
50歳代。蛋白尿が多く、血圧や体重にも改善の余地がある患者さん。将来の腎機能を守るために、今のうちに治療を強めたい場面です。
一方、80歳代。eGFRは上の患者さんと同じくらいでも、フレイルや立ちくらみが目立つ患者さん。この方で優先したいのは、転倒や脱水を避けて、今の生活を保つことでしょう。
どちらも同じCKDです。それでも、同じ治療を行うわけではありません。どの治療がベストかは、病名だけでなく患者背景によっても変わります。
CKD外来には、教科書に確認項目として載っているものがたくさんあります。血圧、尿蛋白、K、貧血、代謝性アシドーシス、CKD-MBDなど。項目を1つずつ追いかける前に、「この治療は何のためか」を2つのゴールに整理してみましょう。
なお、ここでの「ゴール」は「終点」という意味ではなく、「目標・目的」という意味で使っています。
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CKD診療を整理する2つのゴール
腎機能低下を緩める治療と、進行に伴う問題へ先回りする管理の違い
患者背景に応じて診療の重心を変える考え方
CKDで確認すべき項目が多く、診療の全体像が分かりにくいと感じている方
eGFRを確認すること以外に、CKD外来で何をすべきか分からない方
若年者と高齢者に同じ目標を当てはめてよいのか迷っている方
vol.1:「無症状だから次回でよいか」が危ない? 非専門医にCKD診療が求められる理由
vol.2:50代と80代は同じ「目標値」を追うべきか? 患者背景で変わる診療のゴール(本記事)
氏名:齋木 良介
所属:三重大学医学部附属病院 血液浄化療法部
自己紹介:腎臓内科医として腎臓病診療や急性期血液浄化療法の診療に携わる。「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」の作成にSR委員として関わった経験から、研究知見を臨床判断に結びつける視点を大切にしている。一方で、慢性腎臓病(CKD)診療では、エビデンスに基づく治療だけでなく、生活習慣病予防や減塩など患者さん自身の行動が重要であることから、行動変容をどう支えるかも大切に考えて診療している。知識が行動を変えるという信念から、腎臓病と向き合う患者さんやそのご家族に向けてブログサイト「のぼじんと一歩ずつ」(https://kaidan-jinzou.com/)で、検査値の見かた・食事・運動・生活習慣の考えかたをわかりやすく発信している。
CKD外来で見る項目はたくさんあります。eGFRと尿蛋白、血圧、体重、K、HCO₃⁻、Hb、CKD-MBD関連の指標。さらに、併存疾患や薬剤、生活背景まで考え合わせる必要があります。全てが同時に目に入ると、どこから手を付けるか迷います。
迷った時は、項目の一覧に戻るより、目的から整理し直す方が早道です。 KDIGO 2024ガイドラインは、CKD治療を「CKDの進行と関連する合併症のリスクを減らすための包括的な戦略」と位置付けました。
腎機能の悪化、心血管疾患、CKDの合併症は互いに絡み合うため、1つ1つを切り離して扱わない、という考え方です(KDIGO 2024)。
とはいえ、「包括的に」と言われても、外来の限られた時間で各データのつながりを一望するのは簡単ではありません。そこで、CKD治療の目的を大きく2つのゴールに分けてみましょう。
ゴール1は、eGFRが下がっていく傾きを緩め、将来の腎不全を遠ざけることです。 ゴール2は、進行に伴って現れる症状や検査異常に先回りし、患者さんの安全と生活を守ることです。 CKD外来で行う治療や管理は、ほぼ全てこのどちらかに向かっています。

治療を始めてもeGFRが上がらないと、患者さんも医師も「効いていないのでは」と感じがちです。確かに、脱水、感染症、薬剤などの原因で急性腎障害が重なっていれば、原因を取り除くことでeGFRがベースライン近くまで戻ることがあります。
一方、慢性的な構造変化が主体であれば、失われた腎機能が元の水準まで戻ることは基本的に期待できません。現実的な目標は、悪くなる速度をできるだけ緩やかにすることです。
評価の軸も変わります。「eGFRが上がったか」ではなく、「治療しなかった場合と比べて、数年後・十数年後の低下をどれだけ遅らせたか」。ここが、CKD治療の効果を考える時の物差しになります。
日本人CKD患者を対象とした研究があります。1〜2年間のeGFR低下率が大きい患者ほど、その後に末期腎不全へ至るリスクが高いという関連が示されました(Matsushita et al. 2016)。
当然のような結果に見えますが、裏を返せば、直近1〜2年の経過から将来の腎予後がある程度読めてしまうということです。「現在の値」だけでなく、「下がる速さ」も大事だと教えてくれます。

ゴール1で探すのは、修正できる要因です。 尿蛋白、血圧、生活習慣に関わるもの(体重、喫煙、塩分摂取)、薬剤など。このどれかに、まだ介入の余地が残っていないかを確認します。どの程度の変化を「意味のある悪化」と考えるかは第4回で、尿蛋白からリスクをどう読むかは第5回で扱います。
ゴール1だけがCKD診療の目的だと考えている先生もいらっしゃるかもしれません。ただ、それではCKD診療の半分しかカバーできていません。
腎臓の仕事は、尿をつくって余分な水分を捨てることだけではありません。NaやK、NH₄⁺などの排泄を調整して、電解質と酸塩基平衡を保っています。
さらに、造血や骨・ミネラル代謝にも関わっています。だからCKDが進むと、問題は全身の様々な場所に現れます。 浮腫、高K血症、代謝性アシドーシス、腎性貧血、CKD-MBD。
KDIGO 2024では、これらを進行抑制と同じ章の中で「CKDの症状・臨床所見・検査異常」として扱っています。挙げられているのは、血圧上昇、貧血、CKD-MBD、K異常、重度のアシドーシスなどです(KDIGO 2024)。
ゴール2の視点では、これらを腎臓が全身のバランスを保ちきれなくなってきたサインと解釈します。

厄介なのは、患者さんが困るより前に検査異常が進むことです。高K血症は、重症化するまでほとんど自覚症状を出しません。腎性貧血も、症状だけでは早期に気づきにくいことがあります。
代謝性アシドーシスやCKD-MBDも、初期には症状から気づきにくい異常です。
押さえたいのは一点です。「症状がないから問題ない」とは判断せず、病期と患者背景に応じて、検査で先回りして確認しましょう。
冒頭の50歳代の患者さんに戻ります。蛋白尿が多く、eGFRは年単位で下がり、血圧や体重に改善の余地がある。今は無症状でも、この低下が10年、20年と積み重なった先を考えます。重心はゴール1へ寄せます。
血圧は、1回の測定値だけでなく、長期間どのくらいの値で推移してきたかも重要です。CRIC研究は、軽度から中等度のCKD患者3,708人を中央値5.7年追跡しました。
追跡中の収縮期血圧の平均(time-updated SBP)が10 mmHg高いごとに、末期腎不全のハザード比は1.26でした。末期腎不全またはeGFR半減のハザード比は1.25でした(Anderson et al. 2015)。ただし、これは観察研究であり、治療目標値を直接示すものではありません。
肥満、特に内臓脂肪の蓄積は、高血圧や尿蛋白、CKDと関連します。CKD進行を長期的に抑えるエビデンスは限定的です。一方で、減量により血圧や尿蛋白が改善したという報告が、Hallらの総説にまとめられています(Hall et al. 2014)。
この患者さんでは、持続する高血圧と過剰な体脂肪を、修正できる要因として捉えます。生活習慣と薬物療法の両方を用いて、積極的に介入します。
では、冒頭の80歳代の患者さんはどうでしょうか。フレイルがあり、食欲が落ち、立ちくらみがあり、薬の数も多い。同じ目標値を機械的に追うと、かえって不利益が出ることがあります。
厳格な降圧で低血圧やふらつきが生じ、転倒につながるリスク。利尿薬の影響で脱水し、腎前性腎障害を起こすリスク。蛋白制限で低栄養が進むリスク。
SPRINTの安全性解析では、収縮期血圧120 mmHg未満を目指す強化降圧群と、140 mmHg未満を目指す標準降圧群が比較されました。
入院などを伴う重篤な低血圧は、強化降圧群で多くみられました(HR 1.67、95% CI 1.21–2.32)。失神は増える可能性がありましたが、統計学的には明確ではなく、転倒は増えませんでした(Sink et al. 2018)。
これは、厳格な降圧を一律に避けるべきという意味ではありません。SPRINTでは、立位収縮期血圧110 mmHg未満の患者さんなどが除外され、試験中も血圧や有害事象が綿密に確認されていました。
ただ、患者背景や治療中の症状などを見ながら、目標値を調整する必要が出てくるかもしれません。腎臓を守るはずの介入が、一つ間違えると生活を崩してしまいます。
KDIGO 2024は、RAS阻害薬の開始後にeGFRが大きく低下した場合、AKIの原因を確認し、体液量減少の是正や利尿薬など併用薬の見直しを行うよう示しています。
フレイル、転倒・骨折リスク、限られた余命、症候性起立性低血圧がある患者さんでは、緩やかな降圧を検討するという提案もあります。
さらに、フレイルやサルコペニアがあるご高齢の方では、たんぱく質・エネルギー摂取の目標を通常より高めに置くことも選択肢に挙げられています(KDIGO 2024)。
この判断を支持する観察研究もあります。地域在住の高齢者を対象とした研究では、軽度から中等度のCKDがある患者さんが解析されました。
総たんぱく質摂取量が0.2 g/kg/日多いごとに、全死亡のハザード比は0.92でした(95% CI 0.86–0.98)(Carballo-Casla et al. 2024)。
ただし、これは観察研究であり、たんぱく質を減らす介入の効果を示したものではありません。また、CKD stage 4・5は対象に含まれていません。
この文献は、高齢CKD患者に一律のたんぱく質制限を当てはめず、腎機能だけでなく、食欲、栄養状態、筋力を含めてメリット・デメリットを考える必要があることを教えてくれる文献だと思います。
この患者さんでは、重心をゴール2へ寄せます。血圧をさらに下げる前に、立ちくらみがないか確認する。夏の初めなど季節の変わり目には、家庭血圧、立ちくらみなどの症状、体液量、個々の患者背景を確認し、必要に応じて降圧薬や目標値を見直して、過剰降圧を避ける調整をする。
食事制限を強める前に、今の食欲や体重の推移を確認する。
治療しないという意味ではありません。変えるのは目標の置き方です。血圧や食事の目標を一律に厳しくするのではなく、立ちくらみや低栄養を避け、今の生活を保てる範囲で治療を続けます。
日本のCKDガイドラインでも方向性は同じです。高齢CKD患者では、年齢だけで機械的に治療を決めず、益と害を天秤にかけ、QOLを損なわないように判断することが求められています(日本腎臓学会 2023)。
初めに、対照的な二人の患者さんを紹介しました。あの2例は考え方を示すための対比で、実際の患者さんは、あれほどきれいに二つには分かれません。
例えば高齢でも、ADLが保たれ、蛋白尿が多く、数年で腎代替療法が視野に入るような患者さんであれば、積極的な降圧など腎予後を守る介入の益は大きくなります。逆に若くても、重い併存疾患やADLの低下があれば、重心は安全側へ寄ります。

私は、長期の腎予後へ重心を置く診療を「攻める」と呼ぶことがあります。一言で伝わりやすいからです。ここでいう「攻める」とは、ゴール1、つまり腎機能低下の傾きを緩めるための介入を積極的に行うことです。
血圧をしっかり下げる。減塩を進める。病態として必要であれば、たんぱく質制限を積極的に行う。
ただし、「攻める」場合もゴール2を放置してよいわけではありません。高K血症、貧血、脱水などに注意し、進行に伴う問題へのケアも並行します。
ここでいう「守る」は、治療をやめることではありません。 ゴール1のための介入のうち、利益よりもリスクが大きくなると判断した部分を緩める診療です。
過剰降圧や脱水による腎前性腎障害のリスクの方が大きいと判断し、降圧目標や処方を緩める。腎臓だけを見ればたんぱく質制限が有効な病態と考えられるが、低栄養や筋力低下を招くリスクの方が大きいと判断し、制限を緩める。
緩めるのはゴール1の介入だけで、ゴール2のケアは続けます。症状や検査異常に加え、食事量、体重、筋力も丁寧に見ていきます。同じ患者さんでも、「攻める」と「守る」のどちらを重視するかは、時期によって変わることがあります。
感染症や手術、食欲低下、フレイルの進行、季節による血圧の変化、家族や生活環境の変化によって、治療の利益と害が変わるからです。その度に、積極的な介入を続けるか、一部を緩めるかを見直しましょう。
ゴールを医師だけが理解していても、治療は続きにくいものです。患者さんの側から「何のための治療か」が見えないからです。長期の腎予後へ重心を置く患者さんには、例えばこう伝えます。「今、何か症状があるから治療するのではありません。10年後、20年後の腎臓を守るために、今できることを一つずつ整えましょう」
安全と生活機能へ重心を置く患者さんには、こうです。
「蛋白をしっかり制限すれば、腎臓にはプラスに働くかもしれません。ただ、制限しすぎると筋力が落ちて、動きにくくなってしまうこともあります。〇〇さんの場合は、後者のリスクを重く見た方がよいと考えていますが、いかがでしょうか。今の生活を保ちながら、安全に続けられる治療を一緒に考えましょう」ゴールが共有できていれば、薬を足す・やめる意味も伝わりやすくなります。KDIGO 2024も、本人の希望を踏まえた双方向のコミュニケーションと共同意思決定を、患者中心の多職種ケアの土台に置いています(KDIGO 2024)。
今回は、CKD診療で「何を目指すか」を整理しました。ゴール1は、腎機能低下の傾きを緩めること。 ゴール2は、進行に伴う問題へ先回りすること。 そして、患者背景に応じて、治療の強度を調整することです。
しかし、目指すゴールが決まっても、実際の外来では別の難しさがあります。K、血圧、尿蛋白、患者さんの主訴。複数の問題が同時にある時、今日どれから扱えばよいのでしょうか。次回は、診察前に何を確認し、問題にどう優先順位を付け、今日のテーマをどう絞るかを考えます。

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