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【キャリア解説】中央省庁で医療行政に従事する理学療法士 - vol.15

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【キャリア解説】中央省庁で医療行政に従事する理学療法士 - vol.15

2025.04.10

私は現在、中央省庁にて勤務をしている医療従事者(理学療法士)です。

今回はキャリアのインタビューの機会をいただいたので、日々の業務は一旦離れて、ヘルスケア領域における医療/介護現場からスタートしたキャリアデザインの経験や私見について、気軽につらつらとお話しできたらと考えています。

何か皆さまにとってご参考になる部分があればと思います。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 医療/介護現場から企業や行政へのキャリアチェンジの実際

  • 医学や疫学系ではない専門性を活かしつつ、医療介護現場へ貢献する分野の働き方

  • 旧帝大や医学部併設大学の出身ではない一般的なコメディカルの臨床現場の外でのキャリア戦略

この記事は誰に向けて書いているか

  • キャリアに悩んでいる理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)の方

  • コンサルティングファーム等の企業勤務や病院での経営企画に興味がある医療従事者の方

  • 行政等のパブリックな領域(中央省庁や独立行政法人等)での勤務に興味がある医療従事者の方

キャリアシリーズ

  • vol.6:理学療法士が遂げた実績ゼロからのキャリアチェンジ - 企業で働く疫学専門家のリアルを語る

  • vol.12:公衆衛生がもたらす理学療法士×ATの可能性 - 学校職員の腰痛に向き合う一人の挑戦

  • vol.14:ライフパフォーマンスとしての運動に魅了され - 博士号取得までの執念の10年間

  • vol.19:40代療法士が病院にデータ分析室を作るまで:個人特性を活かしたキャリア転換

  • vol.20:語られぬ現場を論文に綴る:”その人らしさ”を支援する精神科作業療法士の使命

執筆者の紹介

氏名:穴田周吾
所属:厚生労働省勤務、京都芸術大学大学院修士課程在籍
自己紹介:理学療法士、修士(経営学)。藍野大学を卒業後、町唯一の病院を持つ大阪の民間医療法人に就職し、病院/介護老人保健施設/訪問看護ステーション/デイサービスなど、理学療法士として地域包括ケアシステムの様々な現場を経験する。診療報酬改定の対応や紙カルテから電子カルテへの移行の経験で病院経営や医療データに興味を持ち、大学院に進学。経営学や医療情報学の学びを経て、病院経営とDPCデータ分析に特化したコンサルティングファームに入社。経営コンサルタントとして、社内に保有する約1,000病院のDPCデータを用いて、全国の病院のデータ分析や公立病院経営強化プランの策定に携わる。現在は厚生労働省に入省し、行政のレイヤーから医療DX関連の医療政策の実現のため奮闘中。並行して大学院でデザインを学ぶ。

編集者

氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に対する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。

監修者

氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。

筆者のキャリア年表

今のキャリアについて

今のキャリア

厚生労働省の医療行政の領域で働いています。レセプトや電子カルテや病院情報システムに関係するような、医療データの整備や利活用が医療従事者の皆様のイメージとして近いと思います。(広い分野なので詳細については「医療DX」で厚生労働省のHPを調べてみてください。)

これまで、医療/介護現場 → 一般企業 → 行政と課題のレイヤーや関わり方を変えつつも、大学卒業から一貫して医療/介護のヘルスケア領域でキャリアを歩んできました。その中で現在の自分が描いているビジョンは以下です。


WHY(なぜこの道を選んだのか)
医療/介護は人々の生活を支える基盤であり、今までの経験から、その持続可能性の担保には現場と制度の両輪の理解が不可欠と考えています。

私は現場で感じた課題意識から、医療/介護をインフラとして支えるために、実際の経験を基に現場の運用改善や制度設計に携わる人材でありたいと考えています。


HOW(どうやってきたのか)
はじめに臨床現場からキャリアをスタートし、大学院に進学して経営学を学んだ後にコンサルティングファームに転職し、病院経営のコンサルタントへ転身しました。そこから厚生労働省に入省し、医療行政に携わっています。


WHAT(何をやるのか)
ヘルスケア領域ではあるものの、異なる分野を渡り歩いているように見えると言われることがあります。しかし、自分の中では一貫して医療政策の分野、その中でも医療経営と医療情報の2軸でキャリアを展開してきているつもりです。

現場の実情を知り、データを活用して病院の経営改善や地域の医療資源配分へと繋げ、政策立案に携わること(とはいえ、本当に傍らなのですが)で、医療の持続可能性を高めることを模索することをキャリアのテーマとしています。

最近は実現のためのデザイン思考を鍛えるべく、美術修士課程にも在学しています。


キャリアの中で職場と担う業務のレイヤーを変えてゆくことで、見えてきたものをストーリーとともに共有していきます。

(続きはページの後半へ)

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なぜそのキャリアを選んだのか

医療法人での現場経験(理学療法士として)

キャリアのスタートは地域医療の現場から始まりました。大学を卒業して理学療法士として最初に就職したのは京都と大阪の間にある大阪唯一の郡、人口3万人の町にただ一つの病院を経営する医療法人でした。ここで二つの今に繋がるきっかけがあったと今振り返って思います。

職場と時代の背景
職場は100床規模の病院であり、いわゆるケアミックス型と呼ばれる急性期~回復期を担う、地域に寄り添った医療を提供する日本に多いタイプの中小病院でした。

母体が民間であり介護事業も多角的な展開をしており、介護老人保健施設、通所介護(デイサービス)、訪問看護ステーションを有していました。また、唯一の病院ということで町行政との繋がりも深かったです。

きっかけは、働き始めた2013年(平成25年)のことです。この年は「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」が成立した時でした。

この第4条第4項に

「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」

と規定されたことから、地域包括ケアシステムへの流れが政策的にさらに加速していったと記憶しています。

私の働いていた町と職場もその流れを受けて、介護事業の新規立ち上げや行政との連携で「地域ケア会議や住民主体の通いの場等」が進んでいったので、地域のインフラとして医療/介護を整備することを肌感覚として感じやすかったように思います。

また、様々な領域を経験できたことも大きかったです。

例えば転倒をして骨折した方を入院→外来→介護→地域のボランティアへと戻るまでを理学療法士として支援できた点は、いわゆるケアバリューチェーンやケアサイクルといった医療介護サイクルの解像度を上げることに繋がりました。


診療/介護報酬改定の対応
前述の地域包括ケアシステムの流れを受けて診療/介護報酬も動いていました。特に2014年に新設された地域包括ケア病棟は、既存の亜急性期から入院料や病床の名称が変わるだけでなく、私の専門分野であるリハビリテーション関連の請求料への影響が大きかったです。

(なぜ今まで2時間も出来ていたリハビリが40分しか出来なくなるのだ…)

と衝撃を受けたことを今でも覚えています。

結果としては入院料設立の意図や、対象患者や病床機能の在り方等の背景が存在することが分かり、そこで疑問に感じた診療報酬制度や医療政策を学び始めたことが今に繋がっています。

大病院やグループ病院ではなかったこともあり、診療/介護報酬の改定についても早いうちから関わり自由に意見が言えたのはとても大きかったです。

介護分野の配属の時にはデイサービス(通所介護)、デイケア(通所リハビリ)、訪問リハビリの立ち上げも経験させていだたくことができたのは、業務改善や経営改善についての土台となりました。

また、病院で紙カルテ→電子カルテの移行が経験できたのも大変良い経験であったと思います。


これらの二つのエピソードを経て

「医療/介護の持続可能性を高めるためには、現場の業務以外にも政策提言や経営改善の戦略が描ける人材がヘルスケア業界には必要である。」

と強く感じるようになったのです。


臨床の対人業務以外にもやりがいがあって、自分はそれが向いていると感じたこともあり、経営学を学ぶための大学院進学や大学の病院経営コースの履修をしました。

臨床現場→コンサルタントへの転身

大学院で経営学を学ぶ中で、現場での経験を活かした視点で、医療経営や病院管理の方法を持って医療を支えることをキャリアの方向性にすることを決意しました。その実現の手段として、行政とコンサルタントが浮かびました。

しかし、行政は当時就職する手段が非常に限られているのでコンサルタントを選んだ背景があります。(平成終盤時点の話であり、現在は間口について国も都道府県も大きく広がっています)

なお、職場で業務改善をする手段もありますし、当時の組織が好きではあったのですが、現場との兼任であり、専業でスキルを磨いていくことは法人の規模として難しかったため転職を考えました。

これは人の価値観によると思いますが、私は業務の10割を専門分野へと注ぐ時期を作って、その領域のプロとして専門性を磨きたかったのです。

大学院を卒業するタイミングで就活をして、コンサルティングファームへの転職が無事に出来ました。その会社を選んだ理由としては以下に魅力を感じたからです。

DPCデータの分析に特化した病院経営や市場分析に強みがあり、社内に約1,000病院のDPCデータを保有していること

ビッグデータという単語が非常に注目を浴びていた中、データ分析についての苦手意識があり、自分のスキルとして定量的な分析を身につけていきたいと考えていました。

コンサルタントの半分以上が医師/看護師/薬剤師/診療放射線技師等の医療系国家資格保有者であり、卒業生も活躍している。

医療従事者が多く、臨床現場からの転職の際の安心感があり、医療現場へのリスペクトがあるのを予測できました。

ファームからの卒業生についてもヘルスケア領域での起業、アカデミアの転身等の多くのOB/OGの活躍も伺え、データ分析のノウハウや育成力について再現性を感じたことも理由の一つです。

創業者達のキャラクターやメンバーを含めた柔軟な組織風土がある。

これが最も大きかったです。HPを見たり会社説明会だけでなく、OBに会ったり、学会講演に足を運び、出版物は目に止まる限り購入しました。

雰囲気が元は米国の企業ながらアットホームな雰囲気がとても良く、社員のモチベーションもスキルも高かったです。


採用後はコンサルタントとして、DPCデータ分析を精一杯学びました。

苦手分野であったので苦労をしましたが、そこで分析スキルを一定のラインまで身に付けながら、病院の収益改善や業務効率化の支援や、公立病院が作成する公立経営強化プランの策定に関わったり、社内のデータを活用した市場分析の業務をしました。

魅力に感じていた点は入社後にギャップが無く、事前の企業・業界分析が非常に活きた部分でした。様々な体験を通じて、DPCを含めた医療データ分析や病院経営や関連する医療政策についての解像度が上がりました。

業界内で一定のネームバリューがあるファームであったので、最新の知見ややりがいのある業務も多く、ハードな時期もありましたが今となってはいい思い出ばかりです。本当に良いファームであったと振り返って改めて感じています。

また、理学療法士は入職時点では自分だけでしたが、退職時には同じ資格の後輩”達”が出来ていたので職種に対しての評価は落とさなかったという事にしており、この点は内心安心しました(笑)

コンサルタント→行政への再転身

臨床現場→コンサルタントのキャリアの中で経験した紙カルテから電子カルテの移行での業務フロー変更や現場での効率化、DPCデータ分析による病院経営と地域の医療分析の経験により、医療情報、特にDPCデータの影響の大きさを実感しました。

DPCデータはデータ提出の対象となる病院で作られる構造化された医療データであり、急性期~回復期相当での病院の医療について悉皆性の高さから他院比較や実情の把握に優れています。

一方で、DPCデータ“以外の存在”も強く意識するようになりました。

院内の病院情報システムの関連データやレジストリにしか無いアウトカム等の情報も多くあるためです。しかし、こちらは標準化が進んでおらず、多施設での分析には課題があります。解析の際のデータ整備のコスト等も高いです。

これらの感覚を持っていたことから、データヘルス改革の流れを汲む国の医療DX関連の政策には注目をしていました。ある日、厚生労働省のホームページを見に行くと現在の業務の枠での求人があったため、公募に応募をして採用に至ったのが現在のキャリアまでの流れです。チャンスではあったものの、ファームの退職については本当に悩みました。

思い出の一枚

キャリアの印象深い写真

コンサル時代にクライアント病院の周囲環境や歴史を調査すべく早起きして現地入りし、近隣の環境を見たり、地域の歴史を知るべく博物館を回っていた時の写真です。
※有給休暇での自己研鑽のためレンタサイクル

そのキャリアにたどり着くために努力したこと

正直に言うと、自分の感覚としてはこれまで「大きな苦労をした」と感じるような経験があまりありません。

もちろん、大変だったことはありますが、精神面で病んだり、入院するような状況に陥ったこともなく、やや丈夫な心身に加えて、運や人に恵まれてここまで来られたと感じています。その前提で現在のキャリアまでに努力したポイントは以下です。

  • 知識と実績の不足を痛感し、30歳までにレベルアップを目標に設定

  • 経営視点の獲得と資格取得で専門性を強化

  • 実務経験と業務改善に積極的に取り組み、実践的スキルを向上

まず、“現場での経験を基に現場の運用改善や制度設計に携わる人材でありたい”と決めて、コンサルタントを目指すビジョンを20代中盤で固めましたが、その道には多くの課題があることはうっすらと理解をしていました。

知識も経験も足りない。特に、医療経営に対する理解や実績が不足していると強く感じ、これを克服するためにはどんな手段を取るべきかを真剣に考えました。

そこで、自分が30歳までにレベルアップすることを目標に定め、行動を開始しました。


まず取り組んだのが知識の強化です。理学療法士としての技術や知識に加えて、医療分野での経営の視点を身につける必要があると感じ、神戸大学が当時開設した病院経営コースに一期生として参加しました。

このコースでは、各病院の院長や事務長とともに講義を受ける機会があり、経営視点を身に付けることができました。ここでの指導教員との出会いは、キャリアの大きな転機となり、今でも交流が続いています。

並行して医療経営関連の書籍を次々に読み漁りました。コンサルティングファーム各社が登壇する学会の講演や主催のセミナーにも足を運び、業界の動向を把握しました。


ただ知識を得るだけでは履歴書に示す際に不十分だと感じ、資格取得も行っています。医療系の国家資格である公認心理師に加えて、診療情報管理士、医療経営士の資格を取得しました。

特に診療情報管理士の資格は、DPC/PDPS参加病院での勤務やデータ分析の経験がなかった私にとって、前述の第一希望であったコンサルティングファームへの転職時のアピールポイントを補うために戦略的な取得でした。


知識だけでなく、実務経験の幅を広げることも重要だと考えています。理学療法士として現場で働きながら、業務改善に積極的に関与し、職場の問題解決に貢献するように努めました。

さらに、それらの取り組みは学会発表や理学療法士の職能団体が主催する研修会の運営や講師も担当し、実績としてアウトプットをしていきました。

そして経営学で大学院に通い、修士論文では大学と病院のあった二次医療圏での医療機関の経営戦略の類型化をテーマに取り上げ、実際に地域医療と経営の課題の分析をまとめました。


臨床現場についても、病院機能がケアミックスであったので専門の疾患や分野というよりは、オールラウンドなリハビリテーションの現場やケアサイクルの把握こそが自分の強みとなると考えていました。


そのため、リハビリテーションの現場とコンサルに行った後のマネジメントに活かせる見識を広げるべく、常勤の職場以外にも非常勤で病院を1件、診療所を2件、介護老人保健施設を2件、大企業と地元の企業の有料老人ホームを2件、デイサービスを1件立ち上げ、といった形で現場に居た8年の間に様々な職場で働くことで組織風土の違い等も見てきました。

あと、これはもう趣味の話ですが臨床現場を転職してからも医療情報技師、医業経営コンサルタントやその他IPA(情報処理推進機構)のIT関連の国家資格関連等を取得しました。

他にも、大学の科目履修コースでは前述の神戸大学以外にも、大阪公立大学、岡山大学、千葉大学、横浜市立大学、東京科学大学で興味がある分野のリスキリングは行っています。博士課程も行きたいですね…。

そのキャリアを目指す人へのメッセージ

運には恵まれているとは思いつつも、振り返ると「あと数年早く動けたのではないのか?」とも今では考えています。

キャリアの転換を考えた時、動けなかった理由について考察をすることで”医療従事者 → 一般企業あるいは行政”を目指す皆さまの何かヒントになればと思い、以下にメッセージを整理します。

現場への愛着や積んできた専門性が生んだ葛藤

これは私の周囲の医療従事者から一般企業/行政へ転職する方を見ていても、大きな理由の一つと考えます。現場での業務に対する強い愛着があるのです。

私自身も理学療法士として、対象者の方と直接向き合い、様々なリハビリテーションの介入を通じて回復を支援する—この仕事には大きなやりがいを感じていました。だからこそ、「本当にこの仕事を離れてもいいのか?」という疑問が常につきまとっていたのです。

その一方で、現場の課題も痛感しており、個々の努力では解決できない制度の問題、慢性的な人手不足、働く環境の厳しさ etc…。自分自身ではハンドリングできないレイヤーの課題にアプローチするのには限界がありました。

「もっと広い視野で、医療全体に貢献できる道があるのではないか?」そう思いはじめたものの、それでも決断には時間がかかったのが実際です。

情報がないことへの不安

単純に情報がなかったことです。理学療法士のキャリアの延長にコンサルタントや行政職という選択肢があること自体、大学卒業直後の私には想像がつきませんでした。

また、周囲を見渡しても、現場から違うフィールドに進んだ人は当時は今よりも少なく、相談できる人も居ませんでした。

「本当に自分がこの道に進めるのか?」
「そもそも、どうやってその世界に入るのか?」

このような疑問や不安が頭をよぎり、なかなか本格的に動き出せずにいました。振り返ると、「もっと早く情報を集め、動き出せばよかった」と思います。

そしてこの点については医師/獣医師は言わずもがなですが、コメディカルにおいても旧帝大や医学部保有大学出身者と、私のようにその他の専門学校や病院附属の専門学校を大学化した養成校出身者で、同じ資格や同年代でも大きく差が生まれやすい部分であると個人的に考えています。

例えば前者であればゼミの先輩等が大学院進学率も高く、一般企業や国家公務員試験を通過して就職する方が一定数居る環境であり、卒後のキャリアのイメージが持ちやすいです。

そして、第二新卒の年代の転職でも履歴書が大手企業にも通るケースは少なくない印象があります。(ぜひ有名大学の看護やリハビリ系専攻の進路ページや、目標とする方の経歴等を検索してみてください)

逆に後者の場合は、それぞれの選択肢の前例が限られるのではないかと思います。数十社落ちや100社落ちも時折聞きます。

前職のコンサルティングファームもそうでしたが、交流会で同世代が集まっていても気付くと国公立や大学院卒が多い…ということは領域によっては決して珍しい話ではないのではないでしょうか。

もしキャリアに最短ルートがあるのならば

旧帝大へと進学し国家試験合格し何らかのライセンス取得→附属の大学病院に勤務→目標とする領域を見つけ大学院進学→修士あるいは博士取得で20代後半で希望の領域へ…。

というのが一つのベストと私は考えますが、そのようなことを言っても時間については戻らないですし、高校卒業までの学習歴はその方の努力や素養による到達点です。「もし自分が他の資格であれば…」等も同様の性質です。

もし私が

地元の進学校を出て~、旧帝大学出身のPTで~、卒後はすぐに附属の大学病院のレジデントに参加しつつ、公衆衛生系の修士と博士を取得して~、外資系ファームへ28歳でジョインし~…

となると嬉しいですし、優秀な後輩達を見ていて、時折、心の中で考えることがあるのですが、もはや原形を留めていません(笑)。

やはり、「気付いた時点で何をするか?」ではないでしょうか。


私は現場からのキャリアの経験を持って、各領域を横断したユニークな専門性を価値へと繋げて、今までの人生が肯定が出来るように努力していきたいと思います。(そして、県外の私立大学に入れてくれた両親達にも感謝をしています。)

また、学習について話を戻すと今の時代は通信制大学だけでなく通信制大学院も増え、職業訓練給付金等も申請が可能な学校も多いです。

進学をしなくても民間サービスでは、mMEDICIのような企業による、キャリアの力になる教育/情報提供も豊富なので非常に良い時代になっているな…と改めて感じています。

リスクを受け入れる勇気

キャリアチェンジには、当然ながらリスクが伴います。私は理学療法士からコンサルタントへ、さらに行政職へと移りましたが、その過程では、新たな環境への適応や専門知識の習得が必要でした。

慣れた環境から変わったのも理由にありますが、臨床時代より年収はアップしつつも働く時間が“相当に”増えているのが実際のところです。

特に夜勤の無いコメディカルは、臨床現場は業務の密度は高いですがシフト制の職場が多く、転職に伴い働く時間が増えるケースは少なくないと予測されます。

また、待遇についても未経験では医療/介護現場より収入が落ちる例も少なくないのが現実です。

公立/公的病院であれば30代中盤からは結構な昇給もありますし、世帯収入や地元での両親の補助等を踏まえて状況整理すると、本当にそのハードな選択をするのかを考える必要があるかもしれません。


「うまくいかなかったらどうしよう」
「今のキャリアを手放して、本当にやっていけるのか」

という悩みについては誰しもが多少なりとも抱くと思います。安易な転職をして履歴書のストーリーが説明しにくくなる方もいます。

医療職の一般企業や行政転職は、10-20年単位で見たキャリアラダーの経過がまだまだ測りかねる部分も多いのが実際です。優秀な同期や後輩達との競争もあるのでしょう。

それでも「挑戦したい!」と考えた方にお伝えしたいのは、完璧に準備が整うのを待っていたら、いつまでも一歩を踏み出せません。

ある程度は走りながら考える勇気を持つことや、一定の水準で覚悟をするのが、キャリアチェンジにおいては大切だと実感しています。勢いも必要です。

さいごに

もし、このキャリア解説を読んでくださったあなたが今の仕事にやりがいを感じながらも、

「このままでいいのか?」
「もっと広い視野で業界に貢献できるのでは?」

そんな思いを抱いているなら、ぜひ一度、立ち止まって自身の今までのキャリアの中での課題意識、やりがい、ご自身の強み等を考えていただきたいです。最後に決断をできるのはご自身だけです。

私自身、最初の一歩を踏み出すまでに時間がかかりました。しかし、あの時勇気を出さなければ、今の自分が無かったタイミングはいくつかあったと、今文字にしていて改めて感じます。


完璧な準備を待つのではなく、とにかく動き出してみる。その積み重ねが、やがて大きな変化につながります。

私のエピソードの中のどこか一部分でも、あなたの未来を変える最初の一歩の一助になると幸いです。

リハビリテーションの現場で使用される平行棒のように、何かのきっかけの支えになる記事になればと思い、ここにまとめさせていただきます。

ありがとうございました。

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