
疫学や臨床研究において、追跡対象が観察から外れてしまう"censoring"(打ち切り)。研究者を悩ませるこのデータ脱落は、実は私たちの人生そのものにも重なる現象なのかもしれません。
幼少期に出会った友人、すれ違った恩師、いつの間にか連絡を取らなくなったかつての恋人——。
私たちは人生という名のコホート研究の中で、無数の人々との出会いと別れを繰り返しています。
本シリーズvol.2では、研究における「打ち切り」という概念を通して、もう会えない誰かに思いを馳せます。
「疫学」と聞くと、多くの人は難しい数式や統計、感染症などを思い浮かべるかもしれません。しかし、本来の疫学は「人がどう生き、どう健康でいられるのか」を考える学問です。
本連載では、パブリックヘルスの世界へ転生した女医「Mちゃん」が、日々の出来事や人生の小さな気づきを入り口に、疫学というレンズを通して社会や世界を見つめます。
身近なテーマから疫学の考え方に触れる、やさしい疫学エッセイです。
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vol.1 Mちゃん、無謀なRCT組むのやめるってよ
vol.2 転生したワイのコホート、脱落率が高すぎる件(本記事)

臨床医として日々患者さんと向き合うかたわら、少し前にうっかりパブリックヘルスという異世界に転生してしまったワーママ。mJOHNSNOW1期生。mJの山のようなお宝オンデマンド動画を周回してスキルを習得しながら、疫学を「割り切れない感情をどうにかして割り切りたい時の標準装備」として密かに愛用している。小難しい顔した疫学を、少しだけ身近に感じてもらえたら嬉しい。
カレーはライス派、納豆にはネギ入れるタイプ、ルパン三世なら断然次元が好き。
前向きコホート研究において、"censoring"(打ち切り)は避けられない、研究者を悩ませる問題である。 必死に集めた対象者をtime zeroからずっと観察してゆく。
イベントは起こるか、起こるとすればいつか。
そうしてアウトカムを見つめ続けるうちに、研究自体から脱落してしまう参加者が必ず現れる。脱落者の観察は、残念ながらそこで打ち切られる。それがcensoringである。
脱落の少なさは良質なコホートの条件の1つだから、研究者は脱落をいかに少なくするかに神経をすり減らす。
一度そのコホートから脱落してしまうと、我々は研究者として彼らとの接触を許されることはほとんどない。なんとなく面倒くさくなって研究参加を撤回したのか、図らずも他県に引っ越して通院できなくなったのか、それとも亡くなってしまったのか。
いずれにせよ、彼らはふいに別れを告げる。
理由はどうであれ、その先の彼らのアウトカムを窺い知ることはできない。
我々が日々出会う人々も、ある1つのコホートと捉えることができる。 誕生の瞬間は、ごく少人数の家族からスタートする。
それは通常小規模な研究として走り始めるが、すぐに参加者は増えていく。 とり上げてくれた産婦人科の先生や助産師さんだけではなく、病室の清掃中、ベビーベッドに寝ている私に微笑みかけてくれたおばちゃんも参加者に含まれる。
成長に伴いコホートは膨らみ続ける。
毎日一緒に笑い転げた同級生や当番の度に話しかけてくれた給食の先生、最初に付き合った彼氏、バイト中に非常階段で一緒に煙草を吸った先輩。彼らは私の人生に一瞬でもかかわってくれた大切な参加者である。
しかし、全てのコホートが避けられない脱落はここでも発生する。 あとから考えると、彼らと最後に会った日は、彼らを観察できた最後の日ということになる。
毎日顔をあわせていたクラスメイト、喧嘩別れした友人、こっぴどく振られた彼氏、突然亡くなってしまった家族、みんなそこでlost to follow upだ。
ごく稀に、私の人生から"censor"した人々が夢に出てくることがある。
日常生活で思い出すことなんて全くないのに、昨日別れた顔して普通に現れるのだから不思議だ。 その夢を起点に、同じようにいなくなった人々をつらつらと思い出してゆく。
この世にいる人も、いない人もいる。 今この世にいるかどうかさえわからない人も。
どんなに大好きだった人でも、もう追跡することはできない。
脱落をいかに少なくするか、その努力は時として無駄骨に終わる。
我々が抱えるコホートでは、参加していたはずのほとんどの人々が、いつの間にか声もなく脱落してゆくのだ。
悲しくなるほど脱落率がえぐい。観察研究としては、もはや成立しない。
脱落には、informative censoringとnon-informative censoringの2種類がある。
すごく乱暴に言うと、前者は含みのある脱落、後者は大したことない理由での脱落である。
コホート研究の大前提として、我々はすべての脱落者を「たまたまいなくなった(non-informative)」と仮定して解析する。 そう信じないと、研究は成立しないから。
一方informative censoringは、明確に、アウトカムと関連のある理由でいなくなったということ。どうしていなくなってしまったのか、本来なら理由を突き詰めて考えなければならない人々である。
我々のコホートの中には、臨床研究の大前提とは異なり、informativeに静かに消えた誰かもいるはずなのだ。
あなたはどうして、私の人生から去ってしまったの?
本当に聞きたいのは、その答えなのに。
もちろん、私自身、これまで出会った人々のほぼ全てのコホートから脱落してしまった、かつての参加者でもある。 私が"censor"した理由を、一生懸命言葉を尽くして説明したい相手もいるけれど、彼らに回答する機会はたぶん二度と来ない。
彼らにも同じように、ふと私を思い出し、切実にその理由を問いたくなる夜はあるのだろうか。

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