっと早くに気づいて勉強していたらなあと思わなくもないですが、今若いときに戻ったとしても、きっとわたしは勉強しないだろうと思います。

人生100年時代、今からでもきっと遅くないはずです。ここがわたしの適齢期と信じて前に進みたいです。

そのキャリアにたどり着くために努力したこと

努力したというよりは流されてたどりついたキャリアだと思います。でも、確かに言えることは、その時その時の仕事をとても楽しんできたということです。

わたしは、どこにいても誰と働いていても、とても楽しいのです。循環器内科をしていたときは循環器内科が好きでしたし、介護施設で働いてからは介護医療が大好きです。

もちろん嫌なことが全くないとは言いませんが、基本的にどんな仕事も心から楽しんできたと断言できます。結局、心の持ちようなのです。

同じことがあってもそれをポジティブにとらえるかネガティブにとらえるかだけの問題だと思います。そしてポジティブにとらえたほうが、断然良いパフォーマンスが生まれますし、前向きな人のほうが良いチームを作ることができると思います。

おかげで良いチームに恵まれて仕事をすることができましたし、今もできています。


もうひとつは、牛尾となるより鶏頭を選び続けたことです。

ニッチな存在であり続け、鶏としてではありますが、常に発信を続けてきたことが今のキャリアにつながっていると思います。

キャリアは点ではありません。小さな経験が積み重なり、関係ないと思えることもすべてがいつかつながっていきます。わたしも50代になってようやく線になってきているのを実感しています。

現在執筆中の2冊目の本が無事刊行され、これがまた新しいキャリアにつながればいいなあと思いますし、どうなっていくのが楽しみで仕方がありません。

今後のキャリア展望

前述の通り、現在2冊目の本を執筆中です。

1冊目は今自分が持っている知識や気持ちを書き連ねれば良かったのですが、2冊目となるともう全部書き切った、ネタ切れ状態です。

他にたくさん介護の本も出版されていますし、自分にしか書けないもの、オリジナリティはなんだろう、読者は何を求めているのだろうと悩んでいます。

おそらくわたしにしかないものは、日々多くの要介護高齢者に接しているリアリティであり、誰かから聞いた話ではない一次情報だと思います。

それも、できればn=1のエピソードトークではなく、集団としての傾向や効果を語りたい、そのために統計学が必要だというのが今のわたしのモチベーションでもあります。


また最近は、自分の法人以外の介護施設の健康経営にも産業医、労働衛生コンサルタントとして関わっています。

介護の現場は人手不足が深刻で、メンタル不調で休職する人が少なくありません。多くの休職者の復職面談や高ストレス者面談を重ねるうちに、メンタル不調をきたしやすい人に一定の傾向があるようにも感じています。

この感じていることを統計学を通じて整理できれば、メンタル不調になる前に対策を講じることができ、業界全体のメンタルヘルスの改善に少しでも貢献できるのかもしれません。

労働衛生の知識があり介護現場を良く知る医師、これもまたニッチな存在ではないかと自負しています。今後はこの分野にも力を注いでいく予定です。

わたしと似たキャリアを目指す人へのメッセージ

わたしと同じキャリアを目指す人はあまりいらっしゃらないかもしれません。

でも子育てをしながらキャリアを重ねたいと思っているみなさんに、少しだけ先輩のわたしからアドバイスをさせてください。

一日5分でもいい、本を1ページでもいい。
なんでもいいので前進をつづけてください。


ゼロはどれだけ重ねてもゼロですが、0.1はいずれ1になり、10になり、100になります。ゼロではだめなんです。ほんの少しでもいいから、昨日と違う何かをやってください。

子育てが終わった50代は自由で楽しいです。まだ体力もそこそこあり、若いときに比べれば経済的自由もあります。医療職のみなさんは職業人としての寿命も長いはずです。

たぶん人生で50代の今が一番楽しい。そして願わくば、60代になっても「60代が一番楽しい」と言いたいです。

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  • vol.30-2:ある総合内科医の15年 (前編) - 臨床・教育・研究をつなぎ、ロールモデルを築くまで

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