
【聖路加国際大学SPH】若き総合診療科専攻医、MBA取得を経てMPHへー「専攻医研修」と「大学院進学」の両立を実現するまで-vol.49
2026.05.23
本記事は、総合診療科の専攻医として臨床に励みながら、聖路加国際大学公衆衛生大学院(SPH)を受験し、進学することになった医師の体験記です。
学生時代から「いつかMPHで学びたい」という憧れを抱きつつも、実臨床との両立への不安やキャリアのタイミングの難しさから、何度もその選択肢を見送ってきました。
かつての自分と同じように、「どうやって臨床と両立すればいいのか」「いつ踏み出せばいいのか」と悩み、立ち止まっている方の背中を、少しでも押すことができればという思いで筆を執りました。
迷いながらもMPH進学という決断に至った一個人の事例として、お読みいただければ幸いです。
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- この記事のまとめ
- この記事を読むとわかること
- この記事は誰に向けて書いているか
- MPHシリーズ
- 執筆者の紹介
- 編集者
- 監修者
- MPHを受験しようと思ったきっかけ
- 「いつか」目指そうと思っていたMPH
- 医学部とMPHの距離が遠い構造上の問題
- 「いつか」が「今」に変わった瞬間
- 聖路加SPHを選ぶまでの五つの葛藤
- 選択肢1:「初期臨床研修医の時」に、海外SPHへ進学する(海外への憧れと葛藤)
- 選択肢2:「初期臨床研修医の時」に、国内MPHへ進学する
- 選択肢3:「初期臨床研修終了後」に、国内フルタイムMPHへ進学する
- 選択肢4:「初期臨床研修終了後」に、聖路加SPHに進学する
- 選択肢5:Master of Hospital & Health Administration(MHHA)に進学する
- 最終的な選択肢:専攻医研修と並行して、聖路加SPHへ進学する
- 受験対策でやったこと
- 試験概要
- 全体の戦略
- 公衆衛生学の英語の勉強
- 入試資料の作成
- 金銭マネジメント
- 受験期に大変だったこと:臨床とのバランスの葛藤
- 受験生に伝えたいメッセージ
- MPHの受験から、卒後のキャリア形成まで一気通貫のサポートならmJOHNSNOW!
- 【YouTubeラジオコンテンツ 耳から学ぶシリーズ】
この記事のまとめ
この記事を読むとわかること
若手MPH 進学の障壁となるポイント
MPHにどう踏み出すのか?
若手医師が臨床との両立からくる葛藤にどうするか?
この記事は誰に向けて書いているか
公衆衛生に興味があり、将来MPHに憧れを抱いている学生や若手医療従事者の方
MPH入学のタイミングを迷っている若手医療従事者の方
今まさにMPHへの受験を悩んでる方
MPHシリーズ
vol.47:【聖路加国際大学SPH】麻酔科医、米国留学を経てMPHへ―臨床疫学を学び直し、臨床研究の土台を築くまで
vol.37:【聖路加SPH受験】海外留学に活きたSPHでの学び:臨床を手放さずに挑み抜いた内科医の決断
vol.6:【聖路加SPH受験】基礎研究から製薬企業へ転身した薬学研究者のキャリアデザイン
執筆者の紹介
氏名:安藤新人
所属:愛知県内総合病院総合診療科専攻医 聖路加国際大学大学MPH(2025年入学)
自己紹介:京都府立医科大学病院を卒業後、現職場での臨床初期研修を開始すると同時に、Globis 経営大学院に進学した。経営学修士履修後1年間を同病院の救急外来マネジメントに携わる。医師4年目から総合診療科専攻医と聖路加国際大学MPHを開始。来年度は休職をして海外保健省および現地NPOでのインターンを計画中。
編集者
氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に関する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。
監修者
氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。
MPHを受験しようと思ったきっかけ
「いつか」目指そうと思っていたMPH
MPHを志望する人の中にも、それぞれの人生のストーリーがあると思います。
実臨床や日々の仕事の中で、臨床の限界を感じ、より根本的な視点からのアプローチに思いを馳せ、人生の転機としてMPHを志願する人、学生の頃から「いつかMPHに進学しよう」と長期的に目指す人もいます。私はどちらかというと後者でした。
実際、医学生の頃からMPHをいつか志望する人はマイノリティだと思います。医学部に入ったら医者を目指すというのが主流ですし、周りの学友のほとんどが臨床の道を進んでいく中で、異なる道を選択することは非常に勇気のいることでした。
一方で、学友や他大学の同世代の中には入学した時から、行政やビジネスの方面を志したり、授業を受ける過程で公衆衛生に興味を持つ人もいました。
類は友を呼ぶというのか、朱に交われば赤くなるというのか、私の周りにはMPHにいつか入りたい学生が多くいました。むしろ、そういう人達がいてくれたから、今の自分の進路選択があるのかもしれません。
そんな医学生として私達が悩んだのは次の点です。
「どうやってMPHに入学したらいいのか分からない」
「どうやって臨床とMPHを両立すればいいのか分からない」
「いつまで臨床をしてからMPHに入ったらいいのか分からない」
そして、その問いを尊敬しているMPH出身の先輩方にぶつけると、返ってくる答えは決まってこうでした。
「それは、自分が何をやりたいか次第だね」
「それがわかれば苦労しないな」と感じながらも、その言葉は本質的には正しいのだと思いました。実際、「Issueからはじめよ」のように、「何を問いとして立てるのか」が重要であるという考え方にも通じるのでしょう。
しかし、医学生は相対的には実臨床の経験も少ないし、広い公衆衛生の中でどの分野が本当にやりたいのかも分かりません。興味があるからこそ、何をやりたいかを見極めたいからこそ、MPHという選択を考えているのです。
そんな私にとってのMPHは結局、「いつか」になってしまっていました。この記事が、かつて医学生だった自分が悩んだ問いに同じように悩んでいる方の背中を、少しでも押すきっかけとなれば幸いです。
医学部とMPHの距離が遠い構造上の問題
ここで問題となるのが、多くの方が憧れを抱きながらも、「具体的にどう動けばいいのか」が見えにくいという点です。
これまでMPHを修めてきた先輩医師の方々は、限られたネットワークの中で情報を得て進学されていることが多く、そのプロセスは傍目にはまるで「一子相伝」のようにも見えました 。
それは、これまで経験してきた「整えられた枠組みの中で選択する」というキャリア構造とは、全く性質が異なるからなのだと思います 。例えば、高校や大学の志望校の選択、あるいは初期臨床研修のマッチングのように、決まった時期に一斉に動き、用意された選択肢の中から選んでいくという流れが、医師の道には標準的なステップとして備わっています 。
このような決められた範囲の選択肢と、周りと足並みを揃えたキャリアのステップの構造がMPHの受験にはないのです。
MPHの受験は隣の友達が一緒に受けるわけでもないし、書類を管理してくれる各大学の教務課や専門医機構の存在もありません。自分が動かなければ、いつまで経っても学び始める機会はやってこないのです。
「いつか」が「今」に変わった瞬間
きっかけは、実はそんな大したことはないのかもしれません。ほんのちょっとした日常会話から人生の転機は訪れたのでした。
私の場合、総合診療科の専攻医として、臨床に励もうと意気込んでいた時期の指導医との会話がきっかけでした。他の病院で行われる勉強会に指導医と一緒に参加するために、指導医の車の助手席で何気ない会話をしていた時です。
「いつか国際保健の世界に踏み出したくて、そのためにいつかMPHで勉強をしたいんだ」と指導医に話したところ、アクセルをベタ踏みしながら「じゃあ、挑戦してみよう」と言ってくれたのです。
その指導医は特段MPHに詳しいというわけでもありませんでした。けれども、指導医の同期が専攻医をしながらMPHにいっていたから前例もあるし、臨床面もしっかり指導するよと私の背中を押してくれたのでした。
「じゃあ、1年間くらい準備して来年受けようかな」と日和りましたが、「今年でいいんじゃない?」と勧められました。思えば、学生の頃から何度MPHに挑戦しようと悩んだことでしょうか。そんな長年の私の苦労を何も知らない指導医の言葉は、私の最初の一歩を踏み出すには十分すぎるほどに勇気をくれるものでした。
その時、年度内の聖路加SPHの願書の締切は1ヶ月を切っていました。
聖路加SPHを選ぶまでの五つの葛藤
聖路加SPH進学に至るまでには、海外SPHへの進学や、初期臨床研修とのタイミングの兼ね合いなど、数々の選択肢と葛藤がありました。
この葛藤のプロセスを振り返ることで、なぜ最終的に現在のMPHを選んだのかがお分かりいただけると思います。
選択肢1:「初期臨床研修医の時」に、海外SPHへ進学する(海外への憧れと葛藤)
まず、初期研修医の時に海外SPHに進学するプランがありました。医学部6年生の頃、コロナの真っただ中、新潟県のイノベーション枠という枠組みでは、かなり衝撃的なマッチング先である初期臨床研修プログラムが発表されました。
医学部の中でマイノリティながらも確かに存在するMPHやMBA留学への潜在的なニーズを、確かな形として創造した臨床研修プログラムでした。当時マッチング先探しの中で、その選択肢がひときわ輝いて見えたのは今も覚えています。
でも、コロナで臨床実習が乏しかった時期に、初期臨床研修と海外MPHを両立する自信が私にはなくて、当時医学部6年生だった私は、ほぼ無意識のうちに「今じゃない」と選択肢から外してしまっていました。
その後も海外SPHへの憧れはやはりありましたが、懸念点としては、現地での研修参加への障壁が大きかったです。「授業を受けるのであれば、現地で受けたい」と考えていましたが、現地での生活は資金的にも困難で、専攻医研修との両立も困難です。一番の理由は、「臨床を大事にしたい」と明確に決めたことだと思います。
「医師としての軸をずらしたくない」という思いと、キャリアのタイミングを鑑み、SPH進学のタイミングでの海外留学は後ろ髪をひかれながらも、断念することにしました。
選択肢2:「初期臨床研修医の時」に、国内MPHへ進学する
新潟県のイノベーション枠の例は有名ですが、国内では以前から初期臨床研修プログラムにMPHを組み込んでいる大学はいくつかあります。東京科学大学(当時の東京医科歯科大学)の初期研修プログラムはMPHコースがあり、私も研修先を決める試験を受験しました。
これに関しては、コロナの影響から見学にも行けておらず、詳細がわからないままに突っ込んでいってしまったあまり良くない志望の方法でした。何事も準備は大事だと今となっては反省の多いプランでした。
当然、当時の面接官からの印象もあまり良くなく、MPHというビッグワードにつられてやってきただけの考えの浅い若者に映っていたことでしょう。
ちなみに、当時はマッチングとMPHは別物で、まず初期研修医としてマッチングをして、その後MPH受験になる流れでした。結局、東京科学大学ではなく、現職場にマッチングを志望し、後述するMBAの修学に至ります。おそらく、私が第一志望にしていたとしても、研修プログラムに参加できていたかすら怪しかったでしょう。
選択肢3:「初期臨床研修終了後」に、国内フルタイムMPHへ進学する
研修医2年目の夏、国立大学SPHのオープンキャンパスに研修医同期3人で行ってきたことがあります。そのオープンキャンパスでは、まさに現実を突きつけられた1日でした。
臨床を続けながらSPHに通うことができるのか、「SPH卒業後に同じ研究仲間になるのか?」という問いをいただきました。医師としても、研究者としても、覚悟のなさを痛感したオープンキャンパスでした。
研究室の先生方はその研究に人生をかけていらっしゃる方々です。MPH卒業後に臨床に戻るかもしれない、つまり、自分たちの研究の力になってくれないかもしれない私に時間と労力を費やすほどの覚悟と熱意はありませんでした。
「それは君のやりたいこと次第かな」
学生の頃に何度も聞いた問いが反響するようです。臨床を生業として生きていきたいのか、公衆衛生を生業として生きていきたいのか、そんな自分の人生の方向すら決めかねている浅薄さがありありと自覚されました。
選択肢4:「初期臨床研修終了後」に、聖路加SPHに進学する
進学するタイミングとして、「初期研修終了後」に聖路加SPHに進学するという選択肢も検討していました。
その頃私は初期臨床研修プログラム終了後に進むはずの専攻医プログラムへの参加を1年間見送っている立場でしたので、医師3年目にあたる期間に、専攻医として研鑽を積む同年代と比べて時間的余裕があったからです。しかしながら、当時は聖路加SPHの授業料(2年間で300万円)に圧倒され、そのタイミングでは断念しました。
ただ、当時はお金を理由にしていたと思っていましたが、今になって振り返るとオープンキャンパスで得た「自分がやりたいこと」という問いに対して、私自身が持ち合わせる答えがこの時もまだなかったということなんだと思います。
選択肢5:Master of Hospital & Health Administration(MHHA)に進学する
初期研修終了後の他のプランとして藤田医科大学のMHHAという選択肢もありました。ちょうどMBAを修了した後で、医師3年目に病院経営に関わる機会をいただいていたこともあり、自分のこれからの専門を若手のうちから、病院経営に全振りをしていく戦略の一部でした。
もちろん、病院経営や現場マネジメントにはとても興味を惹かれることがあり、現在もMBAで培った視点を併せて臨床に向き合うことにはとてもワクワクしています。これまで、なんとなくMPHの世界に触れてみたいと考えていた頃よりも、より明確に自分の生きる指針と向き合った選択肢の検討でした。
それでも、この選択肢に踏み切らなかったのは、私の最終目標が病院経営ではなかったということなのでしょう。
補足:経営学修士(MBA) との違い
病院経営の話題に関連しますが、私はMBAを研修医の時に修了する選択をしました。通っていたのはGlobis経営大学院です。
MPHを志す医学生や若手医師のなかでMBAとMPHを秤にかける人も多くいるのではないでしょうか。それぞれに違いがあるので、比較するようなものではありませんが、いずれも医療の分野で活動をする上で役に立つだろうというのが両方を学んでいる私としての感想です。
Globis経営大学院では経営者や中間管理職、プロジェクトリーダーとして刻一刻と変わる世界に対してどんな意思決定を下していくのかを議論します。その議論のプロセスは、診断して治療方法を選択する臨床推論に通じるところもあります。また、病院での臨床をどうマネジメントしていくのかという観点でも医療者にとって選択肢の一つと思います。
この記事をここまで読んでくださるような方であれば、ぜひ選択肢の一つに入れてみてはいかがでしょうか?最終的な選択肢:専攻医研修と並行して、聖路加SPHへ進学する
これが現在の私の最終的な選択でした。きっかけは上で述べたとおりですが、面白いのは、医師3年目の時と、所属も、実臨床でやっていることも、経済面も、言語も大きく何かが変わったわけではないのです。
この時、変化があったとすれば、臨床医を自分の人生の指針として持ち続けたいと明確に決め、その上で、公衆衛生も学びたいと考えたこと。そして、話を聞いてくれて背中を押してくれる指導医がいた程度でした。
受験対策でやったこと
試験概要
筆記試験:小論文二つを制限時間内に記載する
面談:入試資料と小論文の内容について15分程英語で面談
全体の戦略
試験の戦略は短期決戦、かつ、自分の意見を英語で明確に伝えられることを重視しました。どこまでの専門性が求められる試験であるかは予想でしかなく、求められるレベルが自分の知識の範疇を越えるのであれば、それはもう致し方なしというある種の線引きもしておりました。
一方で、自分のバックグラウンドは医師ですが、全員が医師のバックグラウンドのはずがなく、さらには医療背景がないことだってあり得るだろうと考えた時に、標準的な知識は必要かもしれないが、より高度な専門性については問われないだろうと当時予想していました。
つまりは、標準的なレベルが求められる回答に自分の専門性をいかに押し付けるか、すなわちアウトプットするかが焦点になるだろうと考えたわけです。
公衆衛生学の英語の勉強
英語の勉強は「Best Teacher」というオンライン英会話とChatGPTを用いました。Best Teacherはオンラインでの英会話レッスンの前に、講師とチャットのやり取りを数回往復するライティング、チャット内容の添削およびリーディングがあります。
これにより英語の4技能を伸ばしていくという仕組みでした。チャットは並行して3列できるので、毎朝毎晩オンライン英会話に辿り着けるように、時間を決めてチャットの返信をしていました。
オンラインの英会話では一般的な面談の練習をひたすら繰り返しました。時には入社試験前の面接を想定してレッスンをしてもらったこともあります。ライティングをしたものを講師の添削に加えて、ChatGPT入力して、IELTSのスコアリングに統一して評価をしてもらうこともありました。
ChatGPTにお願いしたプロンプトは以下の通りです
MCQ(Multiple Choice Question) でHarvard MPHに出題されそうな問題をEpidemiologyの分野で10問作成してください。
A4サイズで1ページ程度の分量のShort Essay を読んで、批判的吟味をするMPH入試課題を作成してください。また、私の回答を入試の視点・IELTSの視点で評価をしてください。
MCQの入試課題は当時は想定していませんでしたが、求められるテーマの分布やレベル感を確認するために、毎日こなしていました。また、例ではHarvardとしていますが、ここは他の大学に置き換えてもいいと思います。聖路加SPHではMCQの過去問が公開されていないと伺っていたためです。
Short Essayについては、公衆衛生分野で好まれる表現、テーマのような知識的な面に加えて、英語での小論文の組み立て方をIELTSの形式で評価してもらいました。MCQであれば、正答率を可視化することができ、自分の実力の推移を実感することができますが、小論文だと難しいための工夫です。
また、時間制限を設けるなど、時間内に書き切るというのが定量的な指標となっていたと記憶しています。
入試資料の作成
入試に必要な資料準備も2ヶ月の急ピッチで進めました。入試に必要な書類は、
願書
推薦状
研究計画書
学歴証明書
でした。願書は必要事項を埋め、推薦状は職場や研究でお世話になっていた指導者に依頼できたので滞りなく準備をすることができました。ただ、願書は英語フォームであり、その点のみ困難に感じたことを記憶しています。
入試資料の作成で困ったのは、研究計画書でした。研究計画書といっても、前述のように研究手法がわからないため、今後研究を志したいという理由でMPHを志願するわけで、ポンと出てくるようなものではありません。
私の場合は、当院に総合診療科が導入されたことに対する準実験研究という形で提案をしましたが、抜け漏れは激しく、他院の研究に長けた先生に研究計画の実現可能性等を指南していただきました。
金銭マネジメント
金銭マネジメントにおいて、切り札的な手立ては何もありませんでした。目下の課題は、入学費と上半期分の授業料でした。
下半期以降の支払いは、専門実践教育訓練支援給付金の申請や、その後は生活費から定期的に現金預金を積み重ねるために働くか節約することで対応可能であったため、受験という切り口では、まず入学のためのお金を用意できるかどうかが課題でした。
特に、比較的社会人経験年数が少なく、貯蓄が少ない場合にはこの入学の時に必要なお金をどうするか。前述のように聖路加SPHの授業料は、(少なくとも私にとっては)一度それを理由に敬遠するほどに高かったです。それでも、受験を決めた以上、当面の学費の確保が必要でした。
ひとまずは、入学費と上半期分の授業料を併せて105万円(30万円の入学費 + 60万円の半期授業料 + 15万円の半期施設維持費)。普段使いの口座・資産運用口座にある余剰資金、さらには、投資でやってはいけない悪手と承知の上で、積立NISAから一時転用して入学費用を賄いました。
それでもギリギリで、銀行の現金残高はほぼ底をつきかけていました。
受験期に大変だったこと:臨床とのバランスの葛藤
受験期から現在に至るまで、大変であったことは自分の可処分時間における臨床と受験の配分からくる心理的葛藤でした。
研修医から専攻医にかけての時期は臨床を最も学ぶことが求められる時期です。医師のキャリアは短距離走ではなく、マラソンのように長期的に学び続けることに価値があるというのが私自身の見解ではありますが、一方で、教えてもらえる時間が限られているというのも事実です。
どんなに面倒見のよい指導医に師事したとしても、研修医から専攻医へと自分がキャリアアップするにつれて、基礎的なことを聞きにくくなります。
研修医の時にMBAを履修していた時から感じていたことですが、自分がMBAやMPHなどの直接臨床に関わらない分野の学びに時間を費やしている間に、自分の若手医師としての残された時間は間違いなく迫ってきているというのは時に焦りとなるものではありました。
世間を見れば、若手は臨床に集中するべきだとする意見もあるのかもしれません。幸い、それにより担当患者や普段の業務に支障が出ることはありませんでしたが、受験期直前に準備のために充てる時間は確実に臨床のための時間を圧迫します。
MPHへ志願するという自分の人生の選択に対して覚悟をしなければならないことなのだろうと思います。当時から今に至るまで、1日1日の習慣を日々改善し、どうすれば少しでも効率的に勉強することができるのか、勉強時間を確保することができるのかを毎日模索していました。
受験生に伝えたいメッセージ
この記事は、私と同じように学生や若手時期からMPHを志す人が悩むであろうことを中心に執筆しました。「いつか」挑戦しようというのは、大事ではありますが、その一歩を踏み出すのは自分自身であり、チャンスを探していれば、その「いつか」は想像していたよりも早く訪れるかもしれません。
自分自身が挑戦を続ける限り、そのタイミングとチャンスはいつか巡ってくるというのは、私の好きなクランボルツの「計画的偶発性理論」の一部です。大事なのは、その「いつか」が巡ってきたときに一歩を踏み出すことができる自分であることなんだと思います。
踏み出した先に何があるのかは誰にもわかりませんが、MPHへ踏み出した私の現在は、1年前に想像した自分とは全く違う人生を歩んでいます。
MPHに挑戦したという選択そのものが自分の自信となり、これからの活動をさらに加速します。さらに、SPHの中での出会いの多くが、よりたくさんの素敵な道を照らしてくれています。
臨床以外に時間を費やす若手に対して、批判的な声も多くあります。臨床に割ける時間が少なくなるのは事実です。それでも、もし、周りに挑戦したい仲間がいるのであれば、できれば、それを批判するのではなく、どうしたら両立できるかを一緒に考えてほしいと願っています。
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