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【キャリア解説】日本人医師初の米国ライフスタイル医学認定プロ - vol.13

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【キャリア解説】日本人医師初の米国ライフスタイル医学認定プロ - vol.13

2025.03.27

私は現在、クロスアポイントメント制度を利用して日本とアメリカの病院で働いています。しかし、初めからこのポジションを目指していたわけではありません。

国内での研修、アメリカでの臨床留学、ホスピタリストとして働く中で経験したバーンアウト、そして後輩のメンタリングを通じた気づき——。さまざまな困難を乗り越えながら、自分の中の軸を大切にしてキャリアと向き合ってきました。

時には大いに迷うこともありましたが、今は自分の理念をもとにしたキャリアデザインができるようになりました。

これまでのキャリアを振り返りながら、私が大切にしてきた軸についてお伝えしていきたいと思います。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • アメリカのメンターに教わったキャリアを考える際に重要なたった一つの概念

  • キャリアを深掘らず広げるという選択肢

  • キャリアの足し算と掛け算を満たすクロスアポイントメントという働き方

この記事は誰に向けて書いているか

  • アメリカと日本のキャリアの両立を目指す方

  • ナンバーワンよりオンリーワンを志す方

  • やりたいことを一つに集中できない方

キャリアシリーズ

  • 新谷歩教授インタビュー

    - Part 1:アメリカに燃ゆる執念、人事を尽くし教育した医療統計がここに

    - Part 2:アメリカに燃ゆる執念、人事を尽くし教育した医療統計がここに

  • vol.8:ゆるふわセレンディピティと共に歩むふんわり仕事人生 - 40代意識低い系女医が夫と子ども3人連れてアメリカへ行ってみた

  • vol.10:アカデミアからグローバル製薬企業へ - 医師&研究者が語る海外キャリアチェンジの実情とヒント

  • vol.13:10年の臨床経験はナマクラに - そして米国日本人初のライフスタイル医学認定プロへ

  • vol.28:臨床検査技師からJICA海外協力隊へ - この文化が続いてほしいと願って

執筆者の紹介

氏名:KM
所属:アメリカと日本の病院勤務
自己紹介:総合内科専門医、米国内科専門医。日本人初となるアメリカライフスタイル医学・肥満医学専門医。後期研修医時代にアメリカ臨床留学後の医師に指導を受け、パラダイムシフトを経験。大学病院で基礎・臨床研究に従事したのち、アメリカに臨床留学。メンターから、ミッション・ビジョン・バリューで生きることの大切さを学ぶ。キャリアとワークライフバランスにもがきながら、アメリカで常勤医として残る道を選択。アメリカ内科レジデント選考委員、メンターシップ・リーダーシップ研修などを通して、日本から世界に羽ばたく人を応援するミッションを持つ。日本とアメリカで同時にホスピタリストとして勤務するクロスアポイントメントという新しい価値の提供を行なっている。

編集者

氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に対する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。

監修者

氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。

今のキャリアについて

大学病院出身の研修医がアメリカ臨床留学を目指すまで

私は地方の国立大学を卒業後、都内の大学病院で初期研修を行いました。そこで、アカデミアに残って研究者として働く先輩方の姿を見て、尊敬の念を抱くとともに、研究と臨床をバランスよく両立させることの難しさを実感することになります。

臨床が大好きでしたが、臨床能力に自信を持てなかったため、後期研修は臨床研修で有名な病院でお世話になることになりました。そこでは、アメリカで臨床トレーニングを積んだドクターの指導を受け、その考え方や視点に衝撃を受けました。

2000年代前半、日本ではようやく「EBM」という言葉が浸透し始めた時期でした。そのドクターからは、エビデンスを重視する姿勢を学び、世界の五大医学雑誌をくまなくチェックする重要性を教わりました。

また、臨床のゲームチェンジャーとなるエビデンスが発表された際には、それを日本の医療現場にどのように適用すべきかについて指導を受け、毎朝のカンファレンスでは、参加者全員が症例にあったエビデンスを調べながらディスカッションをしました。

はじめてEBMが机上の空論ではなく、実践というカタチで身についていくのを肌身で実感することができました。

また、初期研修・後期研修ともにアメリカ臨床留学を目指す人が多く、自然と留学に興味を持ちました。アメリカ人医師に英語でプレゼンする機会もあり、毎日がかなり刺激的でした。

一つ一つの症例をじっくりミクロな視点で診る大切さと、集まった症例をマクロな視点で俯瞰して共通性や相違点を考察するアナリティクスの両方を、バランスよく学ぶ機会に恵まれました。


しかし、アメリカ臨床留学を決意するには至らず、大学病院に帰室して呼吸器内科の臨床および研究のトレーニングを受けることに決めました。呼吸器内科を選んだのは、疾患のバラエティが広く、がんや感染症、アレルギー、自己免疫疾患、炎症性疾患など、内科のあらゆる知識を動員できる楽しさからでした。

大学病院では、基礎研究と臨床研究の両方を経験することができました。どんな研究でも、条件を整えてバイアスを排除する努力が必要ですが、基礎研究はより均質な系の設定が重要で、臨床研究は多様性を容認することが重要だと学びました。


このように、私の当初のキャリアは

  • アカデミアと臨床教育病院

  • ミクロ視点とマクロ視点

  • 基礎研究と臨床研究

という、対比の中で進んでいきました。


大学病院での呼吸器内科としてのトレーニングを修了後、関連病院に配属となりました。研究留学を目指しましたが、人事の諸事情と東日本大震災の影響が重なり無期限の保留となってしまいました。

しかし、配属された病院は感染症と臨床腫瘍に強く、また、アメリカで感染症のトレーニングを受けたドクターがいらっしゃったことから、アメリカの臨床に再び興味を持つようになります。

自分自身が幼少期に海外に住んだ経験があり、自分の子供にも同じ経験をさせるべく、一念発起して臨床留学を目指すことにしました。

最も影響を受けたメンターとの出会い

医師10年目でアメリカ医師国家試験(USMLE)の勉強を開始し、1年半でEducational Commission for Foreign Medical Graduates (ECFMG)という外国人がアメリカで医師となるための資格を取得しました。

アメリカで医師として仕事をするためには、まずはアメリカの医師国家資格を取得し、次にアメリカの専門医トレーニング課程、いわゆるレジデンシープログラムのポジションを確保する必要があります。レジデンシーは日本の初期研修医ではなく、あくまで専門医取得プログラムであり、日本では後期研修医にあたります。

レジデンシープログラムのポジションを確保するには、マッチングというシステムに応募する必要があります。応募に必要なのは医師国家試験(USMLE)、推薦状、自分のことを記したエッセイ(PS)、そして医学部時代の成績・評価(MSPE)などです。当時は情報も少なく、がむしゃらに応募書類を集め、なんとかよい推薦状を得るために方々を駆け回っておりました。

そんな折、医師11年目に、幸運にもアメリカテキサス州にあるMD Anderson Cancer Center(MDACC)での5週間の研修を受ける機会を得て、人生で最も影響を受けたメンターと出会うことになったのです。

MDACCでは、長年アメリカで一二を争うがん研究施設です。日米の医療の違いはもちろん、1000を超える臨床試験の運営の裏舞台、人種民族や文化の違い・多様性を活かすための工夫、リーダーシップなど様々なことを学びました。

濃密な5週間の研修の中で、今でもずっと大切にしている最も重要な教えは『Mission・Vision・Value(MVV)を掲げて生きること』でした。MVVに関する詳細は割愛しますが、1ヶ月以上、毎日何時間も話し合い、ブレインストーミングをして捻出しました。

その時はMVVの重要性についてはそこまで理解していなかったのですが、その後のキャリアを積んでいくうちに、腑に落ちることになります。

マッチング後に始まる挫折と成長

研修終了後、推薦状を獲得し、応募条件も満たし、晴れて第一志望の施設にマッチングしました。後期研修時代の親友が研修している病院で、アメリカの臨床を存分に味わい、スキルを磨くことができると勧められた場所です。

こうして人生で2度目の内科医としてのトレーニングを開始したのですが、アメリカの内科レジデンシープログラムは、思っていたよりもハードでした。

初日に言われたのは

”Presentation, Documentation, Communication”

という三つのキーワードでした。

フォーマルなフルプレゼンテーションは学んだことがありましたが、1分で要点を簡潔にまとめるショートプレゼンや、質問を絞ってコンサルタントにプレゼンする方法の使い分けができませんでした。

さらに、基本的なワークフローも知らなかったため、日本の感覚でカルテ書きを一日の業務の終わりにしていたところ、仕事の効率の悪さを指摘され、『仕事のできないやつ』というレッテルを貼られてしまいました。

アメリカでは、業務は早く終わらせる方が優秀と判断される。そんなカルチャーショックとともに3年間の研修がスタートしたのです。


また、日本とアメリカの診療文化の違いにも苦労をしました。

日本の内科診療では、入院は細かく丁寧に診て、外来は素早く数をこなすことが求められます。これは、在院日数が長いこと、外来のアクセスの良さ、そして医療費が安価であることなどが要因として考えられます。

一方、アメリカの入院診療は日本と比べて回転が速く、在院日数が短いことが特徴です。一般的な内科疾患は重症でない限り2~3日で退院します。また、保険の制約も厳しく、入院中は必要な検査のみを行い、その他は外来に回されます。

その反面、外来診療は診察時間が長く、1日あたりの患者数は少ないため、日本ほど頻繁に患者さんに外来に来てもらうことはできません。

このような違いから、日本での診療経験を活かすことができなかったのです。


追い討ちをかけるように、言葉の壁が立ちはだかります。アメリカ人のジョークがわからず何でもかんでも笑っていたら、「ジョークじゃないよ、質問しているんだけど、、、」と切り返されて、ひやひやすることもよくありました。

何よりも、指導医が何を期待しているのかが全くわからず、仕事をきちんと評価してもらえない、ストレスの多い毎日を過ごしました。日本で10年以上の臨床経験がある、という本来強みとして活かしたい武器が、ナマクラ同然だったのです。

それでも、3年間必死に食らいついていると、徐々にアメリカ人の評価基準が見えてきました。そして、研修最後の年に医学生が選ぶベストティーチャー賞を受賞したときは、まさに感無量でした。

どうやら、英語がうまく話せないことは謙虚な印象を、患者さんと少ない語彙で必死に話す姿勢は丁寧さとパッションを、そしてたまに話す聞き齧りの基礎研究のトピックは知識の深さを演出していたようです。

ホスピタリストへのジョブチェンジとバーンアウト

レジデンシーが想像以上にハードだったため、さらに3年間のフェローシップが必要な腫瘍内科へのパッションは薄れていました。しかし、呼吸器内科のキャリアはすでに中断されていますし、このまま日本に帰国すると、総合内科医にキャリアチェンジすることになります。そこで、アメリカになんとか臨床医として残る方法を考えました。

幸い、3年間の研修で尻上がりに評価が上がったこともあり、内科レジデンシーの中核の教育病院から「ホスピタリスト」という、入院診療のスペシャリストのポジションをオファーされました。

アメリカの内科医は、外来診療の業務量増加に伴い、1990年代後半から入院診療を切り分ける動きがあり、2010年頃には外来診療のスペシャリストをプライマリケア、入院診療のスペシャリストをホスピタリストとすることが一般的になっていました。

アメリカ全体でホスピタリストの需要が高まりつつあり、病院としてホスピタリストの確保が重要課題となっていた時代背景も追い風となり、当時の日本人臨床留学者としては珍しい、アメリカで常勤医として働くという選択肢をいただきました。


ホスピタリストになると、責任は大きくなるものの、自立した一人前のドクターとして自由度が高くなります。コンサルタントも優しく接してくれ、収入も研修医時代よりはるかに増えるためお金の心配も減ります。まさに肩の荷が下りるのを実感したのを覚えています。

そして、何よりもワークライフバランスです。ホスピタリストはシフト勤務で、基本的に1週間働いて、1週間休むというサイクルを繰り返します。もし少し長めの休暇が必要な場合でも、2週間連続して働けば、2週間休みを取れます。

このような自由度の高さから、現在ではホスピタリスト志望の内科医が爆発的に増え、アメリカで最も人気のあるポジションの一つになっています。

日本では主治医制という連続性の中で生きてきた自分とっては少し物足りなさと寂しさを感じつつ、家族と過ごす時間が増えたことから心に余裕が生まれるのを感じました。日本で医師をしていた頃からは想像もできない働き方で、「アメリカに来てよかった」と心の底から思えました。

しかし、人生はそんなにうまく続くことはありません。意外なところに落とし穴が待ち構えていたのです。


しっかりと休みが取れるとリフレッシュできると思われるかもしれませんが、仕事に対するやる気が起こらず、仕事が始まってもなかなか集中力が続かない状況が続くようになったのです。忙しい仕事の期間と完全オフを交互に繰り返したからか、仕事が嫌なわけでも、やりがいがないわけでもないのに、何となくやる気が起こらないのです。

渡米前からお世話になっている、日本人のかかりつけ医を訪ねると、検査で異常がないのを確認した上で、「軽いバーンアウトだね、きっと。研修が終わって、張りつめていた緊張が解けたのかもね」と、顔を見るなり言われました。

私はその一言を聞いて、はっとしました。
「ああ、自分では気づいていなかったけど、周りから見るといろいろ無理していたんだな、、、。」

その時から、

「自分の人生とは、キャリアとはなんだろう」

「何のために医師になったのだろう」

「医師として何を成し遂げたいのだろう」

と、自問自答をするようになりました。


ホスピタリストになりたくてなったわけではないため、軸が見つからず、自分の存在意義が分かりにくくなっていました。かつての同僚が、研究や臨床で業績を出していくのを横目に、「このままでいいのだろうか?」という焦りを感じ、自分だけ取り残されたような感覚に陥りました。まるで、地図を持たずに見知らぬ土地を彷徨っているような気分です。

この時期に期せずして、『Mission・Vision・Value(MVV)に生きること』という、渡米前の教えに回帰することになったのです。

なぜそのキャリアを選んだのか

『Mission・Vision・Value(MVV)に生きること』

きっかけは、自分の姿を見て、アメリカに臨床留学したいと本気で言ってくれる後輩を大学から紹介されたことでした。「大学の医局から名のある研究室に研究留学するという王道の選択肢を取らず、自力で臨床留学した変わり者がいるらしい」という、尖った部分を評価されたのです。

メンターとして自分のできる限りの知識とアドバイスを提供する行為は、自分の人生やキャリアを見直すきっかけにもなりました。自分の人生を俯瞰して斜め上から見下ろすと、それまで地図を持たずにウロウロしていると思っていた自分の主観とは違って、ある程度方向性と意味を見出せたのです。

”The best way to learn is to teach.”とはよく言ったもので、メンティーにMVVを教える過程で、自分自身のMVVが浮き彫りとなっていきました。


Valueとは、自分のキャリアの方向性を決めるベクトルの向きと言えます。私のValueは新規性、希少性、挑戦、冒険、貢献、成長であることがわかりました。すると、ホスピタリストを選んだことは、Valueに沿っていることが改めて実感できたのです。

「なぜ、ホスピタリストになったのか?」という疑問は、Valueの不一致ではなく、渡米前に紡ぎ出したMission・Visionの部分がアップデートされてないことであると判明しました。

Missionは地図の目的地、Visionはそこでの景色と言えます。私がその景色をはっきりとイメージできたのは、プチバーンアウトをきっかけにライフスタイル医学と出会ってからです。

ライフスタイル医学とは

世界中で蔓延する非感染性疾患(NCDs: Non-communicable Diseases)の主な原因が、日々の生活習慣、つまり「人々の選択」にあることに着目した学問です。

この分野では、エビデンスに基づいた行動指針を示し、持続的な行動変容によって生活習慣を最適化することが、NCDsの予防や根本的な治療につながると考えられています。

ライフスタイル医学では、生活習慣の是正を目的に「食事・運動・睡眠・ストレスマネジメント・嗜好品・社会的つながり」の6つをコア領域と定めており、それぞれについて、エビデンスに基づいた体系的な学びが可能です。

この考え方自体は1990年代から存在していましたが、医学会ではRCTで検証をされた治療学が中心となっており、予防の重要性は認識されていたものの、相対的に注目度は低かったのです。

しかし、私自身のプチバーンアウトの経験から、「病気」と診断される前の段階、つまり「未病」の状態にアプローチする必要性を強く実感していました。

その頃、必死に「エビデンスのある予防方法、健康法はないのか?」という疑問の答えを探す中で出会ったのがライフスタイル医学です。その名前のキャッチーさもさながら、ハーバード大学が主催するカンファレンスを受講したときに聞いた一言が印象的でした。

"Your DNA is not your destiny."

「自分の運命はDNAで規定されるのではなく、自分で決めることができる」というコンセプトです。私が学生時代、疾病発症は遺伝60%環境40%と教わりましたが、現在は遺伝20-30%環境70-80%と言われています。この環境こそが自分でデザインできる部分であり、生活習慣なのです。

ライフスタイル医学と出会い、実際に自分で実践してみることで、心身に活力がみなぎるのを実感しました。そして、その効果の大きさを知ることで、「このコンセプトを広めることこそが、自分のMissionに合致している」と確信するようになったのです。

幸いなことに、日本人初となるライフスタイル医学の認定プロフェッショナルの資格を取得することができました。そのご縁もあり、現在はアメリカの医学部でライフスタイル医学の教育に携わるようになっています。

クロスアポイントメントで日本とアメリカの橋渡しをする

行き当たりばったりで生きてきましたが、MVVを意識して行動すると、MVVに則った仕事が降ってくるものです。

現在、私はクロスアポイントメント制度を利用して日米両方の病院でホスピタリストとして働き、教育に携わるという貴重な経験しています。

クロスアポイントメントの核は、人やスキルなどのリソースの有効活用とシナジーです。

仮に、同じ業務を複数の国や施設で行ったとしても、視点や考え方、生じる問題はそれぞれ異なり、違った形で現れるものです。このような相違点を活かしながら、双方でPDCAサイクルを回し改善を重ねることで、一つの業務に対して複数の解決策やアプローチを共有でき、結果的に質の向上にもつながります。

例えば、アメリカで一般的なホスピタリストというポジションを日本に導入することを考えてみましょう。日本では、まだホスピタリストの明確なポジションが確立されていません。しかし、もしクロスアポイントメントを活用し、日本とアメリカの両方でポジションを持つ人がいれば、アメリカの経験をスピーディーに日本に導入することができます。

さらに、アメリカのキャリアを継続しながら、最新の知見を日本に還元することが可能です。逆に、日本の良い点をアメリカに取り入れることもできるため、両国で最新の状態を常にアップデートし合う関係が生まれるのです。

クロスアポイントメントで複数のポジションを同時進行できるようになると、どちらの国にもメリットがあります。自分自身のValueに沿ったこの新しい働き方を、今後もさらに進化させていきたいと思っています。

そのキャリアにたどり着くために努力したこと

私はその時々にできる限りのことをしました。中長期のゴールを決めて、そこから逆算して短期ゴールを設定する方法は自分には合わず、その時に与えられたチャンスを最大限活かすことしか考えてこなかったです。

結果として、一つのものを深掘りしたのではなく、散らばった点が線としてつながり、なんとなく形を成していった感覚があります。ナンバーワンではなく、オンリーワンになれる方法を模索していたと言えるかもしれません。

しかし、点と点を狙ってつなげることは、スティーブ・ジョブズのような天才でなければできないのかもしれません。私は計らずして点と点がつながりましたが、点同士がバラバラの状態はとても迷います。そこで大事なのが、Mission・Vision・Value(MVV)という自分の中の価値基準と方向性を認識することだと思います。

MVVは自分が迷わなくなるための地図と指針ですので、この機会にじっくりと考えてみてください。私は毎朝起床時に自分のMVVを心の中で確認して1日のスタートを切ります。そして、年に1回は、たっぷりと時間をかけてMVVを考え直し、アップデートしています。

そのキャリアを目指す人へのメッセージ

私は大学人事という、日本でよくみられる受動的なカタチでキャリアをスタートしました。そのキャリアの道から一歩外れてみたところ、ふらふらとやりたいことが見つからず、選択と集中が全くできない時期があり、大いに迷いました。

しかし今は、霧が晴れた後のように明確に、自分がやりたいこと・理念に根づいたキャリアデザインができるようになりました。


MVV を意識していると、不思議と同じ方向性のプロジェクトやポジションが舞い込んでくることがあります。

特に、クロスアポイントメントのような一見ハードルが高そうなポジションも、各ポジションの方向性が近いほど相乗効果を生みやすく、双方に貢献しながら、さらなる大きなプロジェクトへと発展させることが可能です。

MVVを軸に据えることで、どんな仕事でもやりがいや意味を見出せるようになります。さらに、さまざまな仕事に挑戦することで、「自分が本当にやりたい仕事を自ら選び、作り出していく」という能動的なキャリアデザインも可能になります。


この記事が、皆さんが能動的なキャリアを切り開いていくきっかけとなれば幸いです。

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    - Part 2:アメリカに燃ゆる執念、人事を尽くし教育した医療統計がここに

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