
「先生、これは結局『有効』と言ってしまっていいんでしょうか?」
ある研究の打ち合わせで、共同研究者の先生からそう問われたことがあります。データはある。p値も出ている。それでも、効果が臨床的に意味のある大きさを超える確率や、目の前の患者さんに残る不確実性は、p値だけでは語れません。
症例は限られ、欠測があり、過去の知見も無視できない。
そんな医療データで力を発揮するのが、仮定を明示し、既存の知見と手元のデータを統合して不確実性を確率で表すベイズ統計です。
本記事では、医療データサイエンスの現場でベイズを使う筆者が、考え方の入門からRとStanによる実装、理論の土台まで、学習段階に沿って8冊を厳選しました。
問いを確率で表し、結果を自分の言葉で説明するための第一歩です。
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ベイズ統計が少ない症例・欠測・施設ごとのばらつきなど医療データの悩みの何を解決するのか
考え方→実装→理論の順で挫折しないための8冊の読み順
いまの自分に合う最初の1冊の選び方
統計はGUIソフト止まりで、ベイズに興味はあるが入口が分からない医療職・研究者の方
p値の限界を感じていて、効く確率を直接語りたい方
RやStanで自分のデータをモデリングしたい大学院生・若手研究者の方
vol.2:医療データサイエンティストなるには?未経験からのおすすめ本8選
vol.3:初心者のための臨床研究始め方 - 医学研究デザインおすすめ本9選
vol.4:臨床研究の始め方から続け方まで - 論文執筆、統計からキャリアを学べるおすすめ本9選
vol.7:初心者のための統計解析ソフトR使い方おすすめ本8選
vol.8:初心者のためのPythonデータ分析始め方おすすめ本9選
vol.10:統計検定2級対策勉強法おすすめ本8選 - 3万人超が受講する統計講座講師が解説
氏名:小林 由幸
所属:星薬科大学 医療データサイエンス研究室 講師
経歴:薬学研究科を修了後、内資系製薬企業で医薬品原薬・製剤の研究開発や品質管理業務に従事。その後、内資・外資化学企業にてレギュラトリー業務、コンサルティングファームにおいて企業の研究開発支援や新規事業開発支援に携わり、2025年4月より現職。日本学術振興会 R051 メタロミクス委員会や、ライフ インテリジェンス コンソーシアム WG05に参画し産学連携の研究に貢献。ベイズ推定を用いた食品安全リスク評価モデルの構築、機械学習による環境リスク評価モデルの構築や、自然言語処理・大規模言語モデルを用いた研究動向分析等を軸に、医療・薬学領域におけるデータサイエンスの応用研究と教育に従事している。筆頭著者として複数のQ1ジャーナルを含む査読付き国際誌に16報を発表。
氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に関する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。
氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。
医療データは教科書の例のように整っているとは限りません。症例数は思うように増えず、欠測があり、施設ごとの診療方針や測定条件にもばらつきがあります。
私自身、以前リスク評価に関するテーマで国際誌に論文を発表した際、限られたデータで不確実性を扱うためにベイズ推定を用いました。
手元のデータから何がどの程度言えるのかを、仮定を明示した上で確率として表す。この発想に切り替えたことで、解析方針が定まりました。本記事の執筆中にも、共同研究会議でベイズモデルを用いる研究計画を検討しています。
ベイズ統計は、既存知見を事前分布として表し、手元のデータと組み合わせて、推定対象の不確実性を事後分布として示す枠組みです。
前回のPython編(【書籍紹介】初心者のためのPythonデータ分析始め方おすすめ本9選:専門家が解説 - vol.8)では、ベイズ推論を実践的な手法として紹介しました。今回は、ベイズ統計そのものが主役です。一方で、ベイズの本は読み物から理論書まで幅広く、初学者にとっては何から手を付けるかが切実な問題です。
本記事では、考え方を知り、自分のデータで実践し、理論の土台を固めるという学習のロードマップに沿って8冊を選びました。

数式の前に発想を。
お妃様と魔法の鏡が登場する物語仕立てで、ベイズの考え方を腹落ちさせる最初の一冊です。本書の良さを特にお伝えしたいのは、数式やコードに身構えてしまう方々です。会話とイラストで進みながらも、網羅する範囲は広い本です。
「データが足りない!」という節では、データが1点しかなくても「傾きは小さいはず」という事前知識があれば推定が定まるという、ベイズの核心が絵で示されます。終盤にはガウス過程やベイズ的最適化まで登場し、薬の効果のように試すことがなかなかできない問題を効率よく探索するという、実験計画につながる発想にも触れられます。
後半の章には血液検査の効率化やMRIの高速撮像といった医療の実例も顔を出し、医療系の読者には嬉しいところです。ベイズを学び始めた頃の自分に渡したい一冊です。
前作にあたる本がありますが、「本書から読み始めても楽しめる」と著者自身が書いています。本書にStanやPythonのコードは登場せず実装は学べません。それでよいのです。
まず「ベイズは何を解決する道具なのか」を掴んでから、次の一冊へ進んでください。

診断と臨床試験で学ぶ、本記事の核となる、医療に振り切った一冊です。本書の良さを特にお伝えしたいのは、医療職・臨床研究者の方々です。
数式は登場しますが、「数式自体を覚える必要は全くない」と冒頭で明言されています。線形代数と積分の知識は「あるに越したことはない」という位置づけです。
第1章は感度・特異度・有病率から陽性的中率を求める、診断検査の話で始まります。臨床家にとって、これほど入りやすいベイズの入口はありません。本書の真価は第4章にあります。実在の臨床研究をもとに、ベイズ流のロジスティック回帰・Cox回帰から、アダプティブデザイン(用量探索や群逐次など)までを解説します。
例えば新型コロナ治療薬モルヌピラビルの試験です。この試験は、ハザード比が1を超えるほど治療が有効という向きで組まれています。ハザード比が1を超える事後確率にしきい値を置き、中間解析の度に試験を続けるか・やめるかを判断します。
その設計が、実際の数値とともに示されます。具体的には「1を超える確率が0.8を超えれば継続、0.3を下回れば無益として中止」という判断ルールです。また、マラウイの敗血症研究では、単一施設・225人の小規模データをロジスティック回帰で扱います。
ここから、データが少ないからこそベイズを選ぶという判断の筋道が学べます。少ない症例で意思決定を繰り返す臨床試験こそ、ベイズが最も力を発揮する場面です。第3章のベイズ流メタアナリシスは、複数の研究を「交換可能」と見なして束ねる変量効果モデルへの第一歩です。多施設データや複数研究の統合を考えている方への足がかりにもなります。計算はRとStanで行われており、次の実装編への接続も自然です。
共同研究でベイズを使う研究計画を議論していると、本書のような臨床の言葉で語るベイズが共通言語になってくれると感じます。
最初に通読して全体像を押さえ、ご自身の研究に近い章から深掘りしてください。

四則演算だけで「検査陽性=病気ではない」が腹落ちする一冊です。数式や記号に一度つまずいた経験のある方にこそ、勧めたい本です。
初学者の二大関門である記号と条件付き確率に、それぞれ章を丸ごと充てて、イメージしやすい具体例と図解により正面から潰してくれます。
圧巻は第4章のP検査とCウイルス問題です。感度60%・特異度90%・感染率0.01%の検査を人口10万人に当てはめると、陽性となった約1万人のうち、本当の感染者はわずか6人。この計算を、四則演算だけでやり切ります。さらに「罹患率が低い場合は、検査対象を絞る必要がある」という運用の示唆まで届くのは、医療系読者には見逃せないポイントです。
第5章の主役は、事後確率を次の事前確率として回すベイズ更新です。行方不明になった潜水艦の捜索や迷惑メールフィルタの実例で、その回し方を体験します。
情報が増える度に確率が動いていく感覚は、検査を重ねながら診断を絞り込む臨床の思考そのものです。「検査が陽性なら、病気だと思いますか?」そう聞かれて、思わず頷いてしまう方は少なくないでしょう。この本は、その直感を覆すところから始めてくれます。
微分積分もプログラミングも使わずにここまで連れて行ってくれる本は貴重です。この一冊で直感を作っておくと、実装編の景色がまるで変わります。
考え方を掴んだら次は自分の手を動かしましょう。
既製の解析メニューから選ぶのではなく、データに合わせてモデルを仕立てることが重要です。それがStanで広がる世界です。
いずれも定番書ですが、刊行から時間が経っています。環境構築だけは、各書のサポートページと最新の公式ドキュメントを併読してください。なお、Rそのものの学習は【書籍紹介】初心者のための統計解析ソフトR使い方おすすめ本8選:専門家が解説 - vol.7に詳しく取り上げられていますので、併せてご覧ください。

「p値からは卒業しましょう。」前書きのこの一言に痺れたら、実装デビューはこの一冊からです。
もしあなたが、p値の限界を感じながらStanは未経験なら、本書がその入口になります。数学は高校数学(数Ⅰ・Ⅱ・A・B)の範囲でよく、数Ⅲと高校物理は不要と明言されています。
本書の優れている点は生成量の考え方です。伝統的な検定では計算できない「研究仮説が正しい確率」を、MCMC(乱数を使って事後分布を近似する計算法)のサンプルから直接計算してしまいます。
ベイズの定理の最初の計算例は検診問題です。無情報事前分布(先入観を置かない事前分布)の最初の例題は、患者7人中3人が治癒した治療法の評価です。医療の例が入口から組み込まれた、心強い設計です。終盤では、コホート・症例対照・横断という疫学デザインの言葉で、リスク比やオッズ比の事後分布まで到達します。
「有意差が出ませんでした」としか言えずに悔しい思いをした経験はないでしょうか。そんな方ほど、仮説が正しい確率そのものを語れるありがたみが身に染みるはずです。考え方の部分は今なお色褪せません。コードはサポートページから入手できます。
p値そのものの整理をやり直したい方には、vol.4(【書籍紹介】臨床研究の始め方から続け方まで:論文執筆、統計からキャリアを学べるおすすめ本9選 - 専門家が解説 - vol.4)で紹介されている医療統計書が適役です。本書はその先を引き受けます。

「ベイズが分かった」を「自分の手でモデルを書ける」に変える、実装の定番書。通称「アヒル本」です。対象はRで基本的なデータ加工と作図ができる方です。モデル式・Stanコード・Rコードが三位一体で進む通読型のチュートリアルです。
医療系の読者にとって決定的なのは第8章の階層モデルです。階層モデルとは、グループ差や個人差を考慮できる手法のことです。中でも8.3節は、薬剤投与後の経過時間と血中濃度の関係を、患者16人分のデータで扱う例題です。患者ごとのばらつきを階層分布で吸収しながらモデル化する、まさに薬物動態解析の入口です。
第7章では、打ち切りデータ、説明変数の測定誤差、外れ値といった、実データで必ず出会う悩みどころの扱いをStanコード付きで学べます。第10章の弱情報事前分布は、少ない症例で推定を安定させる実務の知恵です。コードのほぼ全てと練習問題の解答は、GitHubで公開されています。
初めて自分で書いたモデルが収束せず、立ち往生する。ベイズ実装では、誰もが一度は通る道です。そんな時、道筋を示してくれるのが本書です。
一冊やり切れば、論文の手法欄に「ベイズ階層モデルを用いた」と自分の言葉で書けるようになります。

ベイズの定理を「習った」止まりの人を、Stanで自分のモデルを回せる人へ。挫折させない設計のチュートリアルです。アヒル本はまだ少し手強そうだ……そう感じる方には、こちらが丁寧な伴走者になってくれます。
統計の基礎の復習から始まり、一般化線形モデル(GLM)からその階層版(GLMM)、状態空間モデルへと進みます。線形モデルの発展として地続きに積み上げていく構成です。
本書ならではの工夫が二つあります。
一つは、同じモデルをbrmsパッケージの数行と素のStanの両方で書いて見せる二段構えで、ブラックボックスのまま先へ進ませないことです。もう一つは、モデルの当てはまりを予測分布で検証する方法としての事後予測チェックなど、「分析を実行する」技術を丁寧に扱うことです。
医療データへの効きどころは状態空間モデルのパートにあります。欠測のある時系列を補間すると、長い欠測期間では95%信用区間が自然に大きく広がっていく様子を、自分のグラフで確認できます。信用区間とは「真の値がこの範囲にある確率が95%」と言い切れる、ベイズ版の区間推定です。欠測の不確実性まで含めて報告する。そんなベイズらしさが最も伝わる瞬間です。
欠測だらけの実データに悩んだ経験のある方ほど、この章には感動するはずです。アヒル本と並走させて、丁寧な解説が必要になったらこちらへ戻る、という使い方をお勧めします。前回の【書籍紹介】初心者のためのPythonデータ分析始め方おすすめ本9選:専門家が解説 - vol.8でご紹介した「Pythonでスラスラわかる ベイズ推論「超」入門」も、実装からの入口として引き続きおすすめです。
実装に慣れた方のための、「なぜ効くのか・どう評価するか」を支える土台を固める2冊です。

概念から実装まで一気通貫の、世界標準の教科書(Peter D. Hoff著)の邦訳です。頻度論の統計を一通り学んだ方が、理論の土台を固め直すのに最適です。
基礎概念からMCMC、階層モデル、混合効果モデルへと、理論とRコードが全章で並走します。Rに触れた経験があると、手を動かしながら読み進められます。
欠測データの節では、女性200人の健康データ(血糖値・血圧・BMIなど)を使った補完を実演します。本文には医師が医療データの一部を書き忘れるという欠測の典型例まで登場します。
階層モデルの章では、マルチレベルデータの実例の筆頭に複数の病院に入院している患者のデータが挙げられます。観測数の少ないグループほど推定値が全体平均に引き寄せられる縮小効果が実データで示されます。
混合効果モデルの章はマウスの腫瘍カウントの反復測定、順序データの章は疾患の重症度(低・中・高)の扱いと、どの章も医療への読み替えがほとんど要らない例題揃いです。
欠測・多施設・反復測定・重症度スケールなど、医療データで詰まる構造が、この一冊で理論から実装まで揃います。じっくり取り組む教科書ですが、演習問題と文献案内が独習を支えてくれます。実装編の3冊の「次」に開いてください。

最後はさらに上を目指す方への一冊です。対象は、実装を一通り経験した大学院生・研究者の方々です。
StanやPyMCでの解析に慣れた頃、論文に「WAICでモデルを比較した」と書く日が来ます。そのWAICの理論的な論拠を学習できるのが本書です。
混合分布モデルやニューラルネットワークのような複雑なモデルでも予測の良さを評価できる理由を、定理と数値実験で示してくれます。出版から時間が経っていますが、ここで扱われる理論は現在のベイズ実務の足腰そのものです。
実装経験を積んでから、腰を据えて向き合ってください。前書きにある「大きな樹には大きな根の広がりが不可欠である」という言葉通りの一冊です。
今や生成AIに頼めば、Stanのコードは数秒で出てきます。では、ベイズを学ぶ意味は薄れたのでしょうか。
私は逆だと考えています。
AIが書いたコードが「動く」ことと、解析が「正しい」ことは別問題です。事前分布は妥当か、MCMCは収束しているか、そして結果の不確実性をどう解釈し、どう報告するか。この判断は依然として人間の仕事です。
そもそもベイズ統計は未知量についての不確実性を、仮定を明示した上で確率分布として定量する枠組みです。
AIの出力を鵜呑みにせず、不確実性ごと受け止めて判断する。ベイズを学ぶことは、生成AI時代の研究者の姿勢そのものを鍛えることでもあると感じています。
コードを書く手間が消えていく分、問いの立て方と、事前分布に何を込めるかというモデル設計にこそ、専門家の価値は移っていくはずです。
悩み/目的 | まず開く1冊 |
|---|---|
ベイズが何の役に立つのか分からない | |
医療・臨床のデータでベイズを使いたい | |
検査陽性=病気と思ってしまう | |
p値の限界を感じる。効く確率を語りたい | |
RとStanで自分のモデルを書きたい | |
欠測のあるデータと格闘している | |
欠測・階層・混合効果まで理論から固めたい | |
WAICなどモデル評価の理論的根拠を知りたい | |
PythonとPyMCで通したい |

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vol.2:医療データサイエンティストなるには?未経験からのおすすめ本8選
vol.3:初心者のための臨床研究始め方 - 医学研究デザインおすすめ本9選
vol.4:臨床研究の始め方から続け方まで - 論文執筆、統計からキャリアを学べるおすすめ本9選
vol.7:初心者のための統計解析ソフトR使い方おすすめ本8選
vol.8:初心者のためのPythonデータ分析始め方おすすめ本9選
vol.10:統計検定2級対策勉強法おすすめ本8選 - 3万人超が受講する統計講座講師が解説(本記事)