
内資系CROで4年間の統計解析業務を経験したのち、現在は外資系製薬会社で生物統計家(Statistician)として働いているtomokichiです。
この記事では、企業で働く生物統計家(バイオスタティスティシャン)の年収について、以下の疑問に答えながら徹底的に解説していきたいと思います。
「企業の生物統計家って、実際のところどれくらい稼げるんだろう?」
「今、どうしてこんなに生物統計家の年収が高騰しているの?」
「業界によって年収にどのような違いがあるのだろう?」
「さらに年収を上げていくためには、一体どうすればいいのか?」
この記事では、今なぜ企業で生物統計家の年収が高騰しているのかという背景から、製薬・CRO・医療データベース・スタートアップといった「業界ごとの具体的な年収相場と特徴」を取り上げます。
そして「年収を左右する4つの要因と転職時の考え方」までを余すことなく網羅しました。
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生物統計家が活躍できる業界・職場の選択肢
業界別の年収相場とキャリアステージによる違い
年収を左右する4つの要因と転職時の考え方
vol.1:疫学専門家の年収とは?! - 専門家が業界別に解説
vol.1:生物統計家職の年収とは?!:専門家が業界別に解説
氏名:tomokichi
所属:外資系製薬会社 生物統計家
専門性:大学・大学院で統計学を専攻し、臨床試験に用いられる統計手法を研究。大学院修了後は内資系CROに入社し、4年間にわたり臨床試験の統計解析業務に従事する。その後、外資系製薬会社にStatistician(生物統計家)として転職し、現在は臨床試験のデザイン・解析計画の立案から解析結果の報告まで、医薬品開発の統計業務を幅広く担当。統計検定1級を保持。ブログ「生物統計家への道」(https://biostat4869.com)を運営し、生物統計学を学ぶ学生や製薬業界を目指す社会人に向けて、統計手法やキャリアに関する情報を発信している。プライベートでは一児の父。趣味は筋トレと温泉巡り。
医薬品の承認を得るためには、臨床試験で有効性と安全性を科学的に示す必要があります。その科学的な根拠を数字で支えるのが、生物統計家です。
近年、臨床試験のデザインは急速に高度化しています。代表的なのが、国際的なガイドラインであるICH E9(R1)で導入された「estimand(エスティマンド)」という考え方です(ICH 2019)。
ICH. E9(R1): Addendum on Estimands and Sensitivity Analysis in Clinical Trials to the Guideline on Statistical Principles for Clinical Trials. 2019.
estimandとは、「その試験で何を推定したいのか」を厳密に定義する枠組みのことです。この枠組みの登場により、生物統計家の仕事は「集まったデータを解析すること」だけではなくなりました。
試験の計画段階から、臨床チームや規制当局と議論しながら開発戦略を作り上げる、パートナーとしての役割が求められるようになったのです。
さらに、途中でデザインを変更できるアダプティブデザインや、ベイズ流の手法を活用した試験も増えています。こうした高度な統計手法を使いこなし、かつ臨床チームに分かりやすく説明できる人材の価値は、年々高まっています。
もう一つの大きな流れが、リアルワールドデータ(RWD)の活用です。
RWDとは、レセプト(診療報酬明細書)や電子カルテなど、日常診療から得られるデータのことです。そこから得られるエビデンスは、リアルワールドエビデンス(RWE)と呼ばれます。
日本でも規制が整備され、2018年に施行された改正GPSP省令により、製造販売後の調査に医療情報データベースを活用する道が正式に開かれました(厚生労働省. 医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令の一部を改正する省令. 2017.)。
承認申請へのRWD活用の議論も進んでおり、従来の臨床試験に加えて、観察研究のデータを適切に扱える統計人材の活躍の場が急速に広がっています。
RWDの解析では、交絡(比較したいグループ間の背景の偏り)への対処など、ランダム化された臨床試験とは異なる統計的な工夫が求められます。だからこそ、両方を理解している生物統計家の市場価値が高くなっているのです。
需要が高まる一方で、生物統計家の供給は追いついていません。日本国内で生物統計学を体系的に学べる大学院は限られており、毎年輩出される人材はごくわずかです。
この人材不足は国も問題視しており、AMED(日本医療研究開発機構)の支援のもと、大学に生物統計家育成のための専門コースが設置されるなど、産官学を挙げた取り組みが進められてきました(国立研究開発法人日本医療研究開発機構. 生物統計家育成支援事業. 2016.)。
それでも、製薬企業・CRO・アカデミアの間では、限られた人材の獲得競争が続いているのが実情です。
実際に転職市場では、統計解析の実務経験者は好条件で迎えられる傾向が続いています。
「需要の増加と供給の不足」というこのシンプルな構図が、生物統計家の年収を押し上げている最大の理由です。

業界タイプ | 若手・初期年収目安 | 課長(マネージャー)クラス | 部長クラス以上 | 特徴・インセンティブ |
外資系製薬企業 | 600万〜800万円 | 1,200万〜1,500万円 | 2,000万以上 | 成果主義。ボーナス・株式報酬の比率が大きい |
内資系製薬企業 | 500万〜700万円 | 800万〜1,000万円 | 1,500万円前後 | 雇用が安定。住宅補助・退職金など福利厚生が手厚い |
CRO | 400万〜600万円 | 800万〜1,000万円 | 1,200万〜1,500万円 | 未経験でも門戸が広い。多様な案件を経験できる |
データベース事業者・RWE関連企業 | 500〜700万円 | 800〜1,000万円 | 1,000〜1,200万円 | 成長領域。データサイエンスのスキルも磨ける |
ヘルスケアスタートアップ企業 | 400〜600万円 | 600〜800万円 | 1,000万円前後 | ストックオプション。裁量が大きい |
(比較参考)アカデミア | 400〜700万円(助教) | 700〜900万円(准教授) | 900〜1,200万円(教授) | 研究の自由度。医師主導治験への貢献 |
(比較参考)規制当局(PMDA) | 450〜650万円 | 800万円前後 | 1,000万円前後 | 審査側の経験は希少価値が高い |
※筆者の経験および公開されている求人情報に基づく目安です。企業規模や個人の経験により変動します。
生物統計家の年収が最も高いのが、外資系製薬企業です。若手でも600万円以上からスタートし、統計部門のマネージャーになると1,200万円を超えることも珍しくありません。
外資系の特徴は、ジョブ型雇用と成果主義です。職務内容が明確に定義され、その専門性に対して報酬が支払われます。
グローバル試験の統計担当として、海外の統計家やメディカルチームと日常的に英語で協働するのが標準的な働き方です。報酬は基本給に加えて、業績連動ボーナスや株式報酬が上乗せされる企業が多くあります。
昇進すれば報酬は大きく伸びますが、ポジションと成果への期待も明確です。
高い専門性と英語力を武器に、実力で評価されたい方に向いている環境といえます。
内資系製薬企業は、外資系に比べると額面の年収はやや落ち着きますが、雇用の安定性と福利厚生の手厚さが魅力です。住宅補助や退職金制度まで含めた「実質的な待遇」で考えると、額面の差ほどの開きはないケースもあります。
内資系で働く大きなメリットは、承認申請業務に深く関われることです。
PMDAとの対面助言(治験相談)への対応や承認申請資料の作成など、日本の薬事制度に沿った統計業務をひと通り経験できます。この「申請を通した経験」は、生物統計家のキャリア全体で大きな武器になります。
近年は内資系でもジョブ型雇用への移行や、専門職の年収レンジの見直しが進んでおり、統計専門職の処遇は改善傾向にあります。
腰を据えて日本の医薬品開発に関わりたい方に向いている環境です。
CROは、製薬企業から臨床試験の業務を受託する企業です。生物統計家のキャリアの入り口として、最も門戸が広い職場といえます。
年収水準は製薬企業よりやや低めですが、CROには他にない強みがあります。それは、多様な疾患領域・多様な試験デザインの案件を、短期間で数多く経験できることです。
がん、循環器、中枢神経など、複数の領域の解析を数年で経験できる環境は、製薬企業ではなかなか得られません。
教育体制が整っている企業も多く、未経験からSASプログラマーとしてスタートし、統計解析担当へステップアップするキャリアパスも一般的です。私自身も、内資系CROで4年間経験を積んでから外資系製薬企業へ転職しました。
CROで実務経験を積んでから製薬企業へ移り、年収を大きく上げるルートは、この業界の王道の一つです。
レセプトや健診データなどの医療ビッグデータを保有・提供する企業や、RWE研究を受託・支援する企業が、この10年で急成長しており、生物統計家にとって、比較的新しい選択肢です。
年収水準は内資系製薬企業と同程度ですが、急成長中の領域だけに、昇給やマネジメントポジション獲得のチャンスが多いのが特徴です。組織が若いため、実力次第で早くから重要な役割を任されます。
業務では、観察研究のデザインや交絡調整の手法など、疫学と生物統計の両方の知識を活かせます。データサイエンティストと協働する機会も多く、機械学習やプログラミングのスキルを広げたい方にも向いています。
「臨床試験の統計」から「医療データ全般の統計」へ、専門性の幅を広げられる環境です。
治療用アプリ、AI診断、分散型臨床試験(DCT)の支援など、ヘルスケア領域のスタートアップでも統計人材の採用が増えています。
額面の年収は他の業界より低めですが、ストックオプション(自社株を将来決められた価格で買える権利)が付与されることが多く、事業が成長すれば大きなリターンの可能性があります。
また、「一人目の統計家」として、エビデンス戦略の設計を丸ごと任されるような裁量の大きさも魅力です。自分の統計的な判断が、そのまま会社の意思決定になるスピード感は、大企業では味わえません。
一方で、教育体制や統計業務の標準手順は「使う側」ではなく「作る側」になります。ある程度経験を積んだ中堅以降の統計家に向いた選択肢といえるでしょう。
企業と比較するために、それ以外の主な選択肢にも触れておきます。大学や研究機関の教員・生物統計部門スタッフは、国立大学の給与規程に準拠することが多く、年収は同年代の企業勤務者より低めです。
ただし、自分の研究テーマを追究できる自由度や、医師主導治験・臨床研究を統計面から支える社会的意義は、アカデミアならではのやりがいです。博士号を取得しながら実務経験を積める環境でもあります。
PMDA(医薬品医療機器総合機構)では、新薬審査を担当する統計担当審査専門員として働く道があります。年収は公的機関の水準ですが、「審査する側」の経験は極めて希少価値が高く、その後企業に移った場合に大きな強みになります。
実際、PMDA出身の生物統計家は転職市場で高く評価されています。

同じ業界でも、年収には個人差があります。生物統計家の市場価値を左右する主な要因は、次の4つです。
生物統計家の求人の多くは、統計学・生物統計学関連の修士号以上を条件としています。外資系企業やアカデミアでは、博士号が処遇に反映されやすい傾向があります。
ただし企業では、修士卒でも実務経験を積めば十分に高い評価を得られます。
承認申請を統計担当としてリードした経験は、転職市場で最も高く評価されます。規制当局対応やRWE研究の経験も、希少性の高いスキルです。
後期開発(第III相試験)や国際共同治験の経験は、評価が高くなりやすい要素です。おおむね実務5年前後で、転職市場での選択肢が一気に広がる実感があります。
外資系はもちろん、内資系でも国際共同治験の増加により英語力の重要性が増しています。英語で統計の議論ができるかどうかで、応募できる求人の幅が大きく変わります。
なお、統計検定などの資格は、それ自体が年収に直結するわけではありません。ただし、統計理論の体系的な理解を客観的に示す材料として、キャリアの初期には有効なアピールになります。
最後に、転職を検討する際の考え方を三つお伝えします。
一つ目は、現在の年収ではなく「市場価値」を基準にすることです。
生物統計家は人材不足の売り手市場です。現職の給与テーブルに縛られず、複数の求人・オファーを比較して自分の相場を確かめることをおすすめします。
二つ目は、段階的なキャリアアップを視野に入れることです。
たとえばCROで経験を積んでから製薬企業へ移る、内資系で申請経験を積んでから外資系に挑戦する、といった二段階の戦略は王道です。一時的に年収が下がる転職でも、数年後にそれを大きく上回るケースは珍しくありません。
三つ目は、年収以外の条件も含めて総合的に判断することです。
福利厚生、リモートワークの可否、身につくスキル、裁量の大きさ。同じ「年収700万円」でも、その中身は業界によってまったく異なります。次回以降で解説する労働環境やスキルの視点も、ぜひ判断材料に加えてください。
生物統計家の年収相場を、業界別に解説しました。需要の高まりを背景に、生物統計家の年収水準は全体として上昇傾向にあります。
ただし、年収は職場選びの一つの要素にすぎません。働き方や身につくスキルは、業界によって年収以上に大きく異なります。大切なのは、自分がどのような環境で、どのような専門性を伸ばしていきたいかを見極めることです。
その上で年収を判断材料の一つに加えれば、転職後のミスマッチはぐっと少なくなります。
次回のvol.2では「労働環境 企業とアカデミアの違い」を、vol.3では「スキル 企業とアカデミアの違い」を解説します。
本シリーズの疫学専門家ver.とあわせて、転職を考え始めた方が自分に合った職場を見つけるための判断材料をお届けしていきます。
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