
私は作業療法士になりたくて、この仕事を選んだわけではありません。
それどころか、新人時代には患者さんから「ありがとう」と感謝されながらも、「自分は本当に成果を出しているのだろうか」と自信を失いました。患者さんに喜んでいただいているにもかかわらず、自分の中には拭えない違和感が残っていたのです。
その違和感はやがて、「専門職にとって本当の成果とは何か」「作業療法士とは何をする専門職なのか」という問いへと変わりました。その後20年以上、私の臨床、研究、教育、そして職能団体での活動を貫くテーマとなりました。
その答えを求めて、私は国内外の第一人者に自ら教えを請い、臨床で試行錯誤を繰り返しながら、作業療法の専門性を追い求めてきました。そして、自分一人が成長するだけでは、より多くの対象者に質の高い作業療法は届かないことに気づき、組織づくり、人材育成、教育、学会活動へと活動の場を広げるに至りました。
本記事は、成功談ではありません。
一人の作業療法士が失敗し、迷い、悩み、それでも対象者にとっての「本当の成果」を追い続けながら、仕事への誇りを築いてきた過程を率直に綴った記録です。
作業療法士や医療職はもちろん、自分の仕事の意味や価値、専門職としての在り方に迷いを感じている全ての方に、何か一つ新しい視点をお届けできれば幸いです。
本シリーズは、パブリックヘルスの領域で活躍するプロフェッショナルが初学者に向けて自らの専門性を語る自伝シリーズです。その専門性に出会った原点や、挫折の先に見つけた希望、そして今も燃やし続けている信念について、熱量を込めて語り尽くします。
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作業療法が目指す「成果」の考え方
専門職としての誇りを育てるプロセス
個人の実践を組織や社会の変化へ広げていく考え方
作業療法士及びステークホルダー(関係者)
自分の仕事の専門性や価値に迷っている方
困難に直面したとき、どう行動すればよいか悩んでいる方
vol.4:全ての人を笑顔にするために - 医師が発信すべき理由、私の挑戦(京都大学消化管外科/山本健人)
vol.7:エビデンスの向こう側に、患者さんの笑顔がある(ケンブリッジ大学臨床研究フェロー/内田梨沙)
vol.11:しくみを生み、データを重ね、公衆衛生をひらく - 事業もまた医術である(アイリス株式会社/代表取締役CEO・医師/沖山翔)
vol.12:休学、無力な研修医、されど世界を照らす医師になるべく(亀田総合病院呼吸器内科/医師・主任部長・内科チェアマン/中島啓)
vol.13:研究者の道 - 最前線を駆け抜けろ! (東京大学大学院医学系研究科/臨床疫学・経済学教授/康永 秀生)
氏名:澤田 辰徳
所属:東京工科大学医療保健学部リハビリテーション学科作業療法学専攻
専門性:東京工科大学医療保健学部教授・リハビリテーション学科長・作業療法学専攻長。多様な領域・病期を通じた臨床経験に加え、病院管理職として組織運営にも携わる。専門は、作業療法の専門性、作業を基盤とした実践、自動車運転と地域移動支援、作業療法面接、組織マネジメント。これまでに学会会長職、理事などを務めてきた。臨床・研究・教育・組織運営の様々な立場から、「作業療法とは何か」「専門職としてどうあるべきか」を問い続け、作業療法士一人一人が専門職として誇りを持つための実践や研究に取り組んでいる。
著書:
・作業療法管理学テキスト
・覗いてみたい!?先輩OTの頭の中 ― 臨床のリアルに触れる


「良くなっていないのにあんな傷跡を作って…。」
大学院の研究室で海外からの留学生に言われた一言です。
作業療法士になりたての当初、その専門性に興味を持つことなく、リハビリテーションなのだから体を良くすることだろうと思っていました。
その時主戦場であった手外科の分野では、なぜその手が動かないかが説明しやすく、さらに現象を理解して数十分も介入すれば手の動きが大きく変わることも多々ありました。私の悪い癖でそのような経験にいい気になっていました。
また、病院で多かった疾患に腕神経叢麻痺がありました。これは一側上肢の完全/不全麻痺が生じるわけですが、手術では二の腕の上腕二頭筋の部位に薄筋移植や肋間神経移行術という大きな手術がなされます。
動かない筋肉の目に見えない電気を筋電図という手法を使って視覚的にモニターを通じて見えるようにして、筋力強化していくという訓練を1年以上かけて肘を動かせるようにしていきます。当時の治療としては基本的でオーソドックスなものでした。
それらの治療により動かなかった肘が動くことに患者さんも喜び、それに自分も誇りを感じ始めていました。
しかし、同じ病院に出入りしていた留学生に大学院の研究室であの言葉を言われた時、私はその意味が理解できず、唖然としていました。数日間考えた時、その言葉の真意がわかると私の安っぽい誇りは途端に崩れ去り、情けなさと作業療法士という仕事への猛烈な不安に変わったのです。
長年かけて少し動くその腕は生活で使われることはなく、片手のみで生活をされていました。使わない手を手に入れた代償として払った大きな手術創により、夏場でも腕を露出する服を見ることは1度もありませんでした。
生活で使うという成果も出ていないのに、自分はなぜ手が動くということのみに感謝され浮かれているんだろう。
自分は何をやってきたのか?自分は何者なのか?
あの日から私は、対象者のために本当の作業療法の成果を出したいと強く思うようになったのです。
東京工科大学医療保健学部の澤田と申します。現在、作業療法士の養成に携わり、リハビリテーション学科長・作業療法学専攻長を務めています。
これまで急性期・回復期・在宅・地域と様々な現場で臨床に従事し、病院管理職として組織運営にも携わってきました。現在は教育・研究に加え、作業療法の専門性の確立や人材育成、職能の発展に取り組んでいます。
留学生から投げかけられたあの一言は、20年以上経った今でも私の中に残っています。それ以来、私が考え続けてきた問いがあります。
「作業療法士とは何をする専門職なのか?」「対象者にとっての真の成果とは何なのか?」
この問いは臨床だけでなく、その後の私の人生そのものになりました。
私の研究テーマである作業療法面接、作業を基盤とした実践、自動車運転と地域移動支援、さらには組織マネジメントも、一見すると別々の分野に見えますが、根底にあるのは同じ臨床の壁から生まれたものです。
本記事では、成功談を書きたいわけではありません。
一人の作業療法士が迷い、失敗し、悩みながら、それでも仕事に誇りを持てるようになるまでの過程を率直にお伝えしたいと思います。
この経験が、医療職に限らず、自分の仕事の意味を探している方の何か一つのきっかけになれば幸いです。
「先生はなぜ作業療法士になったんですか?」学生から聞かれる質問です。
私が作業療法士になった理由は褒められたものではないです。スポンサー(父親)が「友人の作業療法士がいい仕事だと言ったからなれ!」と命令したので逆らうすべがなかっただけです。
私自身は弁護士になりたかったので全く関係ありませんでした。今思えば就職氷河期であり、国家資格を持てば将来困らないという親なりの愛情だったのでしょう。でも高校生だった私は、「そんなの知ったことじゃない」と思っていました。しかし、典型的日本文化の父権主義だった我が家には私の意向などHave no choiceだったのです。
大学選びも同じです。当時、リハビリテーション教育を開始したばかりの広島大学に進学しましたが、その理由は「偏差値が高かったから」。今振り返ると、作業療法がどのような仕事なのかを調べた記憶はありません。
しかし、私はこの経験を決して恥ずかしいことだとは思っていません。
そもそも高校生が医療専門職の本当の姿を理解して進路を決めることは、それほど簡単なことではないからです。医師や看護師ならある程度イメージできますが、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士の違いを正確に説明できる高校生は決して多くありません。
だから私は、「憧れて入ったかどうか」は、それほど重要ではないと思っています。
一方で、大学に合格した時、一つだけ自分の中で決めていたことがありました。
「どうせ一生この仕事で生きていくなら、誇りを持てる仕事にしよう。」これは今も変わらない私の原点です。
私は昔から、「仕事は人生の大部分を占めるもの」だと思っています。その仕事がつまらなければ、人生もきっとつまらない。職業選択まで親に決められた自分だからこそ、与えられた仕事を好きになる努力をしよう、その価値を自分自身で見つけようと考えました。
ただ、その時はまだ知りませんでした。
作業療法という仕事に誇りを持つことが、これほど難しいとは――。
その答えを探すために、私は臨床の世界でもう一度ゼロから学び直すことになります。
そして、プロローグにあるように壁にぶつかります。
作業療法を知るために脳疾患の多い、かつ研修会の開催の多い関東の病院へ移りました。主な対象疾患が作業療法の主対象の脳卒中でしたが、私にはあまり経験がなく、苦戦しました。
さらに当時主流だった徒手療法(セラピストの手を使って体を良くする技術)は未知の世界で、何をしているのかがわからない状態で、必死になって学びました。毎週のように勉強会へ出たり、毎日調べ物をしたり、学びの日々でした。
ただその成果が臨床で現れているかは実感できず、麻痺の改善は起きているような起きていないような・・・エビデンスという言葉もまだ主流ではない時代でした。
「セラピストのプラトーは自分のプラトー」
当時よく耳にした言葉です。プラトー(plateau)は、もともとフランス語を語源とした「台地」などを意味する言葉です。転じて、患者さんの機能改善が頭打ちになり、良くならなくなることを示しています。
改善が見られないのは自分の腕がないからだと自分を責め、努力し、でも結果が出ないことに悩みます。こうなると仕事はつまらないです。私も悩みました。
Seligmanの研究、学習性無気力に代表されるように、努力して色々行動しても失敗が続くと、行動自体をやめて何もしなくなります。一方、毎日仕事をしていれば、多少良くなるケースにも出逢います。
特に麻痺手は多少良くなったとしても使い勝手が悪いためあまり使いません。
「あれ?これって・・・俺、同じことしてるんじゃね?」
ある時気づきます。これは以前の腕神経叢麻痺の失敗と同じことをしている。
原点に戻ろう。
「今、自分の仕事に誇りが持てているか?」
このような状況のために大学に入って、大学院も出て、臨床に出て、色々研鑽してきたのか――?
再び「作業療法とは何か」の命題に立ち返った私は、当初主流だった要素還元主義(身体を細かな機能に分け、その一つひとつを改善すれば元通りになるという考え方)に限界を感じていました。
大学院時代、恩師からCOPM(Canadian Occupational Performance Measure)という対象者の方の希望を聞く面接法の勉強会にお誘いいただいたことを思い出しました。
当時の日本ではほとんど知られておらず、学べる機会も限られていました。そこで私は、恩師にお願いして、その道の先生を紹介していただき、自分から直接連絡を取りました。
面識もなく、弟子でもありません。それでも「どうしても学びたい」という一心でした。今思えば、少し無謀だったかもしれませんが、昔から行動を起こすタイプでしたので直ぐに動きました。
しかし、その先生は快く受け入れてくださり、私はそこで初めて、作業療法を「身体機能」ではなく、「その人が大切にしている作業」から考えるという価値観に触れました。
その時に感じました。「作業療法とはこれだ!」と。
それから、様々な研修会に出て、第一人者の先生方にコンタクトをとりました。もちろん、国内外でもなりふり構わず突然連絡しても、返信がないことも多々ありますが、返信してくださる先生方も少なくありません。
そのような方々から多くを学ばせていただきました。それは、私にとって大きな衝撃であり、通常のワークになりました。現在でも気になる論文や研究者がいればすぐにコンタクトを取ります。そこから、国際共同研究になることも少なくありません。
一方で、理論を理解したからといって臨床がすぐに変わるわけではありません。むしろそこからが本当の苦悩でした。
患者さん一人一人の生活や価値観を理解し、それを臨床の中で実践することは、機能訓練よりもはるかに難しかったのです。
だから私は学び続けました。
分からないことがあれば、その分野に詳しい人に会いに行き、教えを請いました。
その積み重ねが、現在の私の臨床、研究、教育の土台になっています。
私は長い間、「作業療法とは何か」という問いを追い続けてきました。
作業療法理論などを学び、作業療法の世界的に有名なクライエント中心の考え方に出会ったことで、身体機能を改善することだけが私たちの役割ではないことは理解できました。しかし、理論を知ることと、それを臨床で実践することは全く別でした。
自転車の乗り方を本で読んでも自転車に乗れないことと一緒です。トライアンドエラーの臨床を重ねる中で、私なりに一つの答えへたどり着きました。
クライエント中心とは、対象者の言うことをそのまま聞くことではありません。私が考えるクライエント中心とは、その人にとっての「最高の伴走者」になることです。
伴走者は前を走って引っ張る人でも、後ろから押す人でもありません。その人が望む人生へ向かうために、パートナーとして最善の選択肢を提示し、一緒に考え、歩み続ける存在です。
そして、近年、対象者の方を見させていただくときに共通して感じることは「先の見通しが見えず途方に暮れている」ということです。そのためには、その人が望むベストに近い将来像に向けて「いかに実現可能な選択肢を提供できるか」が重要な仕事だと思うようになりました。
そのためには、一つの技術だけを極めても十分ではありません。対象者の人生には、あらゆる要素が関わります。だから私は、一つの専門技術を深く追求するだけではなく、幅広い知識や技術を持つ作業療法士でありたいと思いました。
もちろん、この考え方が唯一の正解だとは思っていません。専門性の築き方は人それぞれです。しかし、私はそうありたいと思い、その結果として私の広い多様な研究テーマができあがったのです。
振り返ると、私の記憶に残っているのは評価尺度の点数ではありません。
高次脳機能障害が気づかれず職場で10年以上いじめを受け、50回以上転職した方が、再び仕事を楽しめるようになったこと。
片手で料理を作れるようになり、家族と食卓を囲めるようになったこと。
大好きだった畑で再びトラクターを運転できたこと。
回復した腕で、もう一度ピアノを演奏できたこと。
その時に見せてくださった笑顔や御礼には1年目に感じた違和感はありません。
それこそが作業療法の成果とやりがいなのだと思っています。
一方で、もう一つ気づいたことがありました。自分一人が成長しても、クライエントが受けられる作業療法は変わらない。
私は新人時代、「作業療法とは何か」が分からず苦しみました。同じように専門職としてのアイデンティティに悩み、仕事への自信を失う作業療法士も少なくありません。だからこそ、自分の経験を自分だけのものにしてはいけないと思いました。
病院では評価の仕組みを整え、教育システムを見直し、他職種にも作業療法の価値を伝え、作業療法士同士が学び合える環境づくりに取り組みました。すると今度は、他の病院や施設の作業療法士から相談を受けるようになりました。
その声を聞くたびに思いました。
一つの病院だけでは変えられない。業界全体が変わらなければ、本当の意味で対象者の生活は変わらない。
その思いから、同じ志を持つ仲間とともに日本臨床作業療法学会を立ち上げました。
新しいことを始めれば、当然、賛否があります。一部の先生方からは煙たがられたこともあったでしょう。それでも私と仲間が立ち上げた理由は、同じように悩んでいる作業療法士の助け舟になりたいという思いだけでした。
私は、一人でも多くの作業療法士が誇りを持って働き、一人でも多くの対象者がその人らしい人生を取り戻せる社会をつくりたいという思いだけは、今も変わっていません。振り返ってみれば、昔も今も人に助けられた人生だと思います。
その後、一通りやり終えたと感じた私は次世代へバトンタッチをすることを決め、教員として働くことにしました。
臨床を去ろうとした頃、私が学んできた作業療法理論のメッカともいえるアメリカの大学に、1か月間の研修プログラムがあることを知りました。私は一つだけ確かめたいことがありました。
「自分が信じて実践してきた作業療法は、本場でも通用するのだろうか――。」
研究費があるわけでもありません。最後の有給休暇を利用し、すべて自費で渡米しました。
若い学生に交じり、一から学び直しました。そこで強く感じたのは、「自分のやってきたことは通用する」ということでした。
一方で、海外は多様性と共生へ向かいリードしていました。私は、自分が歩んできた道は間違っていなかったと確信すると同時に、これからも学び続けなければならないとも思いました。
専門職に完成はありません。だから今でも私は新しい知見を学び続けています。
患者さんから「ありがとう」と言われることはもちろん嬉しいです。しかし、感謝されることに慣れ、それだけで自分の仕事に満足してはいけません。
専門職である以上、常に「この人にとって本当の成果は何なのか」を問い続ける必要があります。
私が目指してきたのは、対象者にとっての最高の伴走者になることです。その人が望む人生を一緒に考え、専門職として実現可能な選択肢をできるだけ多く示し、ともに選び、前へ進む。
私が臨床時代でも学生に対してもよく話す言葉は、「担当の対象者の方を自分の大切な人と思って対応しましょう」です。自分の家族だとしたら、同じ言葉遣い、同じ対応、同じ介入をするのか?私はいつも「Yes」と答えられる姿勢で臨床に関わろうとしています。
そのために自分に足りないものがあれば学ぶ。必要な環境がなければ、自分たちでつくる。そして、得られた知識や経験を自分だけのものにせず、仲間や次の世代へ渡し、自分たちの悩みや障害が少しでも少なくなり、ステップアップする時間が短くなれば本望です。
新人時代の私は、「作業療法士とは何をする仕事なのか」と悩みましたが、今はある程度答えられる自負があります。それが誇りを持つことなのかもしれません。
ただ、それは私自身の歩みだけでなく、対象者の方、ご教授いただいた先生、先輩、仲間たちがいてくださったからです。
一方で、20年以上経った今も、その問いに完全な答えが出たとは思っていません。専門職に完成はありませんし、おそらく変化し続けるのでしょう。
だからこそ問い続け、学び続け、行動し続ける。
そして、目の前の一人から、組織へ、教育へ、社会へと、その成果を広げていく。その過程も私にとっては、「仕事に誇りを持つ」の一部なのだと思います。

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