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【キャリア解説】「研究も臨床もやりたい!」若手作業療法士の欲張りキャリア戦略 - vol.18

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【キャリア解説】「研究も臨床もやりたい!」若手作業療法士の欲張りキャリア戦略 - vol.18

2025.05.04

私はなんの肩書も実績もなく、現場の一スタッフとして日々奮闘する3年目の若手作業療法士です。

キャリアとしてはまだ模索中ではありますが、「なりたい自分になるためのかっこよさ」を普遍的な価値基準として、今までに様々な行動を起こしてきました。

そんな私が作業療法士を目指したきっかけや、挫折の経験、そこからどのようにモチベーションを持ち直し、今後どうなりたいのかということを等身大でお伝えいたします。

自分のキャリアに対し迷いや不安を感じている若手医療職の方、医療職のみならず社会人になり仕事に少し慣れてきたからこそ見える「やりたいこと」と「現実のギャップ」に悩んでいる方に必見の記事です。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 自分の価値観やモチベーションをキャリア選択にどう活かすかのヒント

  • 挑戦し続けることの大切さと、成長できる環境に身を置く意義

  • 専門職としての道に限らず、視野を広げてキャリアを描くという考え方

この記事は誰に向けて書いているか

  • キャリアに対し迷いや不安を感じている若手医療職の方

  • 「肩書き」や「実績」がないことに引け目を感じてしまう方

  • 「やりたいこと」と「現実」のギャップに悩みつつも前向きに行動を起こしたい方

キャリアシリーズ

  • vol.6:理学療法士が遂げた実績ゼロからのキャリアチェンジ - 企業で働く疫学専門家のリアルを語る

  • vol.12:公衆衛生がもたらす理学療法士×ATの可能性 - 学校職員の腰痛に向き合う一人の挑戦

  • vol.14:ライフパフォーマンスとしての運動に魅了され - 博士号取得までの執念の10年間

  • vol.15:中央省庁で医療行政に従事する理学療法士 - 臨床→コンサル→行政のキャリア戦略

  • vol.20:語られぬ現場を論文に綴る:”その人らしさ”を支援する精神科作業療法士の使命

執筆者の紹介

氏名:S.R
所属:大学病院勤務 作業療法士
自己紹介:2017年に北里大学入学後、もともと勉強嫌いだった傾向を強めアルバイトに没頭し2年次には留年を経験。「このままではまずい」と危機感を覚え、キャリアデザイン勉強会に参加したことが転機となり、外部とのつながりを意識。その勉強会を通じて出会った作業療法士(OT)の学生団体に勢いだけで参加し、内容もわからないまま理事を打診され、断りきれず会長に。自身を広告塔として活用し、臨床で活躍するOTとつながることで団体の知名度を高め、会員数は1年で4倍以上に増加させた。そのような経験を経て、「急性期でバリバリかっこよく働きたい!」という思いから大学病院へ就活の軸を絞り現職場に就職。現在は作業療法士3年目。キャリアに悩みながらも日々奮闘し、自身の専門性について模索している最中。

編集者

氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に対する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。

監修者

氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。

私のキャリア年表

今のキャリアについて

現在私は、大学病院で作業療法士として勤務しております。社会人3年目とまだ経験年数も浅いため、職場での肩書きやマネジメント業務はなく、現場の一スタッフとして日々の臨床業務に取り組んでいます。

キャリアとしては発展途上の段階にあるため、「どのように今の仕事を選び、どんな思いで働いているのか」を中心にお話ししたいと思います。


私は昔から、進路や大きな選択においてあまり深く悩まず、直感で決めてきたタイプです。

すなわち「なりたい自分」に近づける道を無意識に選んでいたように思います。

例えば、「かっこいいから急性期」「“大学病院勤務”の響きがデキる人っぽくていい」というように、直感的な憧れを大切にしてきました。ふざけているように聞こえるかもしれませんが、本人は大真面目です。

この「かっこよさ」は、自分の中では意外と普遍的な価値基準となっています。

そして、仕事でつまずいた時やモチベーションが下がった時に、「なぜこの道を選んだのか」を思い出すことで、立ち返る場所になっているのです。

作業療法士を目指したきっかけ

小学5年生の時に母から、「あなたは作業療法士が向いていると思うよ」と言われたことでした。

「お母さんにそう言ってもらえた」「名前がかっこいい」とそれだけの単純な理由で興味を持った私は、それ以来作業療法士を目指してきました。

高校生になり受験を目前に控えたある日、ふと「本当にこの道でいいのか?」という大きな迷いが生まれました。

それまでは「作業療法士になりたい」と繰り返してきましたが、いざ大学選びのタイミングとなった時、夢が現実として迫ってくる感覚に不安を抱きました。大学に入学してしまえばもう後戻りはできない。そんな焦りがあったのだと思います。


正直に言えば、小学生の頃からの夢がそのまま続くとは思っておらず、自分にはこれといった強い関心も趣味もありませんでした。

国家資格で」「安定していて」「人の役に立つ」職業を志すことで、大人たちとの会話がスムーズにいく、そんな“無難な答え”として使っていた面もあったのかもしれません。

それでも、受験を通じて改めて自分に問い直した結果、「他の選択肢に大きな魅力を感じなかった」という理由から、北里大学への進学と作業療法士になる道を選びました。

JAOTS-学生と社会人の繋がり-

ですが、安心したのも束の間、大学2年次に留年することになります。


原因は様々ありますが、根本的には「勉強が苦手」かつ「サボり癖が強い」ことが大きな要因でした。いわゆる「人生の夏休み」を謳歌する他の学生たちに影響され、私自身も怠惰な学生生活に流されてしまったのです。

作業療法専攻の友人よりも他学部・他学科の友人と過ごすことが多く、授業以外では専攻のクラスに関わることも少なくなりました。そして、作業療法に対するモチベーションも次第に低下していきました。

その結果、試験に対する危機感を持たないまま本番を迎え、案の定留年をすることになってしまいました。


このまま復学しても再び失敗してしまうだろうと感じ参加したのが、作業療法士のキャリアデザイン講習会でした。

そこでは、作業療法士の資格を持ちながら様々な分野・働き方で活躍する方々が登壇し、それぞれの領域や働き方について熱く語ってくださいました。

話の内容は様々でしたが、一つ共通した点がありました。それは、作業療法が大好きで、誇りとプライドを持って作業療法士をしているということでした。


自分は一体何をしているんだろうと頭を殴られたような気分でした。それから、その講習会を企画した先生に連絡を取りオンラインサロンに入会し、作業療法士の学生団体(JAOTS)に入会することになりました。

ここから再び自分のキャリアと向き合うようになります。

入会当時、JAOTSは会員数が非常に少なく運営もほぼ幽霊部員でした。その中で当時の会長が1人で奮闘しているような状況でしたが、その方が4年生になるということもあり私に運営を引き継いでくれないかという連絡がありました。

JAOTSの活動内容も含め何も知らなかったため、一度はお断りをしましたがアクティブな会員が現在いないのでとにかくやってもらいたいと再度打診され、引き受けることにしました。

ここからがとにかく大変でした。


まず、当時はコロナウイルス感染拡大に伴いオフラインでのイベントは一切できませんでした。加えて、運営のメンバーも関西、九州におりました。

そんな中、初めましての方々と傾いた団体を立て直すことから始めなければなりませんでした。

その中でも最も大きな課題は、やはり会員数の問題でした。アクティブユーザーを増やさなければ、わざわざ全国規模で学生団体を作る旨みがないからです。

従来は、運営や会員が周囲の人を誘うことが主な集客の手段でした。しかしながらその方法では同じ学校からの会員しか増加せず、「全国の作業療法学生をつなぐ」という学生団体のコンセプトは達成できません。

そこで、集客方法を外に向けた発信へ切り替えました。具体的には、自身が「JAOTSの会長」という肩書きで、臨床家の作業療法士さんたちと繋がることにより広報の輪を広げていきました。

そのために団体用のアカウントとは別に、個人の作業療法SNSアカウントを作成し、勉強会に顔を出したりコミュニケーションを取っていくことで、徐々にJAOTSの認知度が上がりました。

その過程で運営に参加したいと立候補してくれる学生も数人いましたが、当時マネジメントや管理の技術が微塵もなかった私は、途中参加の役員をうまくサポートすることができなかったという苦い経験が現在も残っています。

また、既存の役員の中でも団体を良くしようという思いがすれ違い、衝突が起こることもありました。

双方に電話をかけ、話を聞いて落とし所を探るなど、どうにかして良い形でまとまるよう尽力しましたが、今振り返れば明確に衝突する前に回避出来たのではないかという後悔も残ります。

そのように試行錯誤と苦労を重ね、引退する頃には会員数は引き継いだ当初の4倍を超えました。

このJAOTSでの活動を通して、イベント企画運営や公式アカウント運用、マネジメントへの興味など、現在の私を形作る大事な要素を学びそれらは今でも血肉となり職場での経験に役立っています。

社会人

私の学術的な経験としては、社会人2年目で学会発表をしました。

その理由は「25歳になるまでに周りに自慢できる実績が欲しい」と思ったからです。

さらに言えば、「まだ2年目なのに学会発表なんてすごいね!」チヤホヤされたいという気持ちがあったからです。

つまり私にとって、承認欲求が頑張るための動機づけとなっていました。

発表する学会を選ぶ際にも、「どうせ出すなら、みんなが知っている大きな学会の方がいいに決まっている!」と思い、リハビリテーション医学会を選びました。ちなみに、上司にはやんわりと反対されました(ビギナー向けの発表枠がある学会を勧められました)が、自分の意思を貫き通しました。

また、リハビリテーション医学会では、理学療法士の先輩にご指導いただきました。症例のまとめ方から統計解析、文章の校正までお願いし、ほとんどおんぶに抱っこの状態での発表となりましたが、自分で症例をまとめる力を身につけたいと思うようになりました

加えて、同年に湘南OTという外部コミュニティのメンター制度を利用してWeb学会でも発表しました。リハビリテーション医学会の時と比べ、目標設定や合意目標といった「人」に焦点を当てた作業療法士らしい症例発表も行ってみたいと考えていたためです。

この学会は比較的自由度が高く、作業療法が大好きな臨床家が集まる場であったため、あえて「困難事例」として発表し聴講者への疑問の投げかけとアドバイスを募る形にまとめました。

これも若手ならではのやり方だと思います。そのような発表に対して、コメント欄での質疑応答は長文ばかりの熱量の高いやりとりが続いたことが、今でも非常に印象に残っています。

このようなやりとりを経験すると、自ずと臨床や作業療法へのモチベーションも高まってくるものです。

筆者のキャリアの思い出の一枚

初めての全国学会で発表をした際の一枚。

なぜそのキャリアを選んだのか

就職先を選ぶ際に、作業療法士は領域から絞って選んでいくケースが多いです。

領域とは大きく分けると、
①身体障害領域(急性期/回復期/ケアミックスなど)
②老年期領域(介護老人保健施設や特別養護老人ホーム等の施設など)
③精神領域(精神科病院など)
④小児領域(放課後デイサービスや療育、学校作業療法など)です。

私は養成校の教授が小児を専門とされていたことや、前述した急性期への憧れがあったことから、④の小児領域と①の身体障害・急性期領域で進路に迷っていました。

しかしながら、小児領域の場合勤務先が病院でないことが多く、職場環境や教育体制が整っていないケースが多く見受けられました。加えて就職先そのものが非常に限られており、就職活動自体の難易度も高いとされていました。

そのため、まずは身体障害領域で幅広い疾患への対応力や臨床上の基礎的な知識・技術を学ぶことを優先しました。


就職活動の時期は、ちょうど臨床実習と重なっていました。

当時急性期病院と回復期病院の両方で実習を経験していた私は、回復期の実習先の非常に恵まれた環境や、臨床家の先生方の熱意にすっかり感化され、それまで選択肢に入っていなかった回復期(実習先)での就職も考えるようになりました。

そのことを当時の指導者に相談したところ、「もともと急性期への強い希望があったのであれば、その信念は曲げないほうがいい。急性期から回復期への転職はいつでもできるので、まずはやりたい方へ行ってこい!」と背中を押していただきました。

さらには、「就職希望先の病院出身スタッフが数名いるので、話を聞いてみてはどうか?」と就職活動にまつわる支援までしていただきました。

当時はコロナ禍の真っ只中であり、希望していた病院は感染対策のため病院見学ができず、就職試験もオンラインで行われました。そのため、私は受験した病院のリハビリスタッフの顔も一切知らないままに、口コミ情報だけを頼りに就職を決めることになりました。

例年であれば、国家試験の過去問題なども試験の一部として課されていたそうですが、コロナ禍のおかげでいわゆる筆記テストを受けずに済んだのは不幸中の幸いでした。


大学病院への就職に対するモチベーションとしては、「学会発表をしたい」「研究がしたい」といった意欲がありました。しかしいざ就職してみると、当院での学術活動は思ったほど盛んではありませんでした。

理学療法士の中には研究推進リーダーがおり、大学院に進学していたり、個人で研究や学術活動に取り組んでいたりするスタッフもいました。しかし、あくまで各自が独立して活動している形であり、院内で共同して研究活動や学会参加が行われている雰囲気はありませんでした。

上記のことは、逆にしがらみがなく自由に活動できるという意味ではやりやすい場合もあるかと思いますが、これまで学術活動の経験も研究知識もなかった私としては、入職後に指導を受けられると勝手に思い込んでいたために現在もその点で苦労しています。

研究したいと思いながらも行動に移せていない理由としては、日々の業務に忙殺されるうちにあっという間に時間が過ぎてしまうからであると感じています。


そのような現状に焦りを覚えmJHONSNOWへの入会を決めました。

いざ入会してみるとフェローの方々が何を話しているのか全くわからず、「自分がここにいていいのか?」という不安に駆られる毎日です。

そんな中、今回の執筆依頼をいただきました。

受けて良いものか、本当に自分にキャリアについての記事など書けるのかと、まったく自信がありませんでした。

しかし、ここで断ってしまってはこのコミュニティに入会した意味がなくなってしまうと思い、自信を失いきる前に思い切って受諾し、現在も困惑しながらこの記事を執筆しています。

私は周囲の環境に非常に左右されやすい、情けない人間です。そのため、外部のコミュニティを広げたり、周囲の人を巻き込んで仕事をすることで、自分の仕事が周囲に迷惑をかける状況をあえて作り出し、どうにか自分を追い込んで乗り越えるようにしています。

そのキャリアにたどり着くために努力したこと

現在のキャリアは、あくまで私にとっての通過点にすぎません。人生を階段に例えるのであれば、ようやく最初の踊り場に立った程度だと感じています。

ですから、まだまだ努力の途中であり今後さらに積み上げていく必要性があると考えています。

私がまず意識しているのは、「自分がかっこいいと思える仕事をきちんとやりきる力をつけること」です。

学会発表や研究を進める為には、症例選定、必要なデータの取得、まとめ方、そして統計的な分析や論文化の力が欠かせません。

これらの力を身につけたいと思ったことが、私がmJHONSNOWに参加した理由の一つです。

一方で、医療現場の枠を超えてみたいという気持ちも芽生えてきました。
その背景には、現在のリハビリテーション提供体制に対する疑問があります。

例えば、「患者中心の医療」が掲げられている一方で、現場ではそれを実感しにくいことや、リハビリの個別性が高すぎるために、セラピストによって介入の質に大きな差が生じるという課題もあります。

さらに、私は誰かと協力して何かを成し遂げる「協業」という形に魅力を感じています。

これは、患者さんやご家族、多職種、学校、職場など、対象者を取り巻くすべての人や環境を支援の対象とする作業療法の考え方と非常に通じるものがあります。実際、作業療法が好きな人の多くはこの「協業」を大切にしています。

しかし、急性期病院のような限られた時間と資源の中では、こうした理想的な介入は難しい場面も多くあります。そのため、急性期に従事する作業療法士の中には、理想と現実のギャップに悩む方も少なくありません。

私も、日々の臨床において「もっとこうしたい」と感じる場面が多く、もどかしさを感じることがよくあります。

加えて、私は学生時代に携帯販売のアルバイトをしていた経験から、クライアントと対話を重ねながら成果を出していくようなスタイルは、自分に合っていると感じております。


以上の理由から、営業やコンサルティングといった仕事にも関心があります。

そうした思いが整理されてきた今、"研究×医療×コンサルティング"という三つの領域を融合したキャリアを模索したいと考えるようになりました。

その一環として、現在はコンサルティング系企業への転職活動を試験的に始めています。同時に、統計やヘルスデータサイエンスを学ぶために大学院進学の準備も進めています。

ただし、企業への転職が「ゴール」ではなく、面接を通して業界を知るという情報収集の意味合いが強いです。仮に選考にご縁がなかったとしても、それはむしろ新たな視点を得るきっかけにつながるとも考えています。

仮に企業転職が実現しなかったとしても、作業療法士としてのスキルは引き続き磨いていきたいと思っています。加えて実習時にお世話になった回復期病院への転職も視野に入れています。


振り返ってみると、私は本当に欲張りな人間だなと自覚しています。
だからこそ、様々な可能性を追いかけてみたい。今はそう思えるようになりました。

そのキャリアを目指す人へのメッセージ

これまで様々な話をしてきましたが、これを読んで自分のキャリアを真似したいと思われる方はほぼいないと思います。(笑)

しかしながら、あくまでキャリアに悩むn=1として今回の話を楽しんでいただけたのであれば、嬉しい限りです。

実際に私自身、本当にキャリアの岐路に立っている状況で、この記事を執筆している中でも現在進行形でキャリアの方向性が二転三転しており、大変新鮮な情報をお伝えできていることだけは確実です!

そしてこちらの記事を読んでくださった有識者の方々、是非アドバイスなどありましたらご教授いただけますと幸いです。

私個人の能力は本当に乏しいもので、mJHONSNOWの錚々たるフェロー方々の中で全くと言って良いほど実力がないと自負しています。

もしmJHONSNOWでやっていけるのかという不安な気持ちから入会を躊躇されている方がおりましたら、同じように悩みもがいている人もいるんだと少しの安心材料になれば幸いです。

共に頑張りましょう!!

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  • vol.6:理学療法士が遂げた実績ゼロからのキャリアチェンジ - 企業で働く疫学専門家のリアルを語る

  • vol.12:公衆衛生がもたらす理学療法士×ATの可能性 - 学校職員の腰痛に向き合う一人の挑戦

  • vol.14:ライフパフォーマンスとしての運動に魅了され - 博士号取得までの執念の10年間

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