
医療現場で働く中で、「この課題は現場だけでは解決できないのではないか」と感じたことはないでしょうか?
消防機関の救急救命士として勤務していた筆者は、重症患者対応やCOVID-19流行下の救急逼迫を経験する中で、臨床現場だけでは救えない命がある現実を痛感しました。
どれだけ目の前の患者に最善を尽くしても、制度、政策、医療体制によって救命の限界は左右される——その現実が、筆者に公衆衛生を学ぶ必要性を突きつけました。
救急救命士、JICA海外協力隊、そして被災当事者。
異なる立場から災害と向き合う中で、「支援する側」と「支援を必要とする側」の両方を経験したことが、災害医療をより深く学びたいという思いを決定的なものにし、東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻への進学を決意しました。
「このままでいいのだろうか」とキャリアに悩んでいる方へ。
私自身、最初から大学院進学を目指していたわけではありません。迷いながらも、その時々で挑戦を重ねる中で、これまで見えなかった景色や新しい問いに出会ってきました。
本記事では、さまざまな経験を通して、東北大MPHという選択肢にたどり着くまでの過程をお伝えします。
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海外在住のまま、公衆衛生大学院受験を考えている方
社会人経験を経て、大学院進学に興味を持ち始めた方
研究や公衆衛生の世界に一歩踏み出したい救急救命士の方
「なぜ今、公衆衛生を学ぶのか」を考えるための視点
東北大学MPH(海外在住者対象特別選抜)のリアルな受験プロセス
限られた環境でも受験準備を進めるための工夫
vol.45:【青森県立保健大学MPH】離島の内科医、公衆衛生を志す:「持続可能な地域医療」を追い求め
vol.16:【東北大学MPH受験】被災地域の保健師からアカデミアへ
vol.14:【神奈川県立保健福祉大学MPH受験】行動変容を支援する産業医の視点
vol.9:【北大MPH受験】主観と客観のジレンマを抜けて:MPHを通じた知と視点のアップデート - vol.9
vol.4:【長崎大学MPH受験】JICA協力隊から国際協力業界の実務者へ:国際保健への真なる貢献を目指して - vol.4
vol.8:【ジョンズホプキンスMPH受験】臨床と家庭の両立と断念した現地留学:オンライン海外MPHが拓く選択肢 - vol.8
氏名:干場 圭
所属: 東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻修士課程 災害医療国際協力学分野
自己紹介:救急救命士。大学で救急救命士の資格を取得後、消防機関に入職。消火活動を行う消防隊も経験しながら、主に救急救命士として救急患者対応や災害支援活動に従事した。その後、JICA海外協力隊として2年間、バヌアツ共和国の教育省災害リスクマネジメント課に派遣され、防災・災害対策分野で活動。現地では、国家防災計画の策定や学校を対象とした防災教育に取り組んだ。2026年2月に帰国し、同年4月より東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻修士課程に進学。
現在は、東日本大震災における避難形態と初回医療介入の関連や、エボラウイルス感染症の拡大抑制に向けたAgent-based Modeling(ABM)の開発・活用をテーマに研究を進めており、論文化を目指している。
氏名:菊池祐介
所属:mMEDICI株式会社
専門性:作業療法学修士。首都大学東京(現東京都立大学)・東京都立大学大学院を卒業後、病院勤務を経て専門学校・私立大学にて作業療法教育、地域共生社会の醸成に向けたリハビリテーション専門職の支援に関する研究に従事。現在は心身の健康とその人らしさの実現に向け、保険内外でのクライアント支援を展開している。作業療法の社会的意義向上を信念に、mMEDICI株式会社に参画。
氏名:廣瀬直紀
所属:mMEDICI株式会社
専門性:保健学博士・公衆衛生学修士。東京大学・東京大学大学院を卒業後、外資系製薬企業の疫学専門家として薬剤疫学・リアルワールドデータ研究を専門とする。日本・グローバルの双方で活動したのちに、全ての人がアクセス可能な一流の知のプラットフォームを作り、「知に繁栄を、辺野に豊穣を」実現すべく、mMEDICI株式会社を創業。
学部時代の私は、「大学院進学なんて、自分には縁のない世界だ」と思っていました。
大学では救急救命士養成課程に進学しましたが、もともと強い志があったわけではありません。「何か人のためになる仕事ができたらいいな」という、どこか漠然とした思いで進路を選んでいました。
大学生活もごく平凡で、公務員試験(消防)と国家試験に合格し、無事に就職して、しっかり仕事ができればそれで十分。大学院進学など1%も考えていませんでした。
むしろ、大学院に進む人は、頭が良いか、研究が好きでたまらない人たちなのだろう、と感じていました。
そんな自分の価値観が大きく変わったのは、消防機関に就職して2年目、救急救命士として本格的に医療現場に立つようになってからです。
救急医療の現場は重症患者対応だけでなく、高齢化による救急需要の増加、精神疾患や自殺企図による搬送、慢性疾患の急性増悪など、現代社会が抱える課題が、そのまま救急現場に流れ込んできます。
さらに、その年からCOVID-19の流行が始まりました。当時は、ウイルスに関する知見も十分ではなく、医療体制も手探りの状態でした。それでも救急隊は最前線で対応し続けなければなりません。
実際に、搬送先を探して医療機関へ何度も受け入れを打診しても、なかなか搬送先が決まらないことがあり、時には、県内の二次・三次救急病院全てから受け入れ困難と応需されることもありました。
「平時であれば救えたかもしれない命が、COVID-19によって救えない」その現実に強い違和感を覚えました。どれだけ現場で最善を尽くしても、それだけでは救えない命がある。
救命の限界は、現場の技術だけではなく、制度設計そのものによって大きく左右されるのではないか。
「なぜ必要な医療や支援が、届く人と届かない人がいるのだろうか」。
支援そのものが存在していても、それが必要な人へ、必要なタイミングで届くとは限らない。臨床だけでなく、その背景にある仕組みそのものを見直すことで、救える命を増やせるのではないか——そう考えるようになりました。
経験だけでは見えないものを学ぶ必要がある——そう強く感じるようになり、初めて公衆衛生、そしてMPH進学という選択肢が自分の中で現実味を帯び始めました。
ただ、この時点では、まだMPH受験を具体的に考えていたわけではありませんでした。その後、大学院進学を決定づける、もう一つの大きな出来事を経験します。
救急現場で感じた違和感をきっかけに変わり始めた人生の方向性は、JICA海外協力隊という選択によって、さらに大きく動いていくことになります。
東北大MPHを目指す前に、私が次に選んだのはJICA海外協力隊という道でした。
なぜこのタイミングで挑戦したのか。それは、挑戦できる環境がいつまでも続くとは限らないと、コロナ禍で痛感していたからです。
実際、コロナ禍では海外協力隊事業そのものが停止し、派遣後すぐに帰国を余儀なくされた隊員も数多くいました。
だからこそ、挑戦できるチャンスがあるうちに一歩踏み出したいと思いました。そして幸運にも合格し、私は南太平洋にある島嶼国、バヌアツ共和国へ2年間派遣されることになりました。
現地では、防災・災害対策分野で活動し、日本とは異なる文化、価値観、行政システムの中で仕事をする日々は、想像以上に刺激的で、自分の視野を大きく広げてくれました。
赴任して約10か月。環境にも少しずつ慣れてきた頃、MPH受験を決定づける大きな出来事が起こります。
私が住んでいた首都ポートビラを、マグニチュード7.3の地震が襲いました。
これまで経験したことのない揺れで、まさか海外で、自分が被災者の立場になるとは思いもしませんでした。近くの建物は倒壊し、生き埋めとなって亡くなった方もいました。
人口約30万人の小さな島国にとって、この被害は決して小さなものではありませんでした。
それまで私は、救急救命士として災害を「対応する側」の視点から見ていました。どう救命するか、どう医療を届けるか、どう被害を最小限に抑えるか——考える中心には常に支援者としての視点がありました。
しかし、自ら被災したことで、災害の見え方は大きく変わります。被災直後は、何が起きているのか正確な情報が入らない。必要な支援がどこにあり、それがいつ届くのかも分からない。
その時初めて気づきました。必要な支援が存在することと、それが必要な人に届くことは、まったく別の問題なのだと。
災害時に重要なのは、支援の量だけではありません。誰に、いつ、どのように届けるのか。その仕組みこそが、人々の生死や健康を大きく左右するのだと、自分自身の経験を通して痛感しました。
この経験を通して、私の中にあった問いは、より明確なものになっていきました。
災害時に、なぜ必要な支援が届く人と届かない人がいるのか。災害によって生まれる健康課題や支援の課題を、感覚ではなく研究として明らかにしたいと思うようになりました。
地震後、多くのバヌアツ人から「日本でも昔、大きな地震があっただろう?」と聞かれました。
彼らが話していたのは、東日本大震災のことです。テレビや新聞が身近ではない地域でも、東日本大震災を知っている人がこれほど多い。
その事実から、この災害が世界に与えた影響の大きさを改めて実感しました。
これほど世界に影響を与えた災害を、もっと深く研究したい。
その知見と実践の蓄積を最も持っているのが、東北大学でした。被災地だからこそ残る災害診療記録、復興のプロセス、災害医療の知見——この環境でこそ、自分が向き合いたい問いを深く追究できる。そう確信し、東北大学MPHへの進学を決意しました。
受験当時、私はJICA海外協力隊の任期中で、バヌアツ共和国在住であったため、海外在住者対象特別選抜という試験方法を選択しました。
この試験方式では、出願から合格発表まで全てオンラインで完結します。
本邦へ帰国する必要がなかったため、JICA海外協力隊の活動を継続したまま受験できたことは、大きなメリットでした。
また、任期中に受験を終えられたことで、帰国後すぐに大学院へ進学することができ、キャリアの時間的ギャップを最小限に抑えることができました。
研究室訪問についても、日本国外にいたため、教授のご厚意でオンライン対応をしていただきました。
出願締切から遡ること4か月前の3月にアポイントを取り、自分が取り組みたい研究内容や、研究室でどのような学びが得られるのかを相談しました。
この時に意識していたのは、単なる挨拶で終わらせないことです。
入学後にどのような研究をしたいのか、そのために今から何を準備できるのかを具体的にイメージするようにしていました。
実際、私は担当教授から、World Health Organization(WHO)が出版している災害・健康危機管理分野の研究手法に関するガイドライン、「WHO guidance on research methods for health emergency and disaster risk management」 を紹介していただきました。
このガイドラインでは、災害研究における研究デザイン、データ収集、倫理的配慮、エビデンス創出の考え方などが体系的に整理されています。

当時の私は、「災害医療を研究したい」という思いはあっても、研究とは何をするものなのか、正直まだ明確にイメージできていませんでした。
ところが、このガイドラインを読むことで、災害研究ではどのような問いを立て、どのようにデータを扱い、研究成果を社会実装につなげるのかという全体像が少しずつ見えるようになりました。
研究室訪問では、研究テーマそのものだけでなく、参考文献やキーワードを積極的に聞くことをおすすめします。入学後の解像度が一気に上がり、研究計画や志望動機にもつながりやすくなるからです。
書類等審査には、志望動機書、英語のスコアシート、口頭試問が必要でした。
特に苦労したのが、英語スコアシートの準備です。
提出可能な試験は、TOEIC、TOEFL iBT 、TOEFL Home Edition 、IELTS 、Duolingo English Testなど複数ありましたが、海外受験ならではの問題がありました。
私が滞在していたバヌアツ共和国では、TOEICやTOEFLの試験会場がありません。IELTSは年1回開催でしたが、事務局に問い合わせたところ、現地学生で定員が埋まると外国籍受験者は受験できない可能性があると言われました。
またJICAの規定上、本邦帰国には一定の条件があり、受験期に自由に帰国することは難しい状況で、「そもそも英語スコアをどう準備するか」これが最初の大きな壁でした。
幸い、オンライン受験可能なTOEFL Home EditionとDuolingo English Testがあることを知り、費用面も考慮してDuolingo English Testを選択しました。
もともと私は英語が得意ではなく、JICA派遣前の語学研修では一番下のクラスでした。しかし、現地では英語と現地語で生活し、仕事を進めなければなりません。
苦手だからといって避ける、という選択肢はありませんでした。赴任中も、平日・休日を問わず少しずつ学習を続け、意識的に英語を使う機会を増やしました。
また、現地の方だけでなく、オーストラリアやニュージーランド出身のネイティブと話す機会も数多くありました。
そこで感じたのは、英語は「上手に話すこと」よりも、「伝えようとして話し続けること」が大切だということです。
文法が間違っていても、発音が完璧でなくても、まず話してみる。その積み重ねが、実際に使える英語力につながるのだと実感しました。
今では、以前のような苦手意識はなくなり、現在は修士論文を英語で執筆できるレベルを目指して学習を継続しています。
書類選考後には、教授との口頭試問がありました。志望動機書に書いた研究内容について、その研究課題の重要性や社会的意義、研究で何を明らかにしたいのかを中心に、約30分間オンラインで質疑応答が行われました。
筆記試験は、制限時間内に小論文を作成する形式でした。
内容は、公衆衛生や疫学の専門知識を細かく問うものではなく、人々の健康意識の課題や、DXと健康課題の関係など、社会背景に即したテーマが中心でした。
そのため、特別な参考書を使った対策はしていません。私が意識したのは、時間内に最後まで書き切ることと、テーマに対して自分の経験を交えて論じることの2点です。
特に「社会背景に即したテーマ」に対しては、公衆衛生的な思考フレームワーク(例:社会決定要因の視点など)を適用して論理を展開するという「暗黙知の言語化」を心がけ、自分がこれまで経験してきた救急医療、災害対応、国際協力の現場から考えられる課題を整理して臨みました。
小論文では、知識量だけでなく、自分の経験をどれだけ論理的に言語化できるかも重要だと感じました。
なお、東北大学MPHには、日本在住者向けの一般選抜(対面)もあります。試験内容自体は海外在住者対象特別選抜と変わらないため、一般選抜を受験予定の方も参考になると思います。
受験期にまず苦労したのは、情報収集でした。
大前提として、海外にいたことで、文献や書籍を手軽に入手することができず、もちろん日本の受験対策本をバヌアツ共和国で借りることもできない環境でした。
そんな中で頼りになったのは、近くにいた修士号を持つ協力隊員やJICA専門家の方々で、大学院で学ぶことのメリットや、自分が学びたい分野との親和性について相談することはできました。
一方で、前職や出身大学の教授にも公衆衛生修士号を持つ方はおらず、MPH受験に関する具体的な情報を集めるには非常に苦労しました。
その中で、大きな支えになったのはmMEDICI Libraryでした。
過去の受験者の経験が“生きたアーカイブ”として蓄積されており、受験記を読むことで、限られた情報の中でも「何を準備すべきか」「どのような視点が必要か」を具体的にイメージすることができました。
もう一つの大きな壁は、JICA海外協力隊としての活動と受験準備の両立でした。
時には電波のつながらない離島への出張もあり、平日は活動に追われる日々で、研究計画や英語の勉強に十分な時間を取れないこともありました。
さらに、日本と比べてインフラが十分ではなく、停電や断水も当たり前のように起こる環境下で受験準備を進めていました。(実際、英語スコア試験中に停電が発生し、そのまま復旧しないまま試験が終了し、受験料が無駄になったこともあります)。
加えて、どこからか入り込んだヤモリが膝の上に乗ったまま筆記試験を受けたり、隣人の騒音対策として、「人生で最も大事な試験があるから(大げさですが)、明日○○時は外に出かけてほしい」と事前にお願いしたりと、日本で受験するのとはまったく異なる環境でした。
ここまでくると、逆に腹を括るしかありませんでした。
公衆衛生を学ぶ価値は、単に知識やスキルを増やすことだけではないと思っています。
自分がこれまでの経験の中で感じてきた違和感や問いを、研究という形で深く掘り下げられることに、大きな意味があります。
私自身、当時は点だと思っていた経験が、今振り返ると、現在の研究や問題意識へとつながっていました。どんな経験も、見方を変えれば自分だけの強みになり得るはずです。
もし今、「自分にMPHなんて無理かもしれない」と感じていたとしても、最初から明確な研究テーマや完璧なキャリアプランを持っている必要はありません。
大切なのは、自分の中にある小さな問いを見逃さないことです。この記事が、あなた自身の問いと向き合うきっかけになれば嬉しいです。

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vol.45:【青森県立保健大学MPH】離島の内科医、公衆衛生を志す:「持続可能な地域医療」を追い求め
vol.16:【東北大学MPH受験】被災地域の保健師からアカデミアへ
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