2026.10.6

【熱狂せよ、パブリックヘルス】客を沸かせたいので、今日も論文を書く - vol.16

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私は少なくとも、自認が研究者ではありません。どっちかと言えば臨床家かなと思います。

アカデミアに憧れたこともなかったし、なんか小難しいことばっかり言っていて面倒、とすら思っていました。統計を体系的に学んだこともありません。それがまあ、気づけばそこそこ論文を書いてきたと思います。

きっかけは、崇高な大義でも何でもありません。入局して1年目の秋にお声がけいただいた、皆が嫌がる原稿依頼でした。

研究の適性とは、真理への崇高な探究心だけではありません。論文執筆を通じて自身の強みを活かし、信用を築くための視点をお届けします。

論文を書かないといけない気がしているけれど、自分は研究者タイプではないと感じている臨床医へ。

「研究の適性とは何なのか」という話をしたいと思います。

熱狂せよ、パブリックヘルス

本シリーズは、パブリックヘルスの領域で活躍するプロフェッショナルが初学者に向けて自らの専門性を語る自伝シリーズです。その専門性に出会った原点や、挫折の先に見つけた希望、そして今も燃やし続けている信念について、熱量を込めて語り尽くします。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 根拠のない自信って結構大事だということ

  • 研究の適性は「細部を突き詰める力」だけではないということ

  • 論文が、臨床家としての信用と次のステージにつながっていく道筋

この記事は誰に向けて書いているか

  • 自分は研究者タイプではないと感じているが、心のどこかで論文を書かないといけない気がしている臨床医

  • 研究テーマの選び方に迷っている若手医師・大学院生

  • 「これは大事だ」と思っていることを、形にして残したい方

熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ

  • vol.1:RWDのおかげで親に仕送りできるようになりました(mMEDICI株式会社/廣瀬直紀)

  • vol.8:研究者の問いを支える - 生物統計家という仕事(長崎大学病院臨床研究センター/生物統計家/佐藤俊太朗)

  • vol.9:エビデンス原理主義者の戯言 - そう言われた医学生がエビデンスにこだわり創る側へ(東京大学大学院医学系研究科/精神科医/古川由己)

  • vol.12:休学、無力な研修医、されど世界を照らす医師になるべく(亀田総合病院呼吸器内科/医師・主任部長・内科チェアマン/中島啓)

  • vol.14:まず秋田よりはじめよ。(秋田大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学講座 病院講師/佐藤 佳澄)

執筆者の紹介

氏名:松井 健太郎(まつい けんたろう)
所属:国立精神・神経医療研究センター病院 睡眠診療部
専門性:精神科医。専門は睡眠医学。いわゆる「睡眠障害」には、不眠症・中枢性過眠症・睡眠呼吸障害・概日リズム睡眠・覚醒障害・睡眠時随伴症・睡眠関連運動障害など、複数のカテゴリがあるが、いずれに対しても一流の臨床家でありたいと思っている。「睡眠医療の何でも屋になる!」は達成しつつある一方、逆に「〇〇が専門です」と言いづらくてちょっと困っている。最近はChatGPTに代表される生成AIのトピックで論文を書いていたりして、あまり節操がない。「自分的に面白いかどうか」という価値観をすごく大事にしているが、それはたぶんつまらないと頑張れないからです。

著書:
・医療者のためのChatGPT:面倒な事務作業、自己学習、研究・論文作成にも!
・眠りのメェ~探偵 睡眠薬の使い方がよくわかる
・医療者のためのChatGPT BEYOND :文献検索、申請書・論文作成、学会発表… ここまでできるのか!

松井 健太郎
松井 健太郎_書影

子どもの頃、耳鼻科医の父が、手術についての原稿を依頼されたという話を、それはそれは嬉しそうにしていました。原稿を頼まれるというのは、どうやら誇らしいことらしい。それだけが刷り込まれました。

なので入局1年目の秋、上司から「原稿、書いてみる?」と聞かれた瞬間、面倒くさいという回路より先に、嬉しいという回路が点いてしまったのです。

「え!1年目からいいんですか!喜んで!」

死ぬほど苦労して書き上げた頃、私はそのトピックについて、医局の誰よりも詳しくなっていました。カンファレンスでは、1年目のペーペーが上の先生方に物申せてしまう。書くという勉強法だけは、私に合っていたのです。

これだ、と思いました。

1.はじめに

国立精神・神経医療研究センター病院の睡眠診療部に所属している松井 健太郎と申します。専門は睡眠医学です。一精神科医として頑張ってきたつもりですが、現職に就いてからは睡眠障害を対象にした臨床業務・管理業務を主に行っています。

睡眠・覚醒障害と呼ばれる疾患群には、複数のカテゴリがあります。私はそのどれに対しても一流の臨床家でありたいと思ってきました。そしてここは私なりの自慢ポイントなのですが、睡眠の主要領域のそれぞれに第一著者としての論文があります。

ただ元々研究者になろうとは思っていませんでしたし、今も自認は「臨床の人」です。

そんな自分がなぜ論文を書き続けているのかを、お話ししたいと思います。

2.医者にすら、なりたくなかった

私は、医学に全く興味のない医学生でした。

医者になりたくてなったわけでもありません。医学部を選んだ理由は、就職活動をやれる気が一切しなかったからです。スーツを着て、まともな人間の顔をして面接を受け、会社員として振る舞う。あれがどうしても無理で無理で…(面接対策をするだなんてのも虫唾が走る)。

そしてたまたま、成績面ではそれなりに戦える場所にいました。これはテストでよい点を取るとゲームソフトを買ってもらえるルールだったからでした。

運良く医学部に入ってからも、こういう医師になりたい、みたいなのは全く芽生えませんでした。講義はチンプンカンプンで、何を言っているのかよくわかりません。

だいたいチンプンカンプンな講義をする人は、自分の研究のことを学生にわからせようとする気もなく意味不明言語で語っている方が多かった(失礼)ように思い、アカデミアに対してはネガティブな印象すらありました。

論文についても、堅苦しくて面倒、読もうとすら思いませんでした(日本語の医学知識すらままならないのに、読んでわかるわけがないのです)。

何もわからないまま医師になったので(一夜漬け力だけは高かったので試験は何とかなった)、初期研修のスタートもひどいものでした。4月に研修病院に配属され、5月にはもう「使えない研修医」と罵倒されました。

普通はここで発奮するのだと思いますが、当時の私は医者をなめていたので、「優秀な後期研修医の先生が仕事を全部やってしまって、私がやることが何もないんですが?」と逆ギレしました。ひどい研修医だったと反省しています。

潮目が変わったのは、初期研修の後半でした。

何を思ったのか人生に一度はハードな現場を経験しておきたいと考えた私は、浜松にある超有名研修病院に3か月だけ回ることにしたのです。救急科を選択した私は、自分の不勉強で人が死にうるということを、肌身をもって感じました。

周囲の優秀な研修医たちが夜まで残って教科書を読んだりしていたのもあって、私はようやく、本気で勉強しだしたのでした。

救命救急に運ばれてくる患者の中には、自傷行為やオーバードーズなど、精神科領域の方もいらっしゃいます。浜松の優秀な初期研修医の多くは、多発外傷や輸液管理といった、いかにも救急らしい仕事に対してはウキウキだったのですが、精神科領域は、その特殊さからなんとなく、避けられがちであるように見えました。

周囲に迷惑をかけている自覚があった私は、そういう患者が来ると自分から手を挙げるようになったのです。

すると救急所属の初期研修医として、精神科医師とやり取りすることとなります。患者の生活背景から始まり、どうして救急案件に至ったのかを丁寧に検証していきます。その姿に「これって医者っぽくない!」と感銘を受けたのです(やっぱり心のどこかで「医者っぽい」が嫌だったんです、たぶん)。

その後の精神科の単科病院での研修でも自分に合っているな、と感じ、「精神科医になろう!」と決意したのでした。

そこからはそれなりに王道で、いくつか見学して何やら楽しそうだった大学病院の医局に入り、また同期が皆行くというので大学院にも行くことにしました。入局して1年目の冬だったかと思います。

大学院では、研究分野を割り当てられる場面が来ます。同期や先輩、教授が集う会議室で、私は深く考えずに正直に答えました。「自分は元々医学に興味がないです。ネズミを扱う研究とか無理」。

スクリーンには「松井:医学に興味がない。ネズミ無理」とでかでかと映し出され、周囲からは失笑されました。教授も苦笑い。

ところがしばらく経って、教授が、「睡眠障害治療で有名な医療機関が若手を探しているけど、どう?」と声をかけてくれたんです。

私は大喜びで「そういうニッチな分野をやりたかったんです!」と返したら、「そんなにニッチでもないんだよ」と言われました(教授は日本睡眠学会の重鎮だった)。

こうして私は睡眠の専門施設に放り込まれ、徹底的に叩き込まれることになります。

3.「1年目からいいんですか!喜んで!」

時計を少し巻き戻します。入局して1年目の秋のことです。医局の上司から、こう聞かれました。「原稿、書いてみる?」

気分安定薬の多剤併用について、専門誌の特集で総説を1本書かないか、という話でした。双極症の薬物療法についてまとめる、ということです。

依頼する側になると分かるんですが、結構嫌な顔されちゃうんですよね、原稿依頼。若手は仕事もプライベートも忙しいものです。ところが私は即答でした。

「え!1年目からいいんですか!喜んで!」

なぜそんなリアクションだったのかというと、耳鼻科医の父が、手術についての原稿を依頼された、という話を、それはそれは嬉しそうにしていたのを覚えていたからでした。

さて、やると言ったからには書き上げないといけません。

総説の原稿、初めの1本は本当に大変ですよね。その時いただいたテーマは今思うと比較的書きやすいものでした。双極症の薬物療法に関しては情報がたくさんありますからね。

まずは入局直後に購入したカプラン臨床精神医学を読んでみる。引用文献がない!イラッ!

次に医局の図書室に行って、定期購読していた雑誌を片っ端からペラペラ見ていきました。精神医学、精神科治療学、臨床精神薬理、臨床精神医学・・・もちろん全て日本語のもの。英語はハードルが高すぎます。

そのうち、ピンズドな総説が見つかります。やったぜ!これを軸に書こう!・・・あ、でもこれは数年前の最新、だなあ。そこでようやく英語のレビュー論文を読むことにしました。当時のGoogle翻訳は微妙でしたね、でもそれしかないから、頑張る。ふむふむ。気分安定薬と抗精神病薬に分けて書いたらよさそうだな。

知見がまとまってきたら、構成を考えて、いい感じに切り貼りして、上司に送ります。

真っ赤になって返ってくる原稿に対して、うんうん唸ってまた調べて書く。また送る。伴走してもらいながら、何とか1本を形にすることができました。

書き上げてみて、気がついたことがあります。私は、そのテーマについて(およびその周辺領域についても)、めちゃくちゃ詳しくなっていたのです。

当時、双極症の薬物療法は医局のホットトピックでした。カンファレンスでその話題になると、私はもう誰よりも詳しい。

1年目のペーペーが、上の先生方に向かって「いや、その点についてはこういう報告がありますよ」と、物申せちゃったりするんです。悪くないですよね。

そこで初めて気がつきました。私は座学が大嫌いなんです。必要に迫られなければできない、やりたくない。ところが「書いて見せられるものにする」が前提だと、割とできる。むしろ、得意ですらあるかもしれない。

研究の適性って、真理への探究心とか、難しいものを難しいまま理解できる能力だけではないんです。少なくとも私の場合は「書くと詳しくなれる。詳しくなるとでかい顔ができる」がスタートでした。

4.「これはチョロいのでは?」

睡眠の専門施設は予想通り肌に合っていて、毎日楽しく働いていました。

一方、論文の方は全然順調ではありませんでした。総説と原著論文は全くの別物です。1本目を書いたのは赴任して3年目くらい。自分でデータを集めるという発想もなく、言われるがままに何かを解析し、赤だらけになった原稿は何かに通りました。

2018年、医師10年目。大学院を出て2年目のことです。統合失調症の薬物療法ガイドラインを作るプロジェクトに参加することになり、その一環でメタアナリシスをやることになりました。

誰かが手を動かさなければ何も進まない作業があります。文献のスクリーニングです。Skype会議がシーンとなるなか、私が声を上げました。

「私が一次スクリーニングやりますよ!」

私はメンバー内で一番下っ端でした。面倒な雑用を早めに終わらせて、残りは偉い先生方によしなにして欲しかったのです。ところが積極的に手を挙げた結果、「やる気のある若手」認定されてしまったらしい。

気がつけば私は、そのファーストオーサーとして論文を書く立場になっていました。あれ・・・?

転機は、イントロダクションを書く段になって訪れます。指導してくださっていた先生が、ご自身が過去に書いたメタアナリシス論文のWordファイルを共有してくれたのです。

忙しくて、時間がかけられなかった私は、ふとひらめきました。頂いた論文のイントロダクションをDeepL翻訳で日本語化し、トピックに合わせていい感じにつぎはぎしたら行けるんじゃね?って思ったのです(当時のDeepL翻訳の衝撃、すごかったですよね!)。

午後の外来の合間にカタカタしていたら、それっぽいナニカが出来上がったので「イントロの下案を書いてみました」と送りました。1本論文を書くのに半年以上かかるのが当たり前だった頃です。

これが、思いのほか高く評価され、ほぼそのまま採用されたのです。

「あれ、これはチョロいのでは?」と思いました。

アカデミアがチョロくないのは周知の事実です。ご指導くださった先生はメタアナリシスの大家で、私はその美しいイントロに乗っかっただけ。

しかし、この時「私には適性がある」と確信したのです。

何においても「根拠のない自信がある人は強い」(by つんく♂さん)。

そこからは日常臨床で感じている「これって臨床的には当たり前だと思うけど、文献的には報告ないよね」を軸に、場当たり的に、色々な論文を書いていきました。

睡眠の師匠は元々研究大好き人間なので、喜んで指導してくださって今があります。

5.客を沸かせたいので、今日も論文を書く

学生時代にどうして授業にコミットしていなかったかというと、部活もありましたが、後半はストリートダンスにのめり込んでいたからでした。

私はストリートダンスを心から愛していましたが、ストリートダンスは私を愛してくれなかったのです。本っ当に適性がなかった。最後まで身体は柔らかくなりませんでしたし、振り覚えも悪い。カッコいい振り付けも作れなかった(今でもずっと悔しい)。

才能もパフォーマンスもいまいちだったかもしれませんが、「客を沸かせたい」はずっと思っているのです。

これは講演もそう。書籍や論文の執筆もそう。文章を書く時も、研究テーマについて考える時も、「これ書いても客はウケんやろ」は常に意識しています。

それにステージに立つなら、今の私は講演で立つしかありません。多い時には何百人もの前で話せます。講演に呼ばれるには、その道のプロだという信用が要る。論文は、その信用を作るための最も確実な方法です。根っこの人間性は終わっているかもしれませんが、それでもなお信用は積み重ねたい。

これからも、自分が面白いと思うものを続けるのだと思います。

臨床で見つけた「これは大事」という感覚を、最近だったら生成AIを使っていて気づいた何かを、世界の誰かが使える形にする。そして、できれば読み手(あるいは聞き手)を沸かせたい。

自認では研究者じゃない、とか言いましたが、ちゃんとトップジャーナルに通すことも達成したいです。

きっとその方が楽しい。往生際が悪いので、まだ諦めていません。

そしてやりたいこともあります。後進を育てること。

そのためにはある程度の立場であり続けないといけませんね。自分のやってきたことに再現性がなさそうなので、どう指導したらいいのかなって日々考えています。

やっぱり戦闘力が高いほうが人生楽しい気がするので、伸びるきっかけをたくさん与えてあげたいですね。

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【熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ】

  • vol.1:RWDのおかげで親に仕送りできるようになりました(mMEDICI株式会社/廣瀬直紀)

  • vol.8:研究者の問いを支える - 生物統計家という仕事(長崎大学病院臨床研究センター/生物統計家/佐藤俊太朗)

  • vol.9:エビデンス原理主義者の戯言 - そう言われた医学生がエビデンスにこだわり創る側へ(東京大学大学院医学系研究科/精神科医/古川由己)

  • vol.12:休学、無力な研修医、されど世界を照らす医師になるべく(亀田総合病院呼吸器内科/医師・主任部長・内科チェアマン/中島啓)

  • vol.14:まず秋田よりはじめよ。(秋田大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学講座 病院講師/佐藤 佳澄)