2026.11.3

【熱狂せよ、パブリックヘルス】あゝ業務命令よ。エゴではないのだ、研究を駆り立てるべきは - vol.20

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「自分の専門は、本当にこれでいいのだろうか―――。」

若手医療職や研究者の中には、やりたいことが見つからない、あるいは自分の興味と周囲から求められる役割との間で迷っている方も少なくないでしょう。私も今となっては運よく大学教授となりましたが、現在の専門である脳卒中後上肢麻痺の研究を、最初から自ら選んだわけではありませんでした。

本記事では、心臓リハビリテーションを志していた一人の作業療法士が、与えられた仕事や様々な人との縁を通して研究テーマを転換し、それを自らの専門へと育てていった過程を紹介します。

「専門性は自分で見つけ、育てるものなのか」。

ご自身のキャリアを考えるうえで、何かしらのヒントとなれば幸いです。

熱狂せよ、パブリックヘルス

本シリーズは、パブリックヘルスの領域で活躍するプロフェッショナルが初学者に向けて自らの専門性を語る自伝シリーズです。その専門性に出会った原点や、挫折の先に見つけた希望、そして今も燃やし続けている信念について、熱量を込めて語り尽くします。

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この記事のまとめ

この記事を読むと分かること

  • 専門性は最初から決まっているものではなく、出会い・助言・求められた役割の中から育てることができる

  • 一つの研究テーマを継続し、論文・国際発信・臨床実装へ発展させることで、専門性を確立していくプロセス

  • 「研究のための研究」ではなく、患者さんや社会の課題を起点に研究し、その成果を臨床へ還元する姿勢の重要性

この記事は誰に向けて書いているか

  • これから自分の専門分野を見つけたい若手医療職・研究者

  • 「自分のやりたいこと」と「組織や社会から求められること」の間で迷っている方

  • 臨床上の疑問を研究へつなげ、専門家として長期的なキャリアを築きたい方

熱狂せよ、パブリックヘルスシリーズ

  • vol.13:研究者の道 - 最前線を駆け抜けろ! (東京大学大学院医学系研究科/臨床疫学・経済学教授/康永秀生)

  • vol.16:客を沸かせたいので、今日も論文を書く(国立精神・神経医療研究センター病院 睡眠診療部/松井健太郎)

  • vol.17:手で料理を作れるようになったこと、もう一度ピアノを演奏できたこと(東京工科大学医療保健学部リハビリテーション学科作業療法学専攻/澤田辰徳)

  • vol.18:救っているのに、間に合わない:NICUから公衆衛生へ、新生児科医が社会を診るまで(カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)David Geffen School of Medicine/小児科医・新生児科医/今西洋介)

  • vol.19:人に翼を渡すということ(大阪公立大学大学院/医療統計学、教授/新谷歩)

執筆者の紹介

氏名:竹林 崇
所属:大阪公立大学医学部リハビリテーション学科作業療法学専攻
専門性:大阪公立大学医学部リハビリテーション学科作業療法学専攻教授。脳卒中後の上肢機能障害に対する作業療法を専門とし、CI療法、課題指向型練習、ロボット療法、運動イメージ、ミラーセラピー、脳機械インターフェースなどを用いたニューロリハビリテーションの研究に取り組む。特に、麻痺手の機能回復だけでなく、「使える手」を取り戻すための行動変容、予後予測、セルフアウェアネス、生活場面への汎化を重視。ランダム化比較試験や尺度開発、実装研究にも携わり、エビデンスを教育と臨床へ還元することを目指す。作業療法の専門性を基盤に、生活機能と社会参加の向上につながる研究を推進し、禁煙職業衛生に関わる研究費等も獲得。

著書:
・[PT・OT・STのための] 臨床5年目までに知っておきたい 予後予測の考えかた
・行動変容を導く! 上肢機能回復アプローチ 脳卒中上肢麻痺に対する基本戦略

竹林崇
竹林 崇_書影

自分のやりたいことやエゴだけを貫くのではなく、患者さんや社会、そして組織から求められる仕事に向き合い続けた先に、真に必要とされ、自分自身も貢献できる仕事に出会うことができました。

1.はじめに

私は現在、大阪公立大学医学部リハビリテーション学科作業療法学専攻と大学院リハビリテーション学研究科作業療法学領域の教授を務めています。

専門は、脳卒中後の上肢運動麻痺に対する作業療法・リハビリテーションです。特にConstraint-Induced Movement Therapy(CI療法)やロボット療法を中心に、エビデンスの創出と臨床実装に取り組んできました。

目指しているのは、麻痺した上肢の機能改善だけでなく、治療で得られた変化を日常生活での「使える手」へとつなげることです。

しかし、私が最初に研究テーマとして志したのは心疾患領域における「心臓リハビリテーション」でした。

そこから、なぜ脳卒中後の上肢運動麻痺へと研究の軸足を移したのか。

本記事では、臨床で得た出会いや助言、与えられた仕事、そして価値観の変化を振り返りながら、研究テーマを変えるに至ったきっかけと、その時々の心情についてもお話ししたいと思います。

2.一般臨床、そして内部障害に傾倒した時期

脳卒中後の上肢麻痺に関する研究テーマにする以前は、大学病院の作業療法士として、多疾患を横断的に診療する臨床家でした。その中でも内部障害、とりわけ心疾患に対する作業療法・心臓リハビリテーションに興味を持ち、自分の専門性とすべく研鑽を積んでいました。

就職した大学病院では、脳卒中、神経難病、膠原病に加え、がん、呼吸器疾患、心疾患など幅広い患者を担当し、救急、ICU、CCUといった急性期領域にも関与していました。

日々の臨床では、疾患別の作業療法手技を学ぶというより、病理学、生理学、解剖学、薬理学などの基礎医学を土台に、対象者の全身状態やリスクを論理的に把握する姿勢を重視していました。この時期に培われた医学的思考は、その後の臨床研究にもつながる重要な基盤となっています。

内部障害に対し興味を持ち、事例発表を重ねる中、臨床で最もお世話になっていたベテランの言語聴覚士から厳しい指摘を受けました。

「誰かを幸せにしない研究など、研究のための研究である」

これには落ち込みました。

自身が事例検討や研究を無意識のうちにファッションやアクセサリーとして捉えていたことに愕然としました。

こういった経験もあり、深く反省した後、研究の目的を、臨床上の問題を解決し、患者や社会へ還元することへと転換していきました。

特に心疾患領域では、急性心不全患者の浴槽移乗時における循環動態を測定し、心臓への負荷が少ない作業方法を検討するなど、作業療法独自の視点から研究を展開していました。

さらに、心臓リハビリテーション指導士を取得し、CCUや循環器内科の症例を積極的に担当するとともに、日本作業療法士協会における内部障害領域の活動にも関わるようになりました。

作業療法ジャーナルへの心疾患関連作業療法に関する特集記事の執筆などを通して、当時まだ報告の少なかった心疾患や呼吸器疾患に対する作業療法の知識を整理し、発信する役割も担っていました。

また、造血幹細胞移植後の症例など血液・がん領域の実践も論文化しており、内部障害全般に幅広い関心を持っていました。

したがって、この時期の私の専門性は、心臓リハビリテーションを中心とした内部障害作業療法、急性期医療、多疾患への対応でした。

そして、基礎医学に基づくリスク管理、臨床で生じた疑問を研究へと変換する姿勢の組み合わせにあったと言えるでしょう。

3.脳卒中後の上肢麻痺に関する研究に向かい合った転機

私が現在の専門である脳卒中後の上肢運動麻痺を選ぶ大きなきっかけとなったのは、大学病院勤務時代に上司である医師の教授から受けた一言でした。

当時の私は、心臓リハビリテーションに強い関心を持ち、心臓リハビリテーション指導士の資格を取得し、CCUや循環器内科の症例を優先的に担当するなど、自らの興味に沿って専門性を深めていました。

しかし、そうした時期に、臨床に従事している途中、PHSが鳴りました。確認すると教授からの呼び出しでした。

呼び出しに応じ教授室を訪問すると開口一番、指摘を受けました。

「この大学病院に所属しているのに、私が組織をあげて取り組むテーマとした脳卒中後上肢麻痺に関する研究を中心にしていないのはどうか」

これは組織人としてのよくある普通の「業務命令」です。

この言葉には当時、正直反発はありました。一方、自身のエゴを通すならば、この組織から退くほかはないとも感じました。

当時、私は結婚し、第一子が生まれたばかりでした。そういった自分の社会的に背負うものが増えた状況で、自分一人のエゴを通すことが果たして正解なのかと悩みました。

そのような葛藤をする中で、一人の療法士であると同時に、組織の中で役割を担い、職務規定を遵守する一社会人でもありました。そして、家族を守っていかなければならない一人の大人であるという、シンプルかつ当たり前のことに改めて気づかされました。

また、同時期に、当時指導をくださっていた脳外科出身のリハビリテーション科医師から助言を受けました。

「脳卒中後の上肢麻痺に関する研究は市場に求められており、今後大きな成長分野となる可能性は高く、そこに全力をかけてみるのも良いのでは?」

そういった背景のもと、それまでの「自分が興味を持つ領域を追究する」という姿勢から「組織や社会から求められる仕事の中で確実に結果を残す」という考え方へと価値観が変化したのを、今でも鮮明に思い返すことができます。

そこで最初に取り組んだのが、それ以前から臨床で実践していた小児のConstraint-Induced Movement Therapy(CI療法)を症例報告としてまとめることでした。

当時、CI療法は日本の限られた施設で試行されており、成人脳卒中例に対する研究報告もまばらな中、日本ではまだ誰も実施していない症例の報告をまとめることとしました。

この論文が世に放たれると、多くの方から賛辞と評価をいただきました。これをきっかけに複数の論文を書き出し、多くの研修会や学会にて、講師を務めるようになりました。

その中でも、「論文を読み、臨床で実施した結果、患者さんが良くなりました。ありがとうございます」といった声をいただく度に、さらにこの活動を邁進していこうと決意を新たにしました。

さて、最初の論文を書くにあたって、ここでも前出の医師が、論文という形に残るものとして世に出し、この領域でしっかりポジションを取っていくことをアドバイスしてくださいました。

この経験は、今後の研究活動を継続、発展する上で、すべての基盤となったといっても過言ではありません。

さらには、当時作業療法士になって4年足らずの若者だった私には、業界のこれまでの10年の動向から今後10〜15年の業界のトレンドを予測し、そこに労力を集中させるといった判断はできなかったと思います。

今振り返れば、当時は一瞬反発したものの、経験と先見性を持つ上司が組織の方向性を示し、私に挑戦する機会を与えてくれたことに感謝しています。

結果として、あの「業務命令」が、現在まで続く私の研究者としての専門性を形づくる大きな転機となりました。

4.脳卒中後の上肢麻痺に関する研究のあゆみ

脳卒中後上肢麻痺に関する研究において重要なテーマとなったのが、CI療法に含まれる行動学的戦略であるTransfer packageでした。訓練室内で上肢機能を改善するだけではなく、その変化を日常生活での麻痺手使用へつなげるという視点は、その後の研究の中心となりました。

2010年頃からこのテーマの検証を進め、CI療法にTransfer packageを組み合わせた介入の効果を追究しました。成果は初めての英語論文としてClinical Rehabilitation誌に掲載され、研究者として大きく飛躍する契機となりました。

同時期には、ReoGoを用いた全国6施設の無作為化比較試験にも研究計画や運用マネジメントを担当する立場で参画しました

成果をInternational Stroke Conferenceで発表した際には、優れた演題が集まるLate Breakingセッションに採択され、世界の第一線で活躍する研究者が議論する場を経験しました。

この経験から、国内で蓄積した知見を世界へ発信することの重要性を強く意識するようになります。

その後はEuropean Stroke Conferenceなど海外学会にも参加し、自らの研究を英語で発信する機会を増やしていきました。

さらに大きな転機となったのが、CI療法の開発拠点であるUniversity of Alabama, Birmingham(UAB)への渡航でした。

滞在中にTransfer packageに関する自身の英語論文がオンライン公開され、Dr. Uswatte、Dr. Mark、Dr. Taubらから高い評価を受け、その関係性は現在まで続いていくこととなりました。

この経験から英語論文として成果を残すことで、国や職種を越えて研究者とつながることができるという事実を体感し、以後、英語論文による国際発信をより重視するようになりました。

その後、研究はさらに広がります。

中等度から重度の上肢麻痺に対するロボット療法とCI療法の複合介入、Transfer packageの効果に関わる神経学的メカニズムの探索、経頭蓋直流電気刺激や末梢神経筋刺激を併用した介入などへ発展しました。

近年では、外骨格ロボットであるSMOVE(メグウェル社)、Meltz(Frontact社)、Brain Machine Interface(LIFESCAPES社)等の機器も広く扱い、研究手法等も変化しています。

ただし、当時から今なお中心にあるのは、「麻痺した手を改善し、生活の中で実際に使い、Quality of life(QOL)を回復させる」という一貫した問いとその問題解決です。

また、国際学会や英語論文で成果を発信し続けたことで、海外研究者との関係も深まり、国内外のリハビリテーション医学会などからシンポジストとして招かれる機会も増えました。

こうして、CI療法におけるTransfer packageから始まった「機能改善を実生活の使用へ移し、人の幸福に介入する」という視点が、研究テーマを広げながらも私の専門性を貫く軸となりました。

そして、現在の脳卒中後上肢リハビリテーション研究へとつながっています。

5.専門家として大切にしていること

私が専門家として大切にしていることは、単に自分の興味だけを追うのではなく、目の前の患者さんが何に困り、臨床や社会が何を必要としているのかを見つめ続けることです。

そうした姿勢を持ち続けることで、時代や社会の変化、そして世の中のトレンドを感じ取り、その先にある真に重要な研究課題に出会うことができると考えています。

そして、その課題を科学的に検証します。得られた成果を論文や研究というフィールドに留めるのではなく、臨床へ、患者さんの生活へ、さらには社会へと還元していくことが、実践家であり研究者である私の役割だと思っています。

加えて、これまで、多くの先人や同僚、そして何より患者さんから、進むべき方向や取り組むべき課題を示していただきました。これからは、自分自身が次の世代に新たな可能性や挑戦の機会を手渡す側になりたいと思います。

自分がやりたいことと、社会から求められることを重ね合わせながら、誰かの暮らしを少しでも良くする臨床と研究を、これからも後進とともに積み重ねていきたいと考えています。

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  • vol.16:客を沸かせたいので、今日も論文を書く(国立精神・神経医療研究センター病院 睡眠診療部/松井健太郎)

  • vol.17:手で料理を作れるようになったこと、もう一度ピアノを演奏できたこと(東京工科大学医療保健学部リハビリテーション学科作業療法学専攻/澤田辰徳)

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