
MPH
【キャリア解説】非MPHホルダーの薬剤師 薬剤疫学に邁進す - vol.5
2025.01.24
讃えられざる(unsung)職種と言われることもある薬剤師ですが、この領域に関わるアカデミックキャリアを歩む人間が何を考えているのか。n=1の頭の中身を公開します。
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キャリアシリーズ
疫学、その熱狂と魂 - 佐々木敏名誉教授インタビュー
- Part 1:伝説の疫学講義はこうして生まれた
- Part 2:地に生きる者たちのための疫学、ヨーロッパから世界をまなざして
- Part 3:一つの学問が立ち上がり、波紋は広がる その稀有な現象を、栄養疫学という窓から垣間見たvol.2:産業医が書く実践と研究の往復書簡 - 資本主義の次なるモデルを目指して
vol.20:語られぬ現場を論文に綴る:”その人らしさ”を支援する精神科作業療法士の使命
vol.26:「見えない価値」から「見える価値」へ - 向き合い続ける臨床薬剤師の確かな一歩
執筆者の紹介
氏名:匿名希望
所属:大学勤務
自己紹介:薬剤師・博士(薬学)。薬学部を卒業後、主に医薬品情報業務を担当し、医療従事者向けの医薬品情報コンテンツの作成や患者や医療従事者からの医薬品に関する相談等に従事。医療現場における意思決定の際に必要なエビデンスを充実させたいという思いから、大学院へ進学。修了後、薬学部で大学教員として教育・研究に従事している。
編集者
氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に対する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。
監修者
氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。
今のキャリアについて
今のキャリアに至るまで
私は現在、大学の薬学部で教員として働いておりますが、薬学部卒業時の就職活動から今のキャリアを目指して一直線に進んできたというわけではありません。
手探りで進み、右往左往しており、まとまりがないからこそリアルな私のキャリアについて、現在に至るまでの過程を含め説明します。
医薬品情報の意義
私は大学卒業後、主に医薬品情報業務を担当しました。
そこでは、医療従事者向けの医薬品情報コンテンツの作成、患者や医療従事者からの医薬品に関する相談対応等の業務に従事をしました。
純粋な化学物質と医薬品の違いは?と聞かれた時、私は医療に関連する情報の有無が大きな違いだと考えています。
例えば、アセチルサリチル酸(C6H4(COOH)OCOCH3、医薬品としての一般名:アスピリン)は、低用量では抗血小板薬としての効果を、高用量では解熱鎮痛薬としての効果を発揮することを私たちは知っています。
だからこそ、医療の提供の一つの形として、体内には存在しない化学物質を医薬品として体外から取り入れるということが成立しています。
また、「くすりを反対から読むとリスク」というフレーズは、医薬品に関係する方々ならば、どこかで一度は聞いたことがあると思います。
当然ながら、有効性の情報だけでなく安全性の情報も医薬品を使用する際の判断根拠として重要な情報です。
そして、医薬品の効果によるベネフィットと副作用などのリスクのバランスを考慮して、ベネフィットが上回る場合に使用することが基本的な考え方となります。
更に深掘りをしていけば、医療現場で活用される医薬品情報には他にも多くのものがあります。
例えば、投与された医薬品がどのように吸収・分布・代謝・排泄されていくかという薬物動態に関する情報は、他の医療従事者と比べて薬剤師が得意とする部分だと思います。
また、誰しもが一度は服用したことがある錠剤にも各企業の製剤技術の粋が込められています。
それらの差異が類似する製品間での選択に影響することがあるかもしれません。
その他、市場に出されている製剤は錠剤しかないけれど、患者さんの状態によっては錠剤のまま投与することが出来ず敢えて錠剤を粉砕することもあります。
その場合には、粉砕後に医薬品の有効成分が分解されないかについての情報が投与可否における重要な判断根拠となります。
上記のように、医薬品情報を挙げだしたらきりがありません。
添付文書より更に詳細な情報が載っている情報源として、医薬品インタビューフォーム、審査報告書なども参照しますが、それぞれ100ページを超えていることも珍しくありません。
また、医薬品医療機器総合機構(PMDA)で公表されているこれらの資料の他にも、関連する書籍や文献、オンラインデータベースなどを参照します。
それだけ、世の中に流通する医薬品に付随する情報は沢山あります。
このように、世の中に存在する様々な医薬品情報を駆使するという業務にやりがいを感じ、医薬品情報業務に従事していました。
新しい情報を創出することへの興味
しかし、業務経験を重ねる中で、実際に医療現場で生じる疑問に既存の情報だけでは十分に答えられるとは限らず、そのことに対するもどかしさを感じるようになりました。
これは恐らく、医療職の皆様も感じたことのある葛藤ではないでしょうか。
多様な医薬品情報は、それぞれの分野で研究者らが様々なエビデンスの創出に勤しんでいます。
敢えて少しニッチな例を取り上げますが、車のダッシュボードに放置された医薬品が固まってしまったという出来事から、加熱時の影響を実験を通して評価するという研究報告もあります。
私も患者さんからの問い合わせで、医薬品を夏場に車内に放置してしまったんだけど…という問い合わせを受けた経験がしばしばあり、これも医療現場では非常に重要な情報の一つです。
日経DI. 松本康弘の「極める!小児の服薬指導」 クラリシッドDSは炎天下で固まって苦くなる (要会員登録, 2024/12/16閲覧) https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/di/column/matsumoto/201507/542894.html
松本 康弘,他.クラリシッドドライシロップ10%小児用の熱変性(第2報). 日本薬剤師会雑誌 2012;64:793-5.
このように新しい情報を得ようとするために色々なアプローチがある中で、私が特に興味を持ったのが薬剤疫学でした。
薬剤疫学はStrom教授により「人の集団における薬物の使用とその効果や影響を研究する学問」と定義されています。
日本薬剤疫学会. 薬剤疫学とは (2024/12/16閲覧)
https://www.jspe.jp/about/
同じ医薬品を服用して疾患の改善が見られる人がいれば見られない人もいて、副作用が見られる人もいれば見られない人もいます。
そんな中で、集団として医薬品の有効性や安全性を見ていくという考え方は私にとって強く惹かれるものでした。
手探りの研究活動と薬剤疫学との出会い
新しい情報を創出することへの興味を持った私は、母校の出身研究室に社会人大学院生として博士課程に進学していました。
後にもまた触れますが、進学先は公衆衛生大学院のようないわゆる「パブリックヘルスど真ん中」の大学院ではありません。
大学院進学を決めた理由は、職場には医療職として勤務する人間はごく少数で、研究活動に関する指導者がいなかったためです。
大学院での研究テーマは、ある程度自分で提案し決めることができました。
私は今までの医薬品情報業務で遭遇した疑問に対して、少しでも役に立つ研究ができないかという一心で研究テーマを考えていきました。
その際に、初めてデータベースを用いた研究に携わることになりました。
とはいえ、疫学に関する系統的な教育を受けたこともなく、右も左もわからない状況です。
兎に角、分からないことを調べて勉強しよう、学べる場があれば参加しようという思いで、がむしゃらにもがいていました。
そこで恩師と共に初めて参加した日本薬剤疫学会の学術総会が、私とパブリックヘルスとの関わりの大きなターニングポイントであったと思います。
薬剤疫学に関するテキストや関連するジャーナルに掲載された論文を読み込んだことや、恩師が紹介してくれた研究者との意見交換は、当時の私の研究を支える根幹となりました。
少し蛇足になりますが、今振り返ると、論文数の観点から言えば生産性の高い優秀な学生とは決して言えなかったと思います。
そんな私でも、博士論文に関わる論文執筆のみならず、大学院生でも応募できる助成金にトライしたり、商業誌の記事の執筆を経験する等の機会をいただくことができました。
こうした経験を大学院で経るべきかどうかは、各研究室の指導方針として色々な考え方があるかと思いますし、タイミングなどもあるかと思います。
私にとっては、今のキャリアにおいて血となり肉となる貴重な経験であったと感じています。
現在の業務
大学院を修了して博士号を取得した後、私はご縁あって大学のポストに移ることになりました。
大学での業務の大きなウェイトを占める部分は研究と教育で、その比率は職位や所属機関等に左右されると思います。
私の場合は教育関連の業務もある程度の割合を占めている印象を持っています。
その他にも、大学の運営に関する業務や学会等の委員会業務など、多岐にわたる業務がありますが、ここではそれらについては省略させていただきます。
研究活動については、研究テーマを大きく変えていないこともあり、ある意味では大学院でやってきたことと大きな変化はありません。
大きな違いといえば、研究活動には自分自身の研究と、学部学生と一緒に卒業研究として進める研究があります。
後者については、この後に述べる教育活動の一環という側面があります。
もちろん、教育活動も重要な業務と捉えて携わっています。
皆さんは、令和4年度に医学部・歯学部・薬学部の「モデル・コア・カリキュラム」が同時改訂となったことはご存じでしょうか。
その中では、医師・歯科医師・薬剤師にそれぞれ求められる基本的な資質・能力が原則共通化される形で列挙されています。
共通化された項目の中に「情報・科学技術を活かす能力」というものがあります。
文部科学省. 薬学教育モデル・コア・カリキュラム-令和4年度改訂版-(2024/12/16閲覧) https://www.mext.go.jp/content/20230227-mxtigaku-10000005801.pdf
薬学教育モデル・コア・カリキュラムの中を更に見ていくと、「医療、保健、介護、福祉におけるビッグデータの活用状況を把握し、データの特徴と留意点について理解を深め、特徴と留意点を踏まえた活用方法を立案する」などの学修目標が記載されています。
様々な医療情報が電子化されて利活用が進んでいくと考えられるこれからの時代に、これらの領域における一定の資質・能力を持った学生を輩出していくことは、教員として責任を持って取り組んでいかなくてはいけないことと感じています。
新モデル・コア・カリキュラムは令和6年度入学生から適用となるため、今は1年次での講義が始まったばかりの状況です。
私の担当となる講義が開講するまでに、自分自身も知識の充実や他学での準備状況の情報収集をする必要があります。
こうした薬学部教育の充実が、結果的に日本のパブリックヘルス人材の充実に寄与できると考えて、使命感を持って携わっていきたいと思います。
なぜそのキャリアを選んだのか
言葉を飾らずに言えば、キャリアを多くの選択肢の中から「選んだ」というよりは、ご縁があって今のキャリアに行きついたというのが正直な気持ちです。
それでもやはり今のキャリアに対する思いとしては色々あります。
医療を支える屋台骨の一つとして
医療資格を持っている方は、医療現場で働くかそれ以外の場所で働くかという選択を、大きな分かれ道と捉えているのではないでしょうか。
私は、医療現場で出会う患者さんの一人ひとりを直接救うことも、その医療現場の舞台裏から医療を支えることも、どちらも重要な業務であると心から思っています。
必要な情報を揃えてからじっくり考えて判断していきたい性分の私は、医療現場での患者や医療従事者の意思決定において必要と考えられる情報について、腰を据えて収集・評価・加工・提供をして医療を支えることが自分に合っていると思い、医薬品情報業務に携わっていました。
所属をアカデミアに移したことも、医療を支えるアプローチを変えただけだと捉えています。
研究については、これまで知られていなかった医薬品による有害事象の可能性を報告したり、逆に明らかな懸念は認めないことを報告することで、医療現場の役に立っていきたいと思っています。
もちろん、一つの論文で医療現場に大きな影響をもたらすという華々しい活躍は難しいと分かっています。
それでも医療を支える屋台骨のパーツの一つになるという思いで携わっています。
教育についても、自分が関わった学生が社会に輩出され、直接・間接を問わず医療に貢献することが、結果的に医療を支える一助になると考えています。
薬剤師だからこそできる関わり方を
薬剤疫学という領域において、私は薬剤師だからこそできる研究への貢献があると思っています。
分かりやすい例で言えば、医薬品という切り口から医療を見ているからこそのResearch Questionを提示したり、データセットを取り扱う際にその背景にある状況を想起できることがあります。
その他にも、オペレーショナルな部分で言えば、薬剤疫学研究の共変量には広範な領域の医薬品が関わってくることは珍しくありません。
幅広い医薬品の知識を持って適切な定義を設定できることは、実施する研究の質に大きく貢献できるはずです。
現時点では、薬学部に薬剤疫学に関係する研究室・講座が設置されていることは少ないです。
大家の先生方と比べると私はまだまだ修行中の身ではありますが、薬学部でもこの領域が更に隆盛していくことに役に立ちたいと思っています。
専門性だと胸を張って言えるようになりたい
私は疫学を医療現場の意思決定に密接に関連する重要な学問領域であり、かつ、専門的な知識を要するものだと考えています。
しかし、多くの場所で起こっていることと思いますが、大規模に集積されたデータベースの解析をしていると「他人の褌で相撲を取っており研究者として中身がない」というような誹りを受けることがあります。
私も例に漏れず、大学院在学中も現在でもそうしたお声をいただくことがありました。
前項で述べたこととも重複しますが、自分自身の研究も「一つの分野として確立しているものであると主張できるだけの存在感を示せるように頑張りたい」というのは現在のキャリアに至った要因の一つであり、現在のモチベーションになっています。
そのキャリアにたどり着くために努力したこと
今までのキャリアでも少し言及しましたが、私はいわゆる「パブリックヘルスど真ん中」のルートを通っておりません。
その分、疫学の基礎的な知識など、研究の土台となる部分は主体的に学ぶ場所や方法を探しました。
その点は人より少しだけ努力をしたと言えるかもしれません。
同時に、自分自身も王道を歩いてきた方々と全く同じ道を歩もうとすることが、必ずしも正解とは限らないということを意識するようにしました。
王道を歩いてきた方や自分より頭の良い方と同じ土俵でぶつかっていっても、勝ち目があるはずはありません(研究者同士はライバルではなく勝負事ではないのですが)。
だからこそ、患者からの問い合わせ対応の経験など、自分のキャリアで得たものでどんなことができるのかを考えました。
そして、自分だからこそと言える空白地帯を探して、それらを研究テーマやその他の業務として、自分の強みだと言えるように取り組んできました。
そうした思いから、共同研究、執筆、シンポジウムへの登壇などの仕事で「自分なりにできること」を踏まえて、貢献をしてきたことが様々な機会に恵まれた理由かもしれません。
そのキャリアを目指す人へのメッセージ
今回、本記事の執筆により自分のキャリアを当時の思いや考えと共に振り返る機会をいただきました。
絶対的な正解はないからこそ、自分自身でも執筆中には、もしあの時こうしていたら(what if)を考え、反実仮想のキャリアに思いを馳せたりもしました。
n=1 の経験談ですが、薬剤師や非MPHホルダーなどの属性が一致する方の参考になれば幸甚です。
私自身、今のキャリアで今後もやっていけるか自信を持っている訳ではなく、まだまだ模索中です。
キャリアの基礎となる疫学に関する知識やスキルは十分ではなく、常にアップデートしなければならないと思っています。
実際、今のアカデミア所属になってからの方が、疫学に関する講座を聴講する機会は増えました。
しかし、「独学であるため自分に何が欠けているのかがわからず不安」「業務の都合でまとまった学習時間を確保するのが大変」といった点で課題を感じていました。
ふとした時に見かけたmJOHNSNOWは正に探し求めていたコミュニティでした。
・体系的に基礎から学べる
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・共に学び、分からないことを質問し合い、切磋琢磨できる仲間がいる入会前は3点目についてはあまり意識していませんでしたが、多種多様なバックグラウンドを持つ方々が頑張っている姿を目にすると、自分も頑張らなければという気持ちが自然と湧いてきます。
本記事をお読みの方でフェローの方がいらっしゃいましたら、これからも是非とも共に学び、本コミュニティを盛り上げていけたらと思っております。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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