
【熱狂せよ、パブリックヘルス】科学と感情のあいだで - 誤情報と偏見を越えるために- vol.5
2026.03.28
「科学的知見を伝える努力と同時に、人の感情や背景を理解しようとする姿勢が必要だ――。」
その現実を痛感したのは、妊娠中に新型コロナワクチンを接種し自らの言葉で情報発信を始めた時でした。妊娠中に接種したことが「子どもへの虐待」であると非難され、多くの共感を生む一方で、激しい批判や誹謗中傷も呼び起こしました。
勤務先に匿名の抗議メール、刃物が郵送、胎児の偽の死亡診断書まで作成されたこともあります。
その背景には、人の感情、無意識のバイアス、そして社会に根付く構造的な問題が存在していました。
児童精神科医の内田舞氏が、女性として、母として、児童精神科医としての経験と脳科学・公衆衛生の視点から、「感情を見つめることの臨床的意味」や「無意識のバイアスとジェンダー」、そして「科学と公正を支える社会に向けて」をお伝えします。
熱狂せよ、パブリックヘルス
本シリーズは、パブリックヘルスの領域で活躍するプロフェッショナルが初学者に向けて自らの専門性を語る自伝シリーズです。その専門性に出会った原点や、挫折の先に見つけた希望、そして今も燃やし続けている信念について、熱量を込めて語り尽くします。
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この記事のまとめ
この記事を読むと分かること
「感情」と「論理」を切り離さない脳科学的アプローチ
専門性を曇らせる「無意識のバイアス」への気づき
科学と公正を支える社会の実現のために出来うること
この記事は誰に向けて書いているか
子育てや医療の選択において、周囲の目や「正解のない問い」に不安を感じている方
社会に潜む「無意識のバイアス」やジェンダーによる生きづらさを感じている方
科学的な事実を正しく伝えたいと考えている医療職・研究者の方
熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ
vol.1:RWDのおかげで親に仕送りできるようになりました(mMEDICI株式会社/廣瀬直紀)
vol.2:女性の健康における社会課題へ挑み続ける(産婦人科専門医/重見大介)
vol.3:医療や看護の価値をデータで語れるように(東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 看護管理学/森田光治良)
vol.4:全ての人を笑顔にするために - 医師が発信すべき理由、私の挑戦(京都大学消化管外科/山本健人)
vol.5:科学と感情のあいだで - 誤情報と偏見を越えるために(ハーバード大学医学部准教授・マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長/小児精神科医/内田舞)(本記事)
執筆者の紹介
氏名:内田 舞
所属:ハーバード大学医学部准教授・マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長/小児精神科医
専門性:2007年北海道大学医学部卒、2011年イェール大学精神科研修終了。2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修終了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。趣味は絵画、裁縫、料理、フィギュアスケート。ジェンダー平等、子供の心や脳の科学、また一般の科学リテラシー向上に向けて、三男妊娠中に新型コロナワクチンを接種した経験などを発信。
著書:
・ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る
・REAPPRAISAL(リアプレイザル) 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法
・まいにちメンタル危機の処方箋
・うつを生きる 精神科医と患者の対話


2021年の年明け、私は妊娠中としては世界でも早い時期に、新型コロナウイルスのmRNAワクチンを接種しました。
接種を決めるまでには、感染した場合のリスクとワクチンの安全性について、利用可能な科学的データを丁寧に検討しました。臨床医として、そして母として考えた時、その結論は非常に明確でした。
自分自身の健康のため、胎内にいた三男のため、家族のため、患者さんのため、そして地域社会のために接種することを選びました。
接種後、私はマサチューセッツ総合病院のアウトリーチ活動の一環として、妊娠とワクチンに関する科学的知見や自身の体験を発信し始めました。科学的情報が十分に届いていない状況の中で、人々が自分自身で判断できる材料を届けたいと考えたからです。
この発信が日本で広く拡散されたことが、私の人生を大きく変える出来事となりました。
情報発信の反響は多くは前向きなものでしたが、一方で激しい誹謗中傷にもさらされました。
妊娠中に接種したことは「子どもへの虐待」であると非難され、勤務先に匿名の抗議メールが送られてくることや、刃物が郵送されることもありました。胎児の偽の死亡診断書まで作成されたこともあります。
やがて批判はワクチンという医学的論点を超え、外見や話し方、そして「女性であること」そのものに向けられていきました。
この経験は、私に三つの重要な問いを突きつけました。
第一に、誤情報がいかに人々の健康行動に影響を与えるかという問題です。
第二に、親が難しい医療判断を行う過程を社会がどれほど支えられているかという問題です。
第三に、無意識のバイアスが健康や社会的公正に与える影響です。
1.子どもの精神医療と偏見の歴史
私は児童精神科医として日々臨床に携わっています。
この分野は、長い間、誤情報や偏見に晒されてきた歴史があります。
かつて自閉スペクトラム症や統合失調症の原因として、「冷たい母親」が子どもの発達を歪めるという仮説が広く信じられていました。現在では科学的に否定されているにもかかわらず、その影響は完全には消えていません。今でも、子どもが精神的な困難を抱えると、「育て方が悪かったのではないか」と親が責められる場面を、私は臨床で何度も目にします。
また、小児期のうつ病や双極症、注意欠如・多動症(ADHD)などの精神疾患は、遺伝子、脳機能や神経発達が関与する複雑な医学的状態です。環境や体験も影響することもありますが単純に養育だけで説明できるものではありません。
同時に、治療や支援の過程も非常に複雑です。薬物療法や心理療法、学校や家庭環境の調整など、様々な支援方法があります。しかし、どの支援がその子どもに最も合うかは、実際に試行錯誤しながら慎重に見極めていく必要があります。
臨床の現場では、いわば「正解の地図」が存在しない中で、一つひとつ選択を重ねていく過程となります。
その過程において、親は常に子どものために最善を尽くそうとしています。しかし、多くの場合、明確な答えや保証がない状況で、難しい決断を迫られ続けます。
外から見える親子のやり取りは、その長い思考や葛藤、経験のほんの一場面にすぎません。その瞬間だけを切り取って親を評価したり責めたりすることは、その家族が歩んできた背景や努力を見落としてしまう危険があります。
私は臨床医として、「子どものために懸命に向き合っている親を、誰もが安易に裁くことはできない」と強く感じています。
さらに深刻なのは、こうした非難や偏見が、支援を必要としている家族を医療や支援へのアクセスから遠ざけてしまうことです。批判されるのではないかという恐れは、相談や受診を遅らせ、その結果として子どもの発達や人生に長期的な影響を及ぼす可能性があります。
医学の世界では科学的根拠が蓄積されています。しかし、それが社会に正しく届かなければ、科学は現実の支援には結びつきません。誤情報や偏見は、医療へのアクセスそのものを阻む見えない壁となるのです。
2.感情を見つめることの臨床的意味
臨床医として強く感じるのは、誤情報や偏見の背後には、多くの場合「感情」が存在するということです。
ワクチンへの不安の背景には、「子どもを守りたい」という強い恐れがあります。精神疾患の診断を受け入れにくい背景には、「我が子が苦しんでいる」という現実への痛みがあります。あるいは、ジェンダー平等や性的マイノリティの権利の主張などへの攻撃の背後には、役割の変化に対する不安や喪失感が潜んでいることもあります。
感情そのものは決して悪いものではありません。むしろ感情は、人間が大切なものを守ろうとするために備わった、生存にとって極めて重要な仕組みです。
脳科学の研究では、恐怖や不安などの強い感情が生じた時、扁桃体を中心とした情動に関わる脳のネットワークが活性化することが知られています。これは進化の過程で、人間が危険から素早く身を守るために発達した反応です。
一方で、計画的に考えたり複雑な情報を評価したりする働きを担う前頭前野などの認知制御に関わる領域は、強い情動が生じる状況では活動が低下しやすいことも示されています。つまり、人は強い恐怖や不安を感じている時ほど、短期的な安全を優先し、論理的に情報を整理したり、新しい視点を取り入れたりすることが難しくなる傾向があります。
さらに、人が強いストレスや不安を感じている時には、いわば「自動操縦」のような状態に入りやすくなります。この状態では、新しい情報を慎重に検討するよりも、これまで慣れ親しんできた考え方や行動パターンに頼る傾向が強くなります。
私たちの思考様式や価値観は、日常生活の中で見聞きし、経験してきたことの積み重ねによって形成されます。その繰り返しの中で、特定の考え方や反応パターンが脳内でネットワークとして強化され、やがて無意識のバイアスとして定着していきます。
そして、そのように習慣化された認知や行動が活性化している時には、改めて立ち止まって考える認知制御の働きが弱まりやすくなります。このような脳の働きを理解すると、誤情報や偏見が単なる知識不足だけで生まれるものではないことが見えてきます。
人が恐れや不安を抱えている時、私たちは必ずしも合理的に判断できる状態にあるとは限らないのです。
精神医療の現場では、自分が何を恐れているのか、何に怒りを感じているのかを言葉にすることが、回復の第一歩となります。感情を否定するのではなく、まず気づき、受け止め、丁寧に見つめ直すことが、思考を柔軟にし、新しい理解を受け入れる力を取り戻すことにつながります。
公衆衛生の議論においても同様で、科学と感情は対立するものではありません。むしろ、感情を理解し言語化することが、科学的情報を受け入れる土台になると私は考えています。
日本社会では、感情を抑え、周囲との調和を優先する姿勢が美徳とされてきました。この文化には、人間関係を円滑にし、社会の安定を保つという大きな価値があります。
一方で、感情を表現することが抑制されやすい環境では、自分の内面の不安や怒りに気づきにくくなるという側面もあります。感情が言葉にされないまま蓄積すると、それが偏見や攻撃として表出する危険性もあります。
だからこそ、私たちは自分自身の感情に対して正直であることを許す必要があります。恐れや不安を抱くことは決して弱さではありません。それらを認識し、受け止め、丁寧に考え直すことが、感情に突き動かされるのではなく、意図的に思考する力を取り戻すことにつながります。
感情を大切に扱うことは、科学的思考と対立するものではなく、むしろそれを支える基盤なのです。
3.無意識のバイアスとジェンダー
私がワクチン発信を行う中で、特に強く感じたのはジェンダーに関する無意識のバイアスの存在でした。
日本では、国際的なジェンダーギャップ指数の順位が長年低く、政治・経済・教育分野などで女性の参画が相対的に少ないことが指摘されています。また、家庭内の役割や社会的期待も依然として男女で大きく異なる傾向が続いています。
私が北海道大学医学部を卒業した当時、女性は1学年の約15%しかいませんでした。また、後に複数の医学部で女性受験者の点数が意図的に下げられていたという事実も明らかになりました。これは、「女性は出産や育児を経た後に十分に働けない」という前提に基づいた差別的な評価が、教育制度の中にも深く浸透していたことを示しています。
私が日本のメディアに登場し、妊娠中にワクチンを接種した女性医師として情報発信をした際、多くの批判は「母親らしさ」や「女性らしさ」といった性役割に関する価値観に基づいていました。
そこには、「女性とは...」といった社会的な期待の型や無言の前提があり、そこから外れる女性に対して不当な評価や攻撃が向けられるという構造がありました。
具体的な例としては、ワクチン接種後の写真に対して性的なコメントが寄せられたり、科学者・医師としての専門性ではなく、容姿や性別を基に価値を判断するような反応が少なくありませんでした。
これらは単なる悪意ではなく、性別役割の固定観念に根ざしたミソジニー(女性蔑視)の一形態であると感じました(BuzzFeedで私が日頃から感じた「女性の生きづらさ」について述べた際にも、同様の反応が見られました)。
こうした偏見は決して女性だけの問題ではありません。社会が無意識に作り出す役割の固定化は、男性に対しても「弱さを見せてはいけない」「家族を支える柱であるべきだ」という静かな労働と感情の圧力をかけています。これらの性役割観は、男性の精神衛生や自殺率の高さといった問題にも関係しているとする社会心理学的な議論もあります。
つまり、性役割の固定化は、すべての人の健康と幸福に影響を与える現実的な社会的ストレスです。
このような社会的背景があると、たとえ科学的に正確で有益な情報を発信しても、評価が性別やステレオタイプに基づく判断に引きずられてしまうことがあります。
科学的事実と社会的認知がずれる時、特にジェンダーのレンズを通した評価は、専門性のある発言者が正当に評価されることを妨げます。
私はこの経験から、科学的コミュニケーションだけでなく、社会構造に潜む無意識のバイアスそのものに目を向ける必要性を改めて強く感じました。
そして、性別に限らず、誰もがありのままで尊重され、専門性や貢献が公平に評価される社会を目指すことこそが、公衆衛生や医学の発展の基盤になるのだと確信しています。
4.科学的データから見る新型コロナワクチンの健康効果
新型コロナワクチンについては、日本では現在でも慎重な意見や不安の声が残っています。しかし、公衆衛生学的データを総合すると、ワクチン接種が個人および社会に与えた健康上の利益は明確に示されています。
まず、重症化および死亡の予防効果についてです。世界各国で実施された大規模疫学研究では、mRNAワクチン接種により、新型コロナ感染後の入院リスクおよび死亡リスクが大幅に低下することが一貫して報告されています。
例えば、米国疾病対策センター(CDC)や英国保健安全保障庁(UKHSA)の解析では、ワクチン接種者は未接種者と比較して重症化リスクが数分の一に低減することが示されています。日本国内の解析でも、高齢者層を中心に、接種率の上昇に伴って重症患者数および死亡数が明らかに減少したことが報告されています。
さらに、ワクチンは医療体制の維持にも重要な役割を果たしました。パンデミック初期には、感染拡大に伴い医療提供体制が逼迫し、救急医療や慢性疾患の診療にも影響が及びました。接種の普及により重症患者数が抑制されたことで、医療資源の崩壊を防ぎ、通常医療を継続する基盤が保たれたと考えられています。
このように感染症対策は個人の健康のみならず、社会機能の維持という観点からも極めて重要です。
安全性についても、世界規模で非常に多くのデータが蓄積されています。新型コロナワクチンはこれまでに数十億回以上接種されており、各国の薬剤監視システムによって副反応の解析が継続されています。アナフィラキシーや心筋炎などの副反応は報告されていますが、発生頻度は稀であり、多くの場合は軽快することが確認されています。
一方、新型コロナ感染そのものは、心血管合併症、血栓症、長期後遺症(いわゆるLong COVID)など多様な健康被害と関連することが明らかになっています。複数の国際研究において、これらの健康被害の総合的リスクを比較すると、ワクチン接種による利益がリスクを上回るという結果が示されています。
妊娠中の接種についても、重要な科学的知見が蓄積されています。米国、イスラエル、北欧諸国などで実施された大規模コホート研究では、妊娠中のワクチン接種が流産、早産、胎児発育不全などのリスクを増加させないことが報告されています。また、妊婦が感染した場合には重症化リスクが高まることが知られており、ワクチン接種は母体の健康のみならず、新生児への抗体移行による感染防御にも寄与する可能性が示唆されています。
日本においては、2021年初頭の当時はワクチン接種を希望すると回答した人は一割未満でしたが、その後接種が進み同年末には国民の大多数が接種を受けました。この期間において、感染拡大が繰り返される中でも、接種率が高い年齢層では重症化率および死亡率の低下が観察されました。これらの結果は、日本が比較的早期に社会活動を再開できた背景の一つとして評価されています。
私は臨床医として、医療に「絶対に安全」あるいは「絶対に危険」という単純な選択は存在しないと考えています。すべての医療行為は利益とリスクのバランスの上に成り立っています。そのため重要なのは、科学的根拠に基づいた情報が透明性をもって共有され、それぞれの人が納得して意思決定できる環境を整えることです。
現在得られている科学的知見から見ると、新型コロナワクチンは多くの命と社会機能を守るために重要な役割を果たした公衆衛生対策であったと考えられます。
そして今後の感染症対策においても、科学的データに基づく冷静な議論を継続していくことが不可欠であると私は感じています。
5.分断を越えるという臨床的姿勢
当初、私はワクチンを巡る議論を「賛成」と「反対」という対立構造として捉えていました。しかし、多くの対話を通じて気づいたのは、双方に共通していた願いでした。それは「自分と大切な人の健康を守りたい」という思いです。
精神医療の現場では、人は白か黒かで語れる存在ではありません。人の考えや価値観には連続性があり、揺れ動くものです。社会的対立も同様で、完全に分断された二つの集団が存在するわけではありません。
近年、特に米国社会においては、政治的対立が深まり、「勝者がすべてを決める」という雰囲気が強まっていると感じる場面があります。選挙結果が僅差であっても、勝利した側が政策や価値観を全面的に推し進め、反対側の意見が十分に尊重されない状況が生まれることがあります。さらに、異なる立場から懸念や批判が示された際に、それが対話ではなく対立として受け止められてしまう場面も見られます。
しかし現実には、どのような選挙結果であっても、社会を構成するのは同じ人々です。ある立場が「勝つ」ことが、もう一方の人々の存在や価値を否定することにはなりません。
公衆衛生や医療の現場では、この事実は極めて重要です。なぜなら、医療は特定の立場の人だけではなく、全ての人の健康を守る営みだからです。
「分断を越えるとは、相手の考えを打ち負かすことでも、相手を自分と同じ意見に変えることでもない」と私は考えています。
むしろ重要なのは、異なる立場の背景にある感情や経験を理解しようとする姿勢を持ち続けることです。互いの不安や価値観を丁寧に言葉にしながら対話を重ねることが、社会における信頼関係を育て、結果として人々の健康と安全を支える基盤になると私は感じています。
6.科学と公正を支える社会へ
科学の発展は、社会を前に進めるために欠かすことのできない基盤です。しかし、科学だけでは社会は動きません。
人が意思決定を行う時、そこには必ず感情や経験そして無意識の思い込みが関わっています。だからこそ、公衆衛生を守るためには科学的知見を伝える努力と同時に、人の感情や背景を理解しようとする姿勢が必要だと私は考えています。
私たちは皆、恐れや不安を抱える存在です。恐れを感じることは、人間として自然であり、弱さではありません。大切なのは、その感情に気づき、受け止め、問い直す勇気を持つことです。その過程の中で、私たちはより柔軟に考え、異なる価値観を持つ人とも対話できるようになります。
医療の現場では、誰かを責めることは回復につながりません。支援とは、人が安心して自分の恐れや葛藤を語れる環境をつくることから始まります。社会においても同様に、互いを批判し合うのではなく、なぜその考えに至ったのかを理解しようとする姿勢が、分断を越える第一歩になるのではないでしょうか。
私が臨床医として日々感じているのは、「健康とは単に病気がない状態ではなく、人が尊重され、安心して選択できる社会の中で育まれるものだ」ということです。その社会を支えるためには、科学と公正の両方が必要です。そしてそれらを結びつけるのが、人と人との対話と共感なのだと思います。
私たちはそれぞれ異なる経験や価値観を持っています。しかし、誰もが大切な人を守りたいと願い、安心して生きたいと望んでいます。その共通の願いを見失わない限り、社会は必ずより良い方向へ進むことができると私は信じています。
科学を信じること。
感情を大切にすること。
そして互いを理解しようとすること。
その積み重ねが、次の世代がより安心して生きられる社会をつくるのだと私は願っています。
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