2026.10.23

【熱狂せよ、パブリックヘルス】救っているのに、間に合わない:NICUから公衆衛生へ、新生児科医が社会を診るまで - vol.18

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NICUで小さな命を救い続けてきた新生児科医が、なぜ臨床の最前線を離れ、公衆衛生の道を選んだのか。

私は、17年間のNICU勤務の中で「目の前の一人を救うだけでは間に合わない」という違和感を抱き、当直明けに大学院へ通い40代で家族とともに渡米しました。現在はUCLAで子どもの医療政策と性被害の研究に取り組みながら発信を続けています。

臨床の現場で言葉にならない違和感を抱えている医療者、研究や発信、社会活動に踏み出したいのに一歩が出ない方へ。

迷いと遠回りを含めたキャリアの実際と、それでも公衆衛生に「熱狂」し続ける理由をお届けします。

熱狂せよ、パブリックヘルス

本シリーズは、パブリックヘルスの領域で活躍するプロフェッショナルが初学者に向けて自らの専門性を語る自伝シリーズです。その専門性に出会った原点や、挫折の先に見つけた希望、そして今も燃やし続けている信念について、熱量を込めて語り尽くします。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 新生児科医が公衆衛生を志すに至った具体的な体験と、その違和感を行動に変えるまでの道筋

  • 当直と子育てを抱えながら学位を取り、40代で渡米して研究者へ転じた実際のプロセスと、その途中でぶつかった困難

  • 研究・発信・法人運営という複数の軸を持つキャリアの組み立て方と、その土台にある信念

この記事は誰に向けて書いているか

  • 臨床の最前線にいながら、「目の前の患者を救うだけでは間に合わない」という違和感を抱えている医師・医療職の方

  • 働きながらの大学院進学、研究、海外への挑戦を考えているが、家庭や収入との両立に迷っている方

  • 子どもの健康格差や虐待・性被害といった社会課題に、医療の立場から関わりたいと考えている方

熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ

  • vol.2:女性の健康における社会課題へ挑み続ける(産婦人科専門医/重見大介)

  • vol.3:医療や看護の価値をデータで語れるように(東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 看護管理学/森田光治良)

  • vol.4:全ての人を笑顔にするために - 医師が発信すべき理由、私の挑戦(京都大学消化管外科/山本健人)

  • vol.5:科学と感情のあいだで - 誤情報と偏見を越えるために(ハーバード大学医学部准教授・マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長/小児精神科医/内田舞)

  • vol.7:エビデンスの向こう側に、患者さんの笑顔がある(ケンブリッジ大学臨床研究フェロー/内田梨沙)

執筆者の紹介

氏名:今西 洋介(いまにし ようすけ)
所属:カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)David Geffen School of Medicine
専門性:小児科医・新生児科医。1981年石川県生まれ。2007年富山大学医学部卒業。石川県立中央病院、りんくう総合医療センター、大阪母子医療センター新生児科で十数年にわたりNICU診療に従事し、超早産児の慢性肺疾患や未熟児網膜症に関する臨床研究を発表。2019年より働きながら大阪大学大学院で公衆衛生学を学び、2024年に博士号を取得。同年渡米し、UCLAで子どもの医療政策研究に従事するとともに、ハーバード大学医学部の研究者らと子どもの性被害・逆境的小児期体験に関する国際共同研究を進めている。「ふらいと」の名でSNS・ニュースレターによる発信を続け、2022年に一般社団法人チャイルドリテラシー協会を設立。ドラマ『コウノドリ』取材協力医師。三姉妹の父。

著書:
・医師が本当に伝えたい 12歳までの育児の真実 親子の身体と心を守るエビデンス
・小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害など

今西 洋介
今西 洋介_書影

深夜のNICUで、何日もかけて救命した赤ちゃんの退院先を確認しようとして母親の連絡先にどこにも連絡がつかないと知ったとき、「自分はこの子を救ったことになるのか」という問いが胸に刺さり、医療の外側にある問題に手を伸ばすと決めた。

NICUで働く中で人工呼吸器の設定を微調整し、血液ガスを何度も確かめ、多くの赤ちゃん達の成長を見守ってきました。外来では発達外来にて退院後の赤ちゃんやご家族をフォローしてきました。

けれど中には、母親の成育歴は凄まじく、妊婦健診の記録はほとんどなく、面会に来る人も稀であるというケースもあり、厳しい現実に直面していました。

私たちの手の中にいる間は、赤ちゃんを確かに守れます。しかし退院した先にあるのは、孤立や貧困といった厳しい状況、誤った情報に囲まれた育児です。

モニターの音が鳴り響くNICU病棟で、私は初めて「この子の背景にある社会」を自分の仕事の対象として考えました。

新生児科医としての技術を磨くだけでは、この問いには答えられません。

そういった夜の感覚が、今も私を動かしています。

1.はじめに

小児科医・新生児科医の今西洋介です。現在はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で、子どもに関する医療政策の研究に携わっています。

併せて、ハーバード大学医学部の研究者らと共同で、18歳未満での性被害や逆境的小児期体験が、成人期の心身の健康や次世代の育児にどのような影響を及ぼすのかを、日本の大規模調査データを用いて検証しています。

研究と並行して、2022年に設立した一般社団法人チャイルドリテラシー協会の代表理事として、子どもに関する確かな情報を社会に届ける活動を続けており、「ふらいと」の名でのSNSやニュースレターによる発信、書籍の執筆、企業や自治体での講演も行っています。

専門は新生児医療と公衆衛生学、中でも子どもの健康を左右する社会的要因と、それに対する政策のあり方です。

NICUという最も医療が濃密な場所から、社会という最も広い場所へ。それが私のキャリアの形になりました。

2.救っているのに、間に合わない

2015年、私は大阪母子医療センターの新生児科に着任しました。全国から重症の赤ちゃんが集まる施設で、超早産児や先天性横隔膜ヘルニアの治療に没頭する日々でした。

日本の新生児医療の成績は世界でも屈指で、500グラムに満たない赤ちゃんが元気に退院していきます。その現場に立てることは、医師として誇らしいことでした。

当時の私の関心は、目の前の赤ちゃんの酸素の揺らぎが未熟児網膜症にどう影響するか、気管内の細菌が慢性肺疾患をどう悪化させるか、といった臨床の問いにあり、それを論文にまとめることが研究だと思っていました。

しかし年を重ねるにつれ、病棟で繰り返し目にする光景がありました。


妊婦健診を一度も受けずに救急搬送されてくる母親。
退院後の育児を支える人が誰もいない家庭。
そして、インターネットで拾った誤った情報を信じて、赤ちゃんの状態を悪化させてしまう保護者。

救命に成功しても、その子が帰っていく場所が安全とは限りません。虐待の疑いで再び運ばれてくる子どもを見送るとき、私は医師として自分一人でできる事の限界を感じていました――。

考えてみれば奇妙なことでした。日本の乳児死亡率は世界で最も低い水準にあり、NICUの医療は世界の最先端にあります。それなのに、子どもの貧困率は先進国の中で高く、虐待による死亡は毎年途切れず、根拠のない民間療法や極端な育児法が保護者の間に広がっていきます。

医療がどれほど進歩しても、それだけでは埋まらない穴がある現状を痛感していました。

同じ頃、「ふらいと」という名前でSNSでの発信を始めていました。

当初は新生児医療の現場を知ってもらいたいという素朴な動機でしたが、漫画とドラマの『コウノドリ』に取材協力する機会をいただき、医療の現実を社会に伝える手応えを知りました。

一方で、発信を続けるほど、ある不安が膨らみました。私の言葉はあくまで「一人の医師の経験談」にすぎません。それでは、反対の経験談をぶつけられたときに何も言い返せません。

子どもの健康をめぐる議論には、経験ではなくデータで語る言葉が要ります。けれど私はその言葉を持っていませんでした。

3人の娘が生まれ、当直と夜間の呼び出しが続く生活の中で、臨床医としてこのまま極めていくのか、それとも別の何かを学び直すのか。30代後半の私は、はっきりとした答えを持たないまま、病院と家を往復していました。

停滞というより、目の前の忙しさで問いを先送りにしていた時期だったと思います。

3.「感覚ではなく、データで語れ」

転機は2018年から2019年にかけて、大阪母子医療センターに勤めて4年目の時に訪れました。

一つは、HPVワクチンの問題でした。

当時、積極的勧奨が差し控えられて数年が経ち、接種率は1パーセント未満にまで落ち込んでいました。産婦人科医の友人たちが立ち上げた啓発プロジェクトに小児科医として加わり、講演やリーフレット作成に関わる中で、私は痛感しました。

科学的には決着している問いでも、社会に届く言葉に翻訳されなければ、政策は動かず、子どもは守られない。

ある講演の質疑で、一人の母親が手を挙げて言いました。

「先生のおっしゃることと、インターネットに書いてあること、どちらを信じればいいのでしょうか」。

私は安全性のデータを説明しましたが、話しながら、自分の言葉が医師の意見の域を出ていないことを自覚していました。彼女が本当に求めていたのは、一人の医師の見解ではなく、社会全体として信頼できる情報の仕組みだったのだと思います。

エビデンスをつくる人と、決める人と、子育てをしている人の間に、途方もない距離があります。その距離を埋める仕事を、誰かがやらなければならないと思いました。


もう一つは、ある研究者との出会いでした。学会でNICUの臨床研究を発表した後、公衆衛生を専門とするその先生に、病棟で感じている違和感を打ち明けました。

「母親の孤立、貧困、情報の格差。そういうものが赤ちゃんの予後を左右しているように見える、でも証明する方法がわからない」と。

先生は言いました。

「その違和感は、そのまま研究の問いになります。感覚ではなく、データで語れるようになりなさい」

叱られたようで、同時に許されたような気がしました。

私が病棟で抱えていたもやもやは、新生児科医の職域の外にあるのではなく、公衆衛生という学問のど真ん中にあったのです。

早速家に帰って、大阪大学大学院の公衆衛生学専攻の募集要項を調べました。社会人でも学べます。ただし、当直を続けながら、3人の娘を育てながらです。

妻に話したとき、最初に返ってきたのは「本気なの」という一言でした。正直に、不安も話しました。収入が増えるわけではありません。時間はさらに減ります。学位を取ったからといって、その先に用意された席があるわけでもありません。

それでも、あの深夜のNICUで抱いた問いに、経験談ではなくデータで答えられるようになりたい。それだけは譲れないと伝えました。

2019年春、私は大学院に入学しました。劇的な決断というより、心の中に抱いていた違和感に、ようやく正面から向き合うことにした、という感覚でした。

新生児科医としての自分を捨てるのではなく、その視点を持ったまま公衆衛生の言葉を身につけること。それが、私が選んだ専門性の形でした。

4.当直明けの講義室から、米国へ

大学院での数年間は、体力との勝負でした。

当直明けに講義室に座り、休日は子どもを寝かしつけてから研究を始めました。疫学、生物統計、医療政策。臨床では使ったことのない概念を、一つずつ自分の中の病棟の記憶と結びつけていきました。

学位論文では、全国の子どもを追跡する大規模コホートを用いて、妊娠中の母親の社会的支援の乏しさが、子どもの3歳時点の発達にどう影響するかを検証しました。NICUで見えていたはずのものを、初めて数字として示せた時の手応えは、今も忘れられません。

入学翌年には新型コロナウイルスの流行が始まり、NICUの感染対策に追われながら、講義は画面越しになりました。社会が不安に覆われる中で、根拠の不確かな情報が一晩で何万人にも届いていく様子を、私は発信者として、そして疫学を学び始めた学生として、二重の立場で見ていました。

この時期に始めたニュースレターでは、収益の一部を性虐待に苦しむ子どもを支援する団体に寄付する仕組みを作りました。発信を、誰かの生活に直接つながる形にしたかったのです。

同じ時期、活動の器も変えました。講演や執筆、監修の依頼が増えるにつれ、個人の善意と体力に依存する形では続かないと感じ、2022年に法人を設立しました。目的は、子どもに関する確かな情報を社会に実装し、収益を次の活動に再投資することです。

医師の法人設立は税務の話と見られがちですが、私にとっては、活動を自分の代で終わらせないための装置でした。

2024年に博士号を取得し、同じ年に家族でロサンゼルスへ移りました。UCLAで医療政策研究に加わることになったのです。

42歳、研究者としての出発は遅く、英語での議論では自分が一番口数の少ない人間になります。臨床の第一線を離れている時間が長くなること、収入が特定の組織に守られていないこと。夜中にふと目が覚めて考えることはあります。

その一方で、渡米して初めて実現したこともあります。ハーバード大学医学部の精神科の研究者との出会いから、子どもの性被害の長期的な影響を検証する共同研究が始まりました。

日本の数万人規模の調査データを用い、18歳未満での性被害が成人期のうつや身体疾患、さらにワクチン接種行動や次世代の育児にまで影を落とすことを、1本ずつ論文にしてきました。

日本ではまだ特殊な事件として語られがちな性被害が、実際には多くの子どもの人生に関わる公衆衛生の課題であることを、データで示せるようになったのです。2024年末には、この問題をテーマにした一般向けの書籍も出版しました。

迷わなかったわけではありません。研究だけに絞るべきか、発信を続けるべきか、法人をどうするか。結局、私は複数の軸を持ち続ける道を選びました。

研究でエビデンスをつくり、書籍やSNSで社会に伝え、政策の議論につなげることです。この循環のどれか一つが止まっても、他の軸が支えてくれます。

それが、遅い出発と不安定さを抱えた私にとって、最大の安全装置になっています。

5.エビデンスをつくり、伝え、届ける通訳者として

私が専門家として大切にしているのは、自分の内側に生まれた違和感から始めること、そして経験談ではなくエビデンスを携えて社会に語ることです。

NICUで感じた「救っているのに間に合わない」という感覚を無視せず、一つずつ手をつけてきたら、いつの間にか今の形になっていました。

この信念は、公衆衛生を学んだからというより、学ばなかった時期に自分の言葉の弱さを痛感したからこそ、根を張ったものだと思います。

これからは、研究で得た知見を、制度や現場の仕組みに落とし込むところまで関わりたいです。エビデンスをつくる人、政策を決める人、子育てをしている人の間にある距離を埋める、通訳のような医師でありたいと考えています。

子どもの性被害の予防は、その最初の、そして生涯続けるテーマです。

日本と米国の両方に足を置きながら、子どもに関する確かな情報が当たり前に届く社会をつくることです。

それが私の、公衆衛生への「熱狂」の形です。

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【熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ】

  • vol.2:女性の健康における社会課題へ挑み続ける(産婦人科専門医/重見大介)

  • vol.3:医療や看護の価値をデータで語れるように(東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 看護管理学/森田光治良)

  • vol.4:全ての人を笑顔にするために - 医師が発信すべき理由、私の挑戦(京都大学消化管外科/山本健人)

  • vol.5:科学と感情のあいだで - 誤情報と偏見を越えるために(ハーバード大学医学部准教授・マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長/小児精神科医/内田舞)

  • vol.7:エビデンスの向こう側に、患者さんの笑顔がある(ケンブリッジ大学臨床研究フェロー/内田梨沙)