2026.8.5

【熱狂せよ、パブリックヘルス】科学の力で「働き方」を変える:元官僚の社会疫学者の挑戦 - vol.10

筆者の佐藤豪竜先生は1歳の時、父を過労死で失いました。その後、17年に及んだ労災認定をめぐる国との裁判を原点に、「過労死のない社会」をつくるため、"親の仇"のように見えた厚生労働省に入省しました。

しかし、そこで自らも長時間労働の渦中に置かれることになりました。

やがてハーバード大学で「社会疫学」と出会い、法律をつくる官僚から、社会を変える科学的根拠をつくる研究者へと転身しました。

父の死から問い続けてきた「労働と健康」の関係。大切にしたいものをすり減らさずに生きるにはどうすればよいのか。

官僚として現場を見て、研究者としてデータを見てきた経験を通じて辿り着いた集大成を、書籍「働き方の科学」にして社会に届けるまでの軌跡を記しました。

熱狂せよ、パブリックヘルス

本シリーズは、パブリックヘルスの領域で活躍するプロフェッショナルが初学者に向けて自らの専門性を語る自伝シリーズです。その専門性に出会った原点や、挫折の先に見つけた希望、そして今も燃やし続けている信念について、熱量を込めて語り尽くします。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 父の過労死を原点に、厚生労働省の官僚から社会疫学者へ転身するまでの歩み

  • 健康問題を個人の責任ではなく、職場や制度などの社会環境から捉える「社会疫学」の視点

  • 働き方の俗説をエビデンスで検証し、その知見を社会へ還元する意義

この記事は誰に向けて書いているか

  • 職場の健康に関わりがある産業医、保健師、人事担当者

  • 社会疫学や医療経済学に関心のある学生、医療者、若手研究者

  • 自らの原体験や問題意識を、仕事や研究につなげたい方

熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ

  • vol.1:RWDのおかげで親に仕送りできるようになりました(mMEDICI株式会社/廣瀬直紀)

  • vol.2:女性の健康における社会課題へ挑み続ける(産婦人科専門医/重見大介)

  • vol.3:医療や看護の価値をデータで語れるように(東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 看護管理学/森田光治良)

  • vol.4:全ての人を笑顔にするために - 医師が発信すべき理由、私の挑戦(京都大学消化管外科/山本健人)

  • vol.5:科学と感情のあいだで - 誤情報と偏見を越えるために(ハーバード大学医学部准教授・マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長/小児精神科医/内田舞)

  • vol.6:パブリックヘルスで「事業と社会の越境者」になる(Ubie株式会社 Head of Public Relations、Impact Officer/守屋祐一郎)

  • vol.7:エビデンスの向こう側に、患者さんの笑顔がある(ケンブリッジ大学臨床研究フェロー/内田梨沙)

  • vol.8:研究者の問いを支える - 生物統計家という仕事(長崎大学病院臨床研究センター/生物統計家/佐藤俊太朗)

  • vol.9:エビデンス原理主義者の戯言 - そう言われた医学生がエビデンスにこだわり創る側へ(東京大学大学院医学系研究科/精神科医/古川由己)

  • vol.10:科学の力で「働き方」を変える - 元官僚の社会疫学者の挑戦(慶應義塾大学総合政策学部/社会疫学者・医療経済学者/佐藤豪竜)(本記事)

執筆者の紹介

氏名:佐藤 豪竜
所属:慶應義塾大学総合政策学部
専門性:経済学博士、公衆衛生学修士。専門は社会疫学・医療経済学。1986年生まれ、北海道札幌市出身。東京大学経済学部を卒業後、厚生労働省に入省。職業安定局、保険局、総理大臣官邸、老健局等で労働政策・社会保障政策の企画立案に携わる。ハーバード大学公衆衛生大学院、早稲田大学大学院を修了。京都大学を経て、現職。

著書:
働き方の科学 エビデンスが明かす「健康」も「生産性」も手に入れる方法

働き方の科学 エビデンスが明かす「健康」も「生産性」も手に入れる方法

本記事の著者から学ぶウェビナー紹介|元厚労省官僚の研究者が教える 働く人のための「いちばん幸せな24時間の使い方」

元厚労省官僚の研究者が教える 働く人のための「いちばん幸せな24時間の使い方」
仕事、睡眠、運動、休息。

限られた24時間を、私たちはどのように使えば健康や仕事のパフォーマンス、そして人生の幸福につなげられるのでしょうか。

元厚労省官僚であり、医療経済学・社会疫学を専門とする佐藤豪竜先生が、経済学の「グロスマン・モデル」を手がかりに、日々の時間の使い方を考えます。

“なんとなく忙しい毎日”を見直し、自分にとってよりよい24時間のあり方を考える講座です。

1987年7月9日の夕方、30歳だった父は、東京の病院の受付で倒れました。自分の名前を伝えようと「サ、サ……」と声を絞り出したのが、最期の言葉でした。

父は、私が1歳の時に過労死しました

あまりに早く亡くなってしまったため、私には父の記憶がありません。この写真は、私と父が一緒に写った数少ないものの一つです。それでも、記憶にない父の死は、私の進路を決め、今も研究を続ける理由になっています

父が一緒に写った数少ない写真

1.はじめに

佐藤 豪竜(さとう こうりゅう)と申します。私は研究者になる前、厚生労働省で12年間、労働政策や社会保障政策の立案に携わってきました。首相官邸で政治家の秘書官を務めたこともあります。

国家公務員には労働基準法が適用されません。まるでブラック企業のような働き方から「ブラック霞が関」と呼ばれる世界の中で、長時間労働が当たり前の毎日を過ごしてきました。

その後、ハーバード大学への留学をきっかけに研究の面白さに目覚め、学術論文を執筆しながら大学教員へと転身しました。現在は慶應義塾大学で、「社会疫学」と「医療経済学」を専門に、社会環境が人々の健康や幸福にどのような影響を及ぼすのかをデータで分析しています。

官僚として現場を見てきた経験と、研究者としてデータを見てきた経験。その両方を通じて、私が一貫して問い続けてきたテーマが、「労働と健康」の関係です。

2.17年かかった「過労死」の証明

父は一級建築士でした。北海道内や東京、埼玉の建設現場を転々とし、単身赴任先では、初めて会う下請け業者をほぼ一人で監督していました。多い月には、残業が150時間を超えていました。私が生まれた日も、父は仕事で母を見舞うことができませんでした。

父にはもともと気管支喘息の持病がありました。長時間労働と劣悪な宿舎の環境の中で症状が悪化し、致命的な発作を起こして心不全で亡くなりました。

母は、父の死は仕事によるものだとして、労災認定を求めました。しかし、国はこれを認めませんでした。当時は「過労死」という言葉がようやく知られ始めた頃です。持病があった父について、仕事と死の因果関係を証明することは簡単ではありませんでした。

弁護士から勧められて、母は裁判を起こしました。写真は、厚生労働省前で訴える母の姿です。

厚生労働省前で訴える母の姿

東京地裁で勝訴したのは、父が亡くなってから15年後でした。裁判の過程では、会社が父の勤務報告を書き換え、実際より短い残業時間を申告していたことも明らかになりました。それでも国は控訴しようとしました。

当時高校1年生だった私は、母と弁護士と一緒に九段下の東京労働局を訪ねました。弁護士が、母は長い裁判で疲れ切っている、もう争うべき事実はないと訴え、控訴しないよう、対応した職員に求めてくれました。

しかし、労働局の職員から返ってきたのは、「私にできることは何もないので、お引き取りください」という冷たい一言でした。

今なら、その職員一人に組織の判断を変える権限がなかったことはわかります。私自身、後に官僚になり、行政組織の論理を知りました。

しかし、できることがないと伝えるにしても、目の前にいる人の痛みを想像した言葉は選べたはずです。あの声の冷たさは、20年以上たった今も、怒りとともに残っています

結局、母の訴えもむなしく、国は控訴しましたが、東京高裁でも勝訴することができました。判決が確定したとき、私は18歳になっていました。

父の死からすでに17年が過ぎていました

3.「親の仇」のように見えた厚生労働省へ

どうすれば、過労死をなくせるのか―――。

東京大学に進んだ私は、その問いを考え続けました。

弁護士になって一人ひとりを救う道もある。しかし、経済学部に進んだ自分には、別の役割があるかもしれない。大学2年生の時、法律や制度をつくる側に回ろうと決めました。目指したのは厚生労働省でした。

高校生の私には"親の仇"のように見えた役所で、自分が働くことになる。皮肉な選択です。それでも、「外から怒りをぶつけるだけでは変わらない。中に入り、ルールそのものを変えたい」と思いました

2009年に入省してからは、東日本大震災後の雇用対策、社会保障と税の一体改革、国民健康保険制度の改正などに携わりました。国民の暮らしを左右する政策をつくる仕事には、大きなやりがいがありました。志の高い上司や同僚にも恵まれました。

一方で、厚生労働省は霞が関でも特に長時間労働が多い職場でした。終電を逃し、タクシーで帰ることは珍しくありません。

法案をつくる時期には、「タコ部屋」と呼ばれる一角に若手職員が集められます。私も約4か月、土日も年末もほとんど休まず、条文を書き続けました。部屋には簡易ベッドが置かれ、コピー用紙の包装紙を詰めた袋を枕にして眠りました。

過労死をなくすために役所へ入った私が、長時間労働の渦中にいたのです

長時間労働の渦中に

当時は、矛盾しているとはあまり思いませんでした。重要な法案を成立させるために必要な仕事だと信じていましたし、仲間と一つのものを作り上げる高揚感もありました。

仕事に使命感や達成感があることと、その働き方が人の健康や生産性を損なうことは、時に両立してしまいます。むしろ、やりがいが大きい職場ほど、無理が正当化されやすいのかもしれません

この逆説は、後に私が「働き方」を研究するうえで、重要な問いになりました。

4.「社会疫学」という学問に出会う

私が「社会疫学」という学問に出会ったきっかけは、まったくの偶然です。厚生労働省からの派遣で海外留学の機会を得た私は、「とにかくハーバードで学びたい」と思っていました。大学3年生の時に旅行で訪れたハーバード大学のキャンパスがとても美しく、いつかここで学びたいという憧れの場所になっていたからです。

ハーバードの公共政策大学院のほかに、厚生労働省の仕事とも関係がありそうだからという理由で、公衆衛生大学院にも出願することにしました。医学の知識はほとんどなく、公衆衛生大学院が何を学ぶ場所かさえ、当時はよくわかっていませんでした。

大学院のウェブサイトを眺めていると、Social and Behavioral Sciencesという学部が目に入りました。公衆衛生なのに、なぜ「社会」を掲げているのだろう。調べるうちに、当時学部長であったイチロー・カワチ先生の「命の格差は止められるか」という本に出会いました。

社会疫学は、所得、教育、仕事、住環境、人とのつながり、政策といった社会のあり方が、人々の健康をどう形づくるかを研究する学問です。

病気になった人だけを見て、「もっと節制すべきだった」「早く受診すべきだった」と言うのは簡単です。しかし、その人に健康的な選択をする時間やお金があったのか。休める職場だったのか。相談できる人がいたのか。そもそも、選べる環境にいたのか。社会疫学は、個人の背後にある構造へと眼差しを向けます

「これが、自分のやりたかった学問だ」

そう思いました。

父の死は、持病を抱えた一人の労働者の不運として片づけることもできたでしょう。しかし、長時間労働、単身赴任、劣悪な住環境、勤務記録を正しく残さない会社、救済に長い時間を要した法制度が重なっていました。

社会疫学というレンズを通すと、父の死は個人の悲劇であると同時に、社会の仕組みが生んだ出来事として見えてきます

経済学部で学んだデータ分析を駆使して、健康を左右する社会の仕組みを明らかにする。過去の自分と、これからの自分が、そこで初めて一本につながりました。

5.法律をつくる仕事から、根拠をつくる仕事へ

2016年、私は晴れてハーバード公衆衛生大学院のMaster of Public Healthコースら合格をいただき、留学しました。指導にあたってくれたのは、私が社会疫学を知るきっかけとなったイチロー・カワチ先生です。

初めて英語で書いた論文をカワチ先生に送ると、原稿は真っ赤になって返ってきました。自分の文章は、ほとんど残っていませんでした。

世界的な研究者が、初学者の拙い原稿に時間や労力を使って熱心にアドバイスをくれたことを、非常にありがたく感じました。その論文は厳しい査読を経て、国際ジャーナルに掲載されました。初めて、自分がつくった知識が世界の誰かに届いた瞬間でした。

初めて、自分がつくった知識が世界の誰かに届いた瞬間

この時の経験が忘れられず、帰国して厚生労働省に戻った後も研究を続けました。

毎朝5時に起き、出勤前の7時から9時まで、職場近くのワーキングスペースで論文を書きました。月にすれば40時間以上です。「なぜそこまで努力できたのか」と聞かれることがありますが、私にとっては努力というより、ようやく見つけた「好きなこと」でした

一方、役所では「配属ガチャ」があるため、必ずしも留学で得た専門性を生かせる部署に行けるとは限りません。国際会議や政治家の視察の調整も、行政には欠かせない仕事です。それでも、人生の限られた時間を、社会と健康の関係を解き明かすことに使いたいという思いは、日ごとに強くなりました。

2021年、35歳で12年間勤めた厚生労働省を辞め、京都大学の助教になりました。博士号をまだ持たず、任期付きのポジションへの転身でした。年収は大幅に下がったうえ、留学費用の一部を国に返還しました。

「安定した職を離れるのは怖くなかった」と言えば嘘になります。幼い子どもを抱えながら、妻もよく認めてくれたものだと思います。それでも「好きなこと」を追い求めて、法律を直接つくる立場から、政策や職場の判断を支える「科学的根拠」をつくる立場へ移ろうと決めました。

その後、京都大学で研究をしながら早稲田大学で経済学博士を取得し、現在は慶應義塾大学で社会疫学と医療経済学を学生に教えています。研究者としては遠回りな経歴ですが、官僚として政府の内側を見た経験は、私しか持てない独自の視点を研究活動に与えてくれています。

※MPH(Master of Public Health/公衆衛生学修士):個々の患者の診療ではなく、社会全体の健康を守ることを目的とした学位。
詳細を知りたい方は、こちらより各大学のMPH受験記をご参照ください。

6.専門家の知を社会に還元する

研究者になってからも、私は「労働と健康」というテーマを追い続けています。博士論文のテーマは「引退が健康に与える影響」です。

「定年後も働き続けたほうが健康に良い」と考える人は多いでしょう。元気に働いている高齢者を見れば、そう思うのも自然です。けれども実は、「もともと元気だから定年後も働くことができる人」ばかりが目に入っているだけという「生存者バイアス」の落とし穴があります。

私の博士論文では、因果推論の手法を用いることで、もともとの健康状態の違いなどから生じる生存者バイアスに対処しました。すると、定年後も働き続けている人よりも定年で引退した人のほうが心疾患のリスクが低く、認知機能が高いという意外な結果が明らかになりました。

「引退すると老け込む」といった言説に限らず、ちまたにあふれる「働き方」論は、十分な根拠を欠いたものが少なくありません。

「在宅勤務は生産性が下がる」「若いうちにハードワークしないと将来伸び悩む」といったことを耳にしたことがある方も多いでしょう。

しかし、これらの言説もエビデンスによって否定されています。質の高いエビデンスは、在宅勤務によって生産性はむしろ上がることを示しています。

また、88本の研究を統合したメタ分析は、仕事のパフォーマンスの違いは時間投入量ではほとんど説明できないことを示しています。

私は、「働き方」をめぐって、一般的に語られる俗説と、エビデンスの間に大きな乖離があることに気付きました。そこで、世間の「働き方」論を、エビデンスに基づいて一つずつ検証した本を出版することにしました。それが、「働き方の科学」(ダイヤモンド社)です。

働き方の科学

この本の核となる問いは、「やりがいをもって働きながら、健康も、幸福も、家庭も、一人ひとりにとって大切なものをすり減らさずに生きるにはどうすれば良いのか」ということです。

私が父の死から考え続けてきた、「労働と健康」というテーマに関する集大成の本です。

正直なところ、このような一般向けのビジネス書を出版しても、疫学や経済学の世界では業績としてカウントされません。研究者として評価されるためには、査読付き論文を書いていたほうが良いでしょう。

一方で、専門家しか読まない論文だけを書いていても、その知見は社会に広がりにくいことも感じています。専門家の知を社会に還元し、一人ひとりがエビデンスに基づいて「働き方」を見つめ直せるようにしたい。そのような想いから、初めて書籍を出版することにしました。

私は行政から離れて、直接制度を変える立場ではなくなりました。しかし今後は、アカデミアの立場から、働きやすい社会の実現に向けて発信を続けていきます。

本記事でご興味をお持ちいただいた方は、"社会が人の健康にどんな影響を与えるのか"をやさしく読み解く、「元官僚の医療経済学者、健康格差を科学するシリーズ」も執筆しておりますので、ぜひご参照ください。

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【熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ】

  • vol.1:RWDのおかげで親に仕送りできるようになりました(mMEDICI株式会社/廣瀬直紀)

  • vol.2:女性の健康における社会課題へ挑み続ける(産婦人科専門医/重見大介)

  • vol.3:医療や看護の価値をデータで語れるように(東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 看護管理学/森田光治良)

  • vol.4:全ての人を笑顔にするために - 医師が発信すべき理由、私の挑戦(京都大学消化管外科/山本健人)

  • vol.5:科学と感情のあいだで - 誤情報と偏見を越えるために(ハーバード大学医学部准教授・マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長/小児精神科医/内田舞)

  • vol.6:パブリックヘルスで「事業と社会の越境者」になる(Ubie株式会社 Head of Public Relations、Impact Officer/守屋祐一郎)

  • vol.7:エビデンスの向こう側に、患者さんの笑顔がある(ケンブリッジ大学臨床研究フェロー/内田梨沙)

  • vol.8:研究者の問いを支える - 生物統計家という仕事(長崎大学病院臨床研究センター/生物統計家/佐藤俊太朗)

  • vol.9:エビデンス原理主義者の戯言 - そう言われた医学生がエビデンスにこだわり創る側へ(東京大学大学院医学系研究科/精神科医/古川由己)

  • vol.10:科学の力で「働き方」を変える - 元官僚の社会疫学者の挑戦(慶應義塾大学総合政策学部/社会疫学者・医療経済学者/佐藤豪竜)(本記事)