
学生のころは血液内科医になるつもりでした。今は秋田で、集中治療医をしています。
この地域に集中治療を専門にする若手医師はおらず、私はそこへ最初に飛び込むファーストペンギンになりました。
飛び込んだ先で、手放したはずの血液の病気にまた出会い、それが研究テーマになりました。興味は、思わぬところで巡ってきます。
まだ何者でもないと感じていても、興味に従って現場の疑問を手放さずに進めば、思わぬ場所で道が開けていきます。キャリアや学術活動に迷う方が、自らの問いに向き合うための視点をお届けします。
本シリーズは、パブリックヘルスの領域で活躍するプロフェッショナルが初学者に向けて自らの専門性を語る自伝シリーズです。その専門性に出会った原点や、挫折の先に見つけた希望、そして今も燃やし続けている信念について、熱量を込めて語り尽くします。
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研究からキャリアまで、あなたのお悩みに専門家が熱く、やさしく、お応えします。
その時点で専門家でなくても、現場の疑問を手放さなければ研究や新しい道につながっていくこと
遠回りに見える経歴でも、興味・関心を持ち続ければ道は途切れないという考え方
誰かから受け取ったもの(やさしさ・技術)を次へ渡すことが、自分の熱を保つということ
臨床や仕事の現場で「これを研究にできたら」と思う疑問を抱えている方
大学院進学やキャリアの転換を考えつつ、「自分はまだ専門家ではない」と踏み出せずにいる方
王道とは言えないキャリア・経歴に不安があり、今後どうなっていくのかに不安や迷いがある方
vol.4:全ての人を笑顔にするために - 医師が発信すべき理由、私の挑戦(京都大学消化管外科/山本健人)
vol.7:エビデンスの向こう側に、患者さんの笑顔がある(ケンブリッジ大学臨床研究フェロー/内田梨沙)
vol.11:しくみを生み、データを重ね、公衆衛生をひらく - 事業もまた医術である(アイリス株式会社/代表取締役CEO・医師/沖山翔)
vol.12:休学、無力な研修医、されど世界を照らす医師になるべく(亀田総合病院呼吸器内科/医師・主任部長・内科チェアマン/中島啓)
vol.13:研究者の道 - 最前線を駆け抜けろ! (東京大学大学院医学系研究科/臨床疫学・経済学教授/康永 秀生)
氏名:佐藤 佳澄(Kasumi Satoh)
所属:秋田大学大学院医学系研究科 救急・集中治療医学講座 病院講師
専門性:救急科専門医・集中治療専門医・医学博士。救急外来から集中治療を中心とする入院診療まで、内科系・外科系の重症患者の臨床に従事しながら、若手医師のケースレポート論文執筆を継続的に指導している。専門分野は、血液・免疫異常の集中治療、血液浄化療法。ケースレポートをはじめとする医学論文を複数の国際誌に発表してきた経験と、多数の若手医師の臨床・学術に伴走してきた経験から、臨床から研究へ踏み出し、いまはその道を後進へ手渡す立場で本記事を執筆する。
著書:
・正攻法ではないけれど必ず書き上げられる はじめてのケースレポート論文
・ようこそ救急外来! 迷わない、困らないクスリの本 クイックリファレンス フローチャート救急外来診療
・医療現場で折れない しなやかな若手医師の仕事術 無理なく成長できる25のこと


研修医のころ、ベテランの救急・集中治療医が、院内で急変した重症患者を集中治療室(ICU)で淡々と立て直し、また元の病棟へ返していくことに感動しました。
秋田には、そうやって重症患者を専門に診る若手の集中治療医がおらず、それなら私が一人目になろうと、秋田県で初めて救急専攻医プログラムに入りました。
もともと学生のころに惹かれていたのは血液内科で、結局その道には進まなかったのですが、集中治療の現場で、私はまた血液の病気を診ることになりました。そこで生まれた疑問は、いつの間にか私の研究テーマになっていました。
遠回りをしたようでいて、関心のあった場所に、別の道から戻ってきていたのだと思います。
気づけば、当地で救急・集中治療をする仲間はたくさん増えていました。かつて先輩たちに教わったことを、今は少しずつ私が後輩に受け継ぎ始めています。
それでも私自身は、まだ歩みの途中です。
私は秋田大学で、救急・集中治療の医師をしています。救急外来からICUでの入院診療まで、内科系・外科系を問わず重症の患者を診るのが日々の仕事です。
その傍らで、臨床の中で出てきた疑問を研究にしたり、若手医師の論文執筆を手伝ったりしながら、このように寄稿や書籍の執筆も行っています。
とはいえ、どれも「これが得意!」と言えるものではありません。臨床も研究も教育も、いまだに手探りで、いろいろなことに同時に手を出しながら進んでいる、というのが正直なところです。
本記事も、完成された専門家として何かを教えるためではなく、まだ途中にいる一人、どちらかといえば入り口にいる一人として書いていきます。
まだ何かの専門家でなくても、興味を手放さなければ進んでいけるのかもしれない、ということを、これから話していきたいと思います。
もともと私は、血液内科医になりたいと思っていました。
きっかけは、大学1年生の時に受けた血液内科の教授の授業です。白血病という病気の目に見えないメカニズムが持つ学術的な興味深さを、その先生は分かりやすく楽しく語ってくれました。
体内で何が起きているのか、なぜその治療が効くのか。聞いているうちに、こんなに複雑で難しい病気を相手にする学問があるのか、と引き込まれていきました。
血液の病気は、外から見て分かるものではありません。体の中で、細胞レベル、分子レベルで何が起きているのかを、筋道立てて読み解いていきます。人体という広大で複雑なシステムが感じられて、たまらなく興味を惹かれました。
それと同じくらい心に残ったのが、患者への向き合い方でした。血液の病気には、簡単には治らないもの、伝えるのが難しいものがたくさんあります。それでもその教授は、難しい病気を抱えた患者に「大丈夫ですよ、治りますよ」と、しっかり伝えていました。
学問としての面白さと、患者に向ける熱意。その両方を持っている姿に、素直に憧れました。私もこういう医師になりたいと思いました。
その憧れは何年も続きました。大学4年生になると、血液内科医になった時に役立つよう、放課後は免疫学の研究室で分子生物学の実験をするようになりました。手を動かして小さな結果を一つずつ確かめていく時間は、それ自体が面白かったです。
うまくいかない日のほうが多かったけれど、私の手で「分からなかったこと」が少しだけ「分かること」に変わる瞬間がありました。今思えば、研究をすることの面白さを知ったのはこの時だったと思います。
教科書に書いてあることを覚えるのと、まだ誰も答えを知らないことを確かめにいくのとでは、脳への刺激がまったく異なるのです。ただ当時の私は、それが将来どこにつながるのかを分かっていたわけではありません。血液内科医になるための準備のつもりで通っていただけでした。
今振り返ると、私の根っこにあったのは「血液内科医になりたい」という気持ちだけではなかった気がします。もっと漠然と、臓器や病名にこだわらず、人体という奥深いシステムを広く診られる医師になりたい、という気持ちがありました。
血液内科は、その入口として特に惹かれた分野でした。ところが初期研修でいろいろな科を回り、集中治療医学というものを知ると、興味の対象は少しずつ変わっていきました。
救急・集中治療の現場では、臓器や病名で区切らず、今まさに危ない状態になっている人を、まるごと診ます。血液内科に感じていた「何でも診たい」「人体というシステム全体を診たい」という気持ちが、ここでつながった感覚がありました。
呼吸が、循環が、腎臓が、一気に異常を来します。一つ一つの臓器の機能は肉眼で見えるものではないけれど、目まぐるしく変わる数値として矢のように異常が降ってきました。
人体の総体として、どこから手をつけるべきなのか。臓器はそれぞれ独立して動いているわけではなく、互いに影響し合っています。その臓器連関の中で、どこを支えれば全体が持ちこたえるのかを考える仕事が集中治療だと感じました。
決め手になったのは、秋田にその担い手がほとんどいないという現実でした。
当時、秋田県の専門医プログラムに乗って救急・集中治療の道に進んだ医師は、まだ誰もいませんでした。つまり若手の集中治療医はゼロ。集中治療医のみならず、秋田で生え抜きの救急医というものも、ほとんど居ない状態でした。
重症の患者は毎日どこかで発生しているのに、それを専門に引き受ける医師が足りません。
それなら、私がその一人目になろうと思いました。
もう一つ大きかったのが、上司の存在です。研修の中で、上司が院内で急変した敗血症性ショックなどの患者を次々に引き受け、ICUで立て直し、落ち着けばまた元の病棟へ返していくのを見ていました。
外科手術のように派手なことをしているわけではないのに、淡々と人が助かっていく。生命維持装置をたくさんつけていた人が、少ししたら話せるようになって病棟に戻っていく。
そういう場面を、何度も見ました。
その仕事の確かさに、素直に「こうなりたい」と思いました。
2017年、私は秋田大学の救急・集中治療医学講座に、初めての専攻医プログラムの救急専攻医として入りました。
当時そこにいたのは、ベテランの先生が3人。私は4人目でした。まだ誰も歩いていない道で、後ろから続く人がいるかどうかも分かりませんでした。
そう決めるのは簡単ですが、実際には、手本になる同世代が近くにいないということでもありました。
数年後に私自身がどうなっているのか、重ねられる人がいません。迷った時に「この年代なら、普通はこれくらいできているものだ」という目安もあまりありません。
休みを使って、県外のICUに、同年代医師の働き方やレベルの観察に行ったりもしました。それでも、足りないからこそ私がやる意味がある、と思えたのは、あの時現場で見た、重症の人が助かっていく光景があったからかもしれません。
少人数の医局での仕事は大変でしたが、学ぶには恵まれた環境でした。
人が少ない分、若いうちから多くの仕事を任せてもらいました。一人の重症患者を、ICUに入るところから、病棟に移り、リハビリを経て退院していくところまで、通して診ることができました。
人間が命からがら助かった後に、暮らしがどう続いていくのか。そこまで見られたことは、ICUの中にいるだけでは分からないことでした。
外の病院で仕事をして、暗くなってから大学病院に戻り、私の患者の安定を確認しに行くことも多かったです。任される範囲は広く、そのぶん自分の成長を感じられた時期でもありました。
一方で、年齢の近い先輩はいませんでした。すぐ上は20歳ほど離れた指導医で、数年後の私自身の姿を誰かに重ねることが難しく、心細さもありました。それでも上司たちは、まだ何もできない私に優しく接してくれました。
深夜に重症患者のヘルプを頼んでも、嫌な顔をされたことがありません。そして同時に、非常に高い臨床力をすぐそばで見せてくれました。駆け出しへの優しさと、臨床の確かさ。この二つを、私はこの時期に受け取ったのだと思います。
その集中治療の現場で、思わぬ再会もありました。血液異常や炎症が全身の臓器を傷つけていく病気——血栓性微小血管症や、自己炎症性疾患、造血幹細胞移植の後の重い合併症。学生のころに惹かれた世界と、集中治療の現場でもう一度向き合うことになりました。
血液に関連する異常は、ICUにおいて、しばしば深刻な多臓器障害を引き起こします。
進んできた道は、もともと長い間目指していた血液内科医への一本道からは外れて、ある種の回り道とも言えるかもしれません。でも興味そのものは、どこかへ逸れてしまったわけではありませんでした。関心を手放さずにいれば、別の入口からでも、同じ問いのところへ戻ってくるということなのだと感じました。
そして、その現場で出てきた疑問が、そのまま研究テーマになりました。
私は最初から研究や疫学を志していたわけではありません。救急医として現場に立ち、そして集中治療医に憧れ、目の前の疑問を手放さずにいたら、いつの間にか研究に手をつけていた、という順番です。
集中治療領域における血液疾患は、頻度が高くなく複雑な分、まだしっかり検討されていないのではないか。集中治療の中心的なテーマではない分、光を当てたほうがいいのではないか。そんなふうに思うようになりました。
今は、集中治療患者のデータをもとに血液の病気の診断法を探る研究、ICUにおける血液腫瘍の全国調査、特定の血液疾患に血液浄化で挑む研究などを始めているところです。どれもまだ始めたばかりだ、というのが正直なところです。
そして気づけば、4人だった医局は18人になりました。
私自身も、教わる側から、少しずつ教える側へ移りつつあります。
今私がしていかなくてはならないことは、あの時上司から受け取ったものを、次の人に渡すことなのだと思います。
日々の現場で専攻医たちと一緒に患者を診ること。若手医師の学術活動を手伝うこと。誰かに知識を渡すことの延長で、こうして記事を書いたり、医学書を書いたりしています。
私自身、年の近い手本もないまま模索してきた駆け出しです。だからこそ、研究に踏み出せない人や、うまくアウトプットできない人の気持ちが分かるつもりです。完成した先生として上から教えるというより、少しだけ先を歩く者として手を伸ばしている、という感覚に近いのかもしれません。
私にとっての熱狂は、まだ誰も飛び込んでいないところに、最初に飛び込んでいく、ある種の狂気です。
興味のある方へ、少し無鉄砲でも進んでいきます。そして、そうやって飛び込んだ先で、思わぬ知的な巡り合わせが起きます。
だから、今の道が王道に見えなくても、まだ専門家でなくても、あまり気にしなくていいのだと思います。
私自身、まだ何者でもないまま、興味のある方へ動いてきました。それでもどうにか、今ここに立っています。

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